8話 来訪者
2学期の高校生活は忙しい。
いつも通りの定期試験に加えて体育祭、さらに学年によって修学旅行や校外学習などの行事が目白押しだ。
夏休みが明けて早くも9月下旬を迎えた今、学校は少しお祭りムードだった。
「では、このクラスの文化祭の出し物を決めたいと思います」
10月には学校全体で大盛り上がりを見せる文化祭が行われ、学外からも多くの人たちが招かれる。
クラスメイト達が挙手をして様々な出し物の候補が上がる。
クラスごとに割り当てられる予算で出来ることを考え、他のクラスとの被りを避けながら出し物を決定する。
「招待券も配ります。生徒1人につき外部の人を10名まで招待できます」
悲しいことに、俺には招待する家族や友人は一人としていない。
昼休みになった。最近この時間になると俺の前に現れて声を掛けてくる奴がいる。
「浅野くん。弁当一緒に食わねぇか?」
「白木……俺といても特にメリットはないぞ」
こいつは遠藤に惚れているようだが、直接話しかける勇気は無いらしい。
そこで遠藤と仲が良い俺に白羽の矢が立ったのだろう。
「そんな言い方するなよ。俺は浅野くんとも仲良くしたいと思ってるんだぜ」
ほとんど友人がいない俺に、そんなことを言ってくれるのは正直嬉しい。
「まあ、遠藤に近づきたい下心もあるにはあるけど……」
やっぱりそっちが本命だろうが……。
「悪い、遠藤と待ち合わせてるから。じゃあな」
「お、俺も連れて行ってくれ!」
「それは……多分、遠藤が嫌がると思うぞ」
「そ、そんなこと言って……浅野くん!遠藤に悪い虫が付くと困るとか思ってるんじゃないのか!?」
白木は俺の肩を掴んで言葉を投げかけてくる。
か、顔が近い……。
「も、もしかして……浅野くんも、遠藤のこと……」
白木に限った話ではないが、遠藤に近づきたい一心で俺に声を掛けてくる奴は多い。
まったく……アプローチする相手を間違えてるな。
「わかったよ。それとなく遠藤におまえのことを伝えてみるよ。それでいいか?」
「あ、ありがとう!浅野くん!」
テンション高くお礼を言ってくるが、あまり期待はしないでもらいたい。
俺は白木と別れて、遠藤と待ち合わせている空き教室へ向かった。
▽▼▽▼
「なあ、浅野のクラスは文化祭なにをするんだ?」
「まだ確定ではないけど、お化け屋敷が有力だな。そっちは?」
「喫茶店だ」
俺は遠藤が作ってきてくれた弁当を口に運ぶ。
「どうだ?」
「美味いな。おまえ何でも器用にこなすな」
遠藤の家はコックを雇っていて、その人たちに幼少期から手解きを受けていたそうだ。
プロに教わったのなら能力も伸びる。いや、一概にそうではない。
これも、こいつの才能か……。
「なあ遠藤。白木のことなんだけど……」
「ん?だれだ、そいつ?」
同じ中学だったのに記憶にないようだ。
俺も白木のことを覚えてなかったので、人のことは言えないが……。
「白木がおまえと遊びたいらしくて、さ」
「へー。その白木って奴に頼まれたのか?」
相変わらず鋭い奴だ。
何もかもお見通しと言わんばかりに眼光鋭く俺を見つめてくる。
「まあ……いい奴なんだよ白木は。一度遊んでやってもいいんじゃないか?」
「はあ?無理」
一縷の望みは儚く散った。
憐れなり……白木。
「おい……学校ではやめろ」
「治療だって」
俺の手を握りながら、遠藤はニコニコと笑みを見せる。
こいつ、俺の症状で楽しんでないか……?
「離せって」
そんな遠藤が握ってくる手を俺は少し強引に振り払った。
空き教室で他に誰もいないとはいえ、誰かに見られでもしたら面倒だ。
「浅野……最近、私に冷たくないか?」
「別に、そんなことはない」
さすがに手を振り払ったのは、よくなかったか?
