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9話 束の間

「深瀬、か?」

「……うん」


 俺の背後に立ち、背中に手を当ててくる深瀬の息遣いを感じる。


「半年ぶり、ぐらいか?」

「半年と、27日ぶり……だよ」


 薄暗いお化け屋敷の中、出口付近には俺と深瀬以外……誰もいない。


「ごめんね……こんなところにまで、押しかけて……」


 深瀬の震える小さな声が聞こえる。

 幼い頃から、ずっと傍で聞いてきた優しい声。


「ごめんね……悪口言って……傷つけて……ごめん、ね」


 溢れ出る感情を必死に抑えながら言葉を発していることが……深瀬の顔を見なくても容易に想像ができる。


 どんな要因があったとしても、俺の心は深瀬に傷つけられた。

 そして、俺は深瀬と絶交した。

 その事実は変わらない。


 それでも……。


「元気でやってるか……?」

「……うん」

「高校生活、頑張ってるか……?」

「……うん」

「少し……痩せたか?」

「……うん」


 その声や背中から伝わってくる彼女の手の感触から、何となく……そう感じた。


「逆になっちゃたね……いつも私の方が、そうやって春樹に色々聞いてたのに……」

「……そうだったな」


 俺は深瀬に背を向けたまま、深瀬は俺の背後に立ったまま会話が続く。

 今振り返れば久しぶりに深瀬の顔が、表情が見える。

 しかし、俺とこいつは……それを望んではいない。


「バスケ……辞めたのか?」

「……うん」


 少し沈黙の時間が流れた後、彼女は言葉を続けた。


「私なんかが……好きなことする資格……ないから……」


 やっぱり俺のことを気にして……。

 ここでこいつを突き放すのは簡単だ。

 俺と深瀬は、もう……仲の良い幼馴染ではない。

 しかし俺を傷つけた深瀬も、共に楽しい時間を過ごした優しい深瀬も、俺は両方知っている。


 だから……素直な気持ちを、言葉を、最後に一言だけ。


「俺は、バスケも勉強も……頑張っている志穂の姿が……好きだったよ。だから……」


 恐らく偶発的な事を除けば……俺たちは、もう会うことは無い。


「俺も頑張るから……おまえも自分らしく頑張れ」

 

 お互いに、それを理解している。


「ありがとう、励ましてくれて……。ありがとう、名前で呼んでくれて」


 深瀬は涙ながらにお礼を言った後、そっと俺の背中から手を離した。


「じゃあな……深瀬」

「さようなら……浅野くん」


 『浅野くん』と、俺のことを呼ぶのは深瀬なりの決別の意思表示。


 短い会話を終えた深瀬は出口を開けて退出し、静かに扉を閉めた。


 駆け足で去って行く彼女の足音が微かに聞こえた。


 ▽▼▽▼


 午後になり役目を終えた俺は、これから自由時間だ。

 校内は沢山の人で賑わっていて、皆がとても楽しそうだ。

 

『昼から暇だろう?私のクラスに遊びに来いよ。特別に無料でチェキ撮影してやるぞ』


 再び遠藤からメッセージが届いた。

 あいつは主に午後から仕事らしいので、これから大変だろうな。

 遠藤のメイド姿を見ようと沢山の客が順番待ちする様子が目に浮かぶ。

 それだけ、あいつのメイド姿は可愛かった。

 いや……普段のあいつも、十分可愛いんだが……。


「浅野くん!こっちこっち!」


 適当に廊下を歩いていると、俺を呼ぶ白木の声がした。


「白木、これから自由時間か?」

「ああ、午前中の店番は大変だったよ。俺たちのクラスがやってるプロテイン喫茶、すげぇ好評でさ」

「プロテイン喫茶?」

「ああ。色んな味やアレンジのプロテインが飲めるんだぜ」


 さすがはスポーツコースのクラス。奇抜なアイデアの店を展開している。

 俺たちのクラスのお化け屋敷は客足が少ないのに対して、プロテインを飲める店が好評とは……。

 何がヒットするか客商売というものは、わからないものだ。


「なあ、これから遠藤のクラスのメイド喫茶に行こうと思うんだけど……浅野くんも行かね?」

「いや……俺はやめとくよ」


 さっき深瀬と話をして……今は文化祭を楽しむような気分でない。


「ちょっと頼むよ、一緒に来てくれ!俺一人では行きにくいよ!」

「そう言われてもな……」


 渋った俺は痺れを切らした白木に強引に腕を掴まれ、誘導される。


「おい、俺は行くなんて言ってないぞ」

「そう言うなって!一緒に楽しもうぜ!」


 なんで俺が白木と二人きりで文化祭を回る羽目になってるんだか……。


 遠藤のクラスのメイド喫茶に到着すると思った通りそこは男子たちの大行列ができており、人気のほどが窺える。


「結構待ちそうだな」

「ああ」


 長蛇の列に並び、いつ回ってくるかわからない自分たちの順番を待つ。

 窓が開けらえている店内がそこからはよく見えてメイドが何人もいるが、やはり一番注目を浴びているのが遠藤だ。


「可愛いなぁ……遠藤……」


 ここにも目を奪われている者が一人。


「なあ浅野くん……相談なんだけど……」

「相談?」


 白木はいつもの軽い雰囲気ではなく、真剣な眼差しで俺にそう言葉を掛けてきた。


「俺……近々、遠藤に告ろうと思ってて、さ」


 また急な話だ。

 本気で遠藤のことを好きなのが、こいつの行動から見て取れるが……。


「もう少し関係を深めてからのほうが良いんじゃないか?」

「それはそうなんだけど……多分、今の俺は相手にされないだろう?だから俺の気持ちだけでも知ってもらおうと思って……」

「振られる前提で告るのか?」

「振られても諦める必要は無いだろう?遠藤に彼氏ができない限りはだけど」


 確かに……。

 しかし、玉砕覚悟で行動するとは。応援してやりたい……。

 いや……多分、俺の本音はそうじゃない。


「それで、俺に何をして欲しいんだ?」

「遠藤、今日仕事してるってことは、多分明日時間あるよな?」


 二日目の文化祭のことを言っているんだろう。

 

