第1話 異世界行きたいおじさんとエルフ
世はまさに、大異世界転生時代っ!
本屋の本棚は右を見ても異世界転生、左を見ても異世界転生。上下を見ても異世界転生だ。
これだけ異世界転生で溢れているのだ、俺にもチャンスがあるかもしれないと考えるのが普通だろう。
しかし――
「くっ……今日もゲートは開かなかったか」
札幌の六畳一間のアパート。
魔力計(アップ〇ウォッチ)に怪しい反応はない。
異世界転生される日を夢見てから二十年が経ち、俺も今年で三十五歳となった。
しかし、未だに俺の人生には異世界転生の兆候すら表れない。
それでも俺は……いつかのために毎日の修業を怠るようなことはしなかった。
「異世界転生のためにその1 寝る間の素振り百回だ!」
こんな感じで、異世界に行った時のためにしていることはたくさんある。
どこで異世界転生されてもいいように、中国語、英語、ロシア語など様々語学を独自で学習したり、図書館で魔法に関する書物を読み漁ったり、異世界に行きたい同士たちと月一で集まってはシミュレーション(TRPG)に打ち込んでいる。
こうして俺は、明日こそは……明日こそはと思いながら修業に打ち込み眠りにつくのだった。
いつか、異世界で勇者となる日を夢見て。
そんなある日のこと、事件が起きた。
4月。会社に新入社員が入ってくる季節だ。
勤続十年の俺にとってはもはや慣れたもので、新人という存在に動じなくなっていた。
なぜなら今まで、入って三日で辞めた奴、社長にとんでもない口をきいてクビになったやつ……等々、いろんな新人を見てきたからだ。
なのでむしろ俺は「今年はどんな新人が現れるか見ものだな」と思いながら会社へと出社した。
ところが――
「ロシアから来ましタ、ウラジミール・アナスタシアと言いマス。皆さん、よろしくお願いしマス」
開いた口がふさがらなかった。
そして、思わず言葉が漏れた。
「え、エルフだ……」
スラリと伸びた長身、透き通るようなサラサラの金髪、信じられないほど整った目鼻立ち。
エルフだ。どこからどう見てもエルフがそこにはいた。
まさに、雪国から来たスノーエルフと言っても過言ではない。
「!!」
アナスタシアさんに見とれていると、目が合いニコリと微笑まれてしまった。
俺は慌てて目をそらす。
わかってる……いくら彼女が美しくても、エルフなわけがなかった。