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本編02














   本編02













別邸につき、馬を厩の囲いに入れると屋敷の中に入る。


「アルベルト」


何度か名前を呼びながら邸の中を歩き回ると


「静かにしてください」

「こんなところにいたのか」


奥の寝室にしかめ面をした執事が薄く開けたドアの隙間から見えた。その隙間を開いて自分の体を部屋へと滑り込ませると、天蓋付きのベッドの清潔なシーツの合間に先ほどの女が寝かされている。


「生きているのか?」

「息はしております」

「なぜ目覚めない」

「よほどショックだったのでしょう」

「目覚めるだろうか」

「さぁ」


思慮深い執事が腕をくみ、片手で顎髭をいじりながら首を傾げると、主人は言った。


「目覚めたら、どうしようか」

「目覚める前に殺してしまいますか?」


それはまずい一言だったと言える。なぜならば、眠っていると思っていた女がその言葉の直後にパチリと目を開けたからである。それを見て、主人は悪びれず言った。


「娘、生きていたか」


大きな目をした娘だった。目を開いてよくわかった。まだ大人になりきっていない子供の女だ。シーツを両手で引き上げて自らの口元を隠すと、大きな目を右へ左へと動かして二人を交互に観察している。


「なんだ口がきけないのか」

「言葉は話せます」

「そうか、どこもなんともないのか。お前は生きているのだな」

「生きているのでしょうか?わたしは死んだのではないでしょうか」


どこかズレた会話にフッと笑ってしまった。見ず知らずの男が笑った時に、それに合わせるように少しはにかんで娘が微笑んだ。


「しっかりしろ。聞いているのはこちらだ」

「わたしは死んで、夢を見ているのではないでしょうか」

「お前は死んではいないだろ。言葉をペラペラと話す死人など聞いたこともない。それにここは死後の世界ではない」


そう言われて娘は横になっていた体を起こしベッドに上半身を起こして座ると自らの手で自分の胸元あたりに当てそっと目を瞑った。しばらくそうしてから目を開けた。


「死んではいないようですが」

「どこも痛くはないのか」

「痛くもありません」


そこまで聞いてため息が出た。


「お前は一体どこから来たのだ」

「どこからって……」

「ああ、外から来たことはわかっている。聞きたいことはそれではなかった。どうやって来たのだ」

「……」

「わかっているだろう?ここは閉ざされている。我々はもう何年もここから出られないんだ。お前はどうやって来たのだ?」


ところが娘はここで問いには答えず少しぼうっとした目つきになって、じっと領主を眺めた。


「わたしから見るとおじさんは人間のように見えますが」

「……」

「あなたは人間ではないの?」


大きな目でこちらを見上げてくる。その瞳の色は青がかったグレイで、男は娘の問いには答えずに娘の目の色をぼんやりと見ていた。


「本当にいたのね」

「どういう意味だ?」

「おじさんは魔族なのでしょ?おじさんも」


娘は二人に問いかけた。


「そうだったとしたらどうだというのだ」

「殺してください」

「……」

「わたしを殺してください。そのために来たのだもの」


娘はそういうと、まるで幼児が親に甘えるかのように座ったままで両腕を差し出した。


***


この部屋から出るなと言って娘を一人残し、領主は執事と部屋を出て廊下を進み少し離れた隅に立ち、ボソボソと話した。


「ああ言っているのですから、殺してしまえばいいではないですが。人間なぞこの村においてはおけません。我々がしなくとも遅かれ早かれ誰かに見つかり八つ裂きにされてしまうでしょう」

「そうもいかん」

「何をためらわれる。呆れたことです」


執事はポカンとした顔で主人を見上げた。


「あなた様ともあろう方が。あまりに長く人間のふりをして過ごすうちに、本当に人間になられたのか」

「そういうわけではない」

「ではなぜ」

「お前もわかっておろう、クリストフのことだ」

「はぁ」

「あやつは今のままでは助からん」

「ご主人様がそのように気弱では」

「いや、助からん」

「……」

「だが、昔のように人の肉を喰らえば、あるいは……」


アルベルトはその言葉を聞いてホッと息をついた。


「それならば尚更のこと、さっさと殺しておしまいなさい」

「違うのだ」

「何が違うというのです?」

「滅多に手に入らない人間だ。ひと思いに殺してしまうにはあまりに惜しい」

「なんと……」


老執事は言葉を失って、ただ主人の顔を眺めた。


「だからと言って、殺さずにどうしようというのです?」

「飼えば良い」

「飼う?」


声を抑えてボソボソと話していたつもりが、大きな声が出た。主人は娘の寝ている部屋をチラリと眺めると、執事の腕を掴み、引っ張ると、廊下からテラスへと繋がる扉をギィと開けて外へと彼を誘った。


「動物ではないのですぞ。飼うなどと言って」

「だがお前、一思いに殺してしまえばそのままだ。もし仮にクリストフが持ち直しても、また同じようなことが別の者に起きないとも限らない。大体、一度良くなってまた、あれが病みついたらどうするというのだ?」

「だが、殺さずにどうするというのですか」

「あの娘の血を抜き取る」

「……」

「血を抜き取るだけなら人間は死なない。しばらく経てばまた血を抜き取れる」

「そんなうまくいくはずは」

「やってみないとわからないだろう?」


執事は暗いとも言えるような目でじっと主人を見つめた。その後に、やれやれと疲れた様子で首を振った。


「なんだ?」

「人間を飼うだなど……」


そして乾いた笑い声を立てた。


「なんと情けない」


執事は笑いながら、その老いた顔を歪めた。少し泣いているようにさえ見えた。主人は淡々と言った。


「生き延びる道を考えないと……」


そこまでして、生き延びたいのですか?あなたは。アルベルトは言葉にはしなかったが、そう言いたそうな目をしていた。しかし、しばらくするとその反抗的とも言える目の色が消えた。アルベルトは思い出したのだろう。彼の主人が一人息子を失いかけている親だということに。


***

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