「遠藤と文化祭を一緒に回りたいんだ。そのセッティングを頼みたいんだけど」


 明日は俺が遠藤と一緒に文化祭を回る約束をしていて……。


「もしかして、明日告るつもりなのか……?」

「まあ、俺に勇気があればだけど……」


 振られる前提とはいえ、やはり告白するのは勇気がいるよな……。

 俺も好きだった深瀬に気持ちを伝えることができなかった苦い記憶がある。


「頼まれてくれるか?」

「自分で遠藤を誘えばいいだろう?」

「今の俺が遠藤に声掛けても、相手にされないのは目に見えてるだろう?多分、浅野くんが言ってくれたら遠藤も少しは耳を傾けてくれると思うからさ」


 懇願する白木を尻目に働いている遠藤の姿を見ると、とても礼儀正しく接客をしていて、来客に見せる笑顔が眩しい。

 遠藤は、俺以外の人間には素っ気ない。

 あの笑顔は、俺といる時だけ見せてくれる表情だったのに……。

 いや、あれは営業スマイルだ。

 何を気にしているんだか……俺は。


「あ、浅野くん!遠藤がこっちに手を振ってるぞ!俺たちに気づいたのかな?」


 俺たち……?

 遠藤が手を振っている相手は、俺だけだ。

 そこに白木は入っていない。


「ごめん、白木。俺……用事思い出して……。自分のクラスに戻るよ」

「え!?ちょっと待てよ!」


 白木の声を振り払うように俺は速足で、その場を離れた。


 ▽▼▽▼


 いつも遠藤と弁当を食べに来ている旧校舎の空き教室。

 ここは文化祭とは関係ないエリアで、誰もいない静かな空間。

 椅子に座り、一息ついて天井を眺める。


「俺が先に約束してるんだけどな……」


 ここにいると落ち着く。

 中学時代の屋上ほどではないが、ここも遠藤と二人だけで過ごしている大事な場所。


「浅野。やっぱりここにいたか」


 教室の扉が勢いよく開いて、現れたのはメイド姿の遠藤だった。


「遠藤!?なんでここにいるんだ?」

「おまえが急いでどこかに走っていったから追いかけて来たんだよ」

「店はどうした?」

「私が少しいなくても、大丈夫だよ」


 そう言って遠藤は俺の隣の席に腰を下ろす。


「なにかあったのか?」

「なんでそんなこと聞くんだよ?」

「さあ……いつもと様子が違うからかな」


 毎度のことながら、こいつは鋭い。


「退屈だと思って、な」

「退屈……なのか?」


 今、俺の中にあるのは喪失感なのだろうか……?


「さっき……深瀬に会ったんだ……」

「深瀬?あいつ来てたのか?」

「ああ。少し話しただけだが……」

「まさか、久しぶりに会って復縁したとかじゃないだろうな?」

「いや、そういうことはない」


 そう……お互いに、けじめをつけたんだ。


「もう戻れよ。白木がおまえの接客を楽しみにして並んでるんだぞ」

「白木?また、あいつか。どうでもいいよ」


 今の俺の気持ちは色々と複雑だ。

 さっき深瀬と会話をした今の俺は……遠藤と距離を置きたかった。


「その……明日なんだけど……」

「ああ、楽しみだな。なんか色んな模擬店が出てるらしいから食べ歩きとかしてさ」

「明日の文化祭、もしよかったら……白木と一緒に回ってやってほしいんだけど」

「はあ……?なんだよ……それ……」

「前に言ったけど、あいつ良い奴だからさ……一度話ぐらいしてみたら、と思ってだな」


 俺がそう言った直後、遠藤は椅子から立ち上がり声を張り上げた。


「なんだよそれ!?一緒に回るって約束したじゃねぇか!」

「それは……そうだけど……白木が、おまえと……」


 白木は関係ない。

 俺が遠藤を避けたいだけ……。


「まさか……深瀬と会ったりするんじゃないだろうな?」

「そんなことはない。あいつとは、もう……」


「渇いてる……」


 渇いてる……?

 遠藤がそう呟いたが、どういう意味かわからない。


「もういい!私が白木と一緒にいれば満足なんだろ!?そうしてやるよ!」


 怒っているのか、悲しんでいるのか……それとも……。


 走って教室を出て行く遠藤を、俺は追いかけなかった。

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― 新着の感想 ―
 まあ、遠藤が可哀想な。
満場一致で浅野はギルティ それで幼馴染と復縁して千田に寝取られたら良いよ。
・・・タイトル詐欺? こんな関係は絶交とはいわないと思う。 お互い(最低限)納得して離れただけでは? その上で、主人公頭おかしいのかなって思った。
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