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本編09














   本編09













食事を済ませるとすることがなくて、ソフィーは外に出たいと言った。テラスに出て夜風に当たりたいと。


「好きなだけ当たればいい」


片手をあげてドアの方を示すと、その手を娘が取る。


「1人では嫌よ」

「なんで?」

「何が出てくるかわからないのだもの」

「何も出てきやしない。出てきたとしても大したことはできない」


かつてなら1人でいる人間の娘などあっという間に食われていたが。そこまで考えて気が変わった。魔力を失って久しく、また、人間を最後に殺してからずいぶん年月が経ったとしても、偶然通りかかりソフィーを見かける同胞がいたとして(ここまで入り込んでくる同胞は滅多にいないのだが)、指を咥えて何もせずにいるとは言えない。


廊下を進み外へと出る.テラスに置いた椅子に並んで座ると、ソフィーははしゃいだ声で言った。


「ね、今ならまだ魔法を使える?」

「多分」

「何かやって見せて」

「お前は、よほど魔法が好きなのだな」

「そうよ。珍しいわ。魔法なんて、見たことないし」

「……」

「ね、やって見せて」


傍に座るダヴィドの腕をギュッと握り急かす。ダヴィドは捕まってない方の腕で頬杖をつきながら夜空を眺める。星が輝いていた。


「ねぇ」


子供がやるように両手でソフィーががっしりとしたダヴィドの片腕を振っている。


「離れなさい」

「え?」


ダヴィドは立ち上がり、数歩進んで片手を目の前の池に向かって手を翳した。


「イズ」


どんっと音がして、視界の隅でソフィーが身体をびくりとさせたのが見える。衝撃と共にヒュウっと辺りを風が一巡し、ダヴィドとソフィーの顔を撫でた。その時、しまったと思った。この衝撃、村の方まで伝わっただろうか。


「冷たい」


そんなダヴィドの心配は知る由もなく、ソフィーは吹きつけた風に目を丸くしていた。


「何が起こったの?なんで、今、冷たかったの?」

「……」


そして、その時、ダヴィドは次の心配をしていた。あれは、明日の朝までに溶けるだろうか。しまったな。ダヴィドが答えないのに痺れを切らし、ソフィーは辺りの様子を見ようとテラスの庭へと続く段を降りて、そして、気づいた。


「え、何これ」


興奮した声を上げると、池へ向かってかけてゆく。


「ばかやめなさい」


止めるのも聞かずに水面に向かって踏み込んだ。


「凍ってる」

「割れるかもしれない。やめなさい」

「割れる?この氷が?」


ソフィーがキョトンとした顔で、その場でどんどんと力任せに氷面を踏みしだいた。しまったな、力の加減を誤ったとダヴィドはもう一度思った。あれは明日の朝までに溶けるだろうか。ソフィーは甘えた顔でダヴィドに向かって手を差し伸べた。


「ねぇ、あなたも来て」

「やめなさい」

「何を言ってるのよ。沼を凍らしといて」


ソフィーが器用に氷の上を木靴で滑りながら前へと進む。


「すごい、すごい」


そして、ずるっと転んだ。転んでも倒れたまま星空を見上げながら笑ってる。


「こんなすごい魔法、初めて見たかも」


ダヴィドはため息をついた後に沼へと踏み込み進むと、寝っ転がったまま体が冷えるのも構わず立とうとしないソフィーのそばに近寄った。


「立ちなさい。風邪をひくぞ」


差し出された手にソフィーは素直に手を預け、ダヴィドが引き上げようとした時に、不意にぐいと引かれた。男と女の力の差で普通ならそれでもなんということはないが、足元が悪かった。ダヴィドも滑って転んでしまった。ソフィーはまた笑った。


「子供みたいだ」

「こんなに笑ったの久しぶり」


そして、また氷の上にそっと寝そべってしまった。冷たい氷面に体と頬をくっつけて、なんだか少しうっとりとした顔をしている。


この娘はなんだか死と近い。


なんでなのだろう?唐突にそんなことをふと思う。氷の冷たさは、血の温かさと対照的で、そして、氷の美しさは、或いは、死の美しさなのかもしれない。死は時に角度を変えてみれば美しいのかもしれない。死にたいと思っている人間からしてみれば。


「風邪をひくぞ」


うっとりとした顔で寝ていたソフィーは目だけ動かしてダヴィドをジロリと見た。


「なんかこの氷、青白く輝いているみたい。魔法が含まれているから?」

「いや、これはただの氷だ。魔法など含まれていない」

「そうなの?」

「体を起こしなさい」


自分も氷の上に座ったままで寝そべっているソフィーの体と氷の下に強引に手を入れ込むと抱き起こした。娘の体は軽かった。今度こそ素直に体をされるがままに起こすと、ソフィーはそっと片手をダヴィドの頰にあてた。その手は氷面につけられていただろう。


「冷たい」

「またちょっと老いてしまったみたい」


ソフィーがダヴィドの文句など聞かずにそっと目尻の皺をなぞった。


「悲しい?」

「しつこいな」


ソフィーがいう通り、魔法で凍らされた沼は初夏の緑の森の中で青白く輝き、2人の上にはぽっかりと星空が広がっていた。


「不思議だな」

「なにが?」

「今日まで気づかなかった」

「なにに?」

「自分はいつの間にか自分が老いてゆくことを受け入れいていた」

「……」

「そんなことをわざわざ考えていなかったから、気づかなかった。自分は老いることは受け入れていた。ただ、この、閉じ込められていることだけはまだ受け入れられない」

「外へ出たいの?」

「出たい」

「外へ出たらまた人を殺すの?」

「……」


そのことについても特別考えてこなかった。


「外に出れるかどうかわからないから、そのことについては考えてこなかった」

「正直ね」

「そうだな」


会話はそこで終わった。とりあえず話しておこうと思った会話は全て。


「帰ろう。風邪をひく」

「はい」


立ち上がった。家の方へと向かって歩き出す。2人は黙って歩いていたけれど、会話をしなくてもその時、満足だったように思う。


***

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