供物のルール
世界が急に静かになった。音がない。痛みもない。
……ああ、これは死んだんだな。
目の前には、ゆがんだガードレール。視界の端には、転がったバイク。真っ黒な液体がゆっくり広がっていく。
生ぬるい風が吹いた。
「やあ、新入りさん」
俺ぁここのガードレールに住んでんだけどよぉ
珍しいねぇ。ここに住人が増えるのは。
……混乱してんのか? まあ、そりゃそうだよなぁ。いきなりこんなとこに放り出されちゃ誰だって混乱するさぁ。でも、すぐに慣れらぁ。俺だってそうだったんだから。
……え? 確かに死んだはずだって? そりゃあ、おめぇ死んでるさ。見てたもん。おめぇがぶっ飛んで、そのまま動かなくなったの。ド派手だったぜぇ?
……なんでって? おめぇ、珍しいんだぞ? ここにはな、普通の死んだ奴は来ねぇんだ。死んだあとにもう一回死ねるやつしか、残れねぇんだよ。
……何してるのかって? なんもしてねぇよ。食って、寝るだけだぁ。そんで、たまーにおめぇみたいな新入りが来るぐらいか。 退屈なもんだぁな。
......そんなこたぁ言われたってこっちだって必死に生きてんだよおめぇ。
……そりゃあ腹ぐらい減るよ。生きてんだから。 まあ、普通の人間よりは何十倍も腹持ちはいいけどなぁ。
……何食うかって? ここにお供え物があんじゃねぇか。ほら、ジュースだろ? コーヒーにお茶に饅頭、タバコまであんだから。 まあ、花は食えねぇけどなぁ。
……あ? お供えがなかったらどうするのかって? そりゃあ、おめぇ、一年もなんもなかったら、こっちだって辛いよぉ? 腹が減るってレベルじゃねぇ。死ぬよ、マジで。二回目のなぁ。
……何言ってんだよ。おめぇも頑張んねぇと、食えねぇんだぜ?なあ、新入りさんよ。
.......そうだよ、おめぇも。さぁ、早く準備しねぇとなぁ。
言葉に反応するように、手が動く。
お供え物を、ひとつ手に取る。飲みかけのコーヒー。
「おめぇもさ、やんねぇと飯にありつけねぇんだぜ?」
腹が鳴る。まるで、それを認めるかのように。
「工夫しねぇとなぁ。ほら、最近はみんな慎重だからよ、なかなか腹いっぱい食えねぇんだよ」
ガードレールに佇む男は苦笑する。
「それでも、俺ぁなんとかしてきたけどよぉ。
まあ、俺は慣れてっから、いくつか技があんだけどよぉ……」
そう言って、男はちらりとこっちを見る。
「おめぇ、腹ぁ減ったろ?耐えられるか?」
喉が鳴る。答えられない。
「ま、そのうちわかるさ。おめぇがどれくらい腹を空かせるのに耐えられるか、な」
男はそう言い終わると、お供え物を摘まむ。
視線が、無意識に道路へ向かった。
……俺に、できるのか……
指先がじっとりと汗ばんだ。