今のこいつは、俺のために手を握ってくれていたのに。
「文化祭……一緒に回ろうな」
「ああ……そうだな」
俺たちは弁当を食べながら、そんな何気ない約束をした。
▽▼▽▼
「賑わってるな。さすがは地元でも有名な海星の文化祭。浅野くんも張り切ってるな」
「別に張り切ってない。この姿がちょっと……」
二日にわたって行われる、文化祭当日。
一日目の土曜日は招待された外部の人も立ち入ることができる。
二日目の日曜日は学内の生徒と教員のみで賑わいを見せる段取となっている。
「全然、大丈夫だって。よく似合ってるぜ」
今の俺は、学校で自殺した男子生徒の悪霊……らしい。
「いや……似合ってたら困るんだけどな」
俺のクラスはお化け屋敷を運営するのだが……その役者に俺は抜擢されてしまった。
目つきの悪い俺が適任だと多くのクラスメイトから推薦され断ることができなかった。
ファンデーションで顔を色白くされて、頭と着用している質素な衣装には血のり(赤い絵具)がベッタリと塗られている。
「俺、中学の同級生たちに適当に招待券配ったから。懐かしい顔ぶれに会えるかもしれないな」
中学時代孤立していた俺が、かつての同級生たちと会っても懐かしいなんて感情は湧いてこないだろうな。
「白木……招待券10枚全部配ったのか?」
「ああ。厳密には仲良かった奴に適当に配るよう頼んだんだけどな」
それだと学年で中心人物だった深瀬にも招待券が行き渡っているかもしれない。
「おーい!浅野!」
「え、遠藤!?何て格好してるんだ!?」
俺のもとに駆け寄ってきた遠藤は、メイド姿で廊下にいる男子生徒たちの視線を釘付けにしている。
「おまえのクラス、喫茶店じゃなかったのか?」
「ああ。メイド喫茶だよ」
「その衣装はどうしたんだ?」
「演劇部が大量に持ってたから借りたんだ」
似合ってるだろ?と、笑みを見せる遠藤はどこか得意げだ。
まあ……確かに似合っている。
「と、とても似合ってるよ!遠藤さん!」
「はあ?だれだ、おまえ?」
俺の隣にいる白木が勇気を振り絞って声を掛けたんだろうが……遠藤の返答が冷たすぎる……。
「こいつは中学が同じだった白木だ。前に話しただろう?」
「あー、そうだっけ?」
興味がないといった態度で、白木の方を見ようともしない。
これには俺も彼に同情の気持ちが芽生える。
「じゃあ…そろそろ時間だから……俺は持ち場に戻るよ」
そう言って去って行く白木の後姿は寂しそうに見えた。
「遠藤。もう少し気さくに振る舞えないのか?」
「白木だっけ?別にどうでもいいよ」
「あいつは良い奴だぞ」
「あっそ……。それより、明日の約束忘れるなよ」
今日はお互い忙しいので、文化祭を一緒に回るのは明日の予定だ。
明日は内部の人間だけのお祭りなので、今日よりは人が少ないし楽しみやすいだろう。
「じゃあ頑張れよ。悪霊」
「そっちもな。メイドさん」
▽▼▽▼
「ギャーーー!!!」
来客の悲鳴が室内に響き渡る。
「あのお化け、怖すぎない!?」
「うん。特にあの目つき!きっと凄い特殊メイクだよ!」
この目つきは天然なんだが……。
お化け屋敷を去って行く来客の話声に少し落胆する。
『浅野くんは立っているだけでいいから。よろしく』
そんなクラスメイトの要望に応えて、お化け屋敷の出口付近でただ立っているだけ……。
クラスメイト達が連日苦労して作り上げた様々な仕掛けよりも、立っているだけの俺の方が受けが良いのは皮肉な話だ。
かなり暗くした室内を冷房で冷やして、抽象的な意味でも恐怖を演出している。
学生が作り上げたにしては、中々の完成度だと感心する。
「寒い……」
こうして1時間以上、俺は立っているのだが……ほとんど誰もやってこない。
最初の方は何組かの客が立て続けにやってきて、順調だったのだが……。
(今、何時だ?)
スマホで時間を確認すると、時刻は11時過ぎ。
俺の役目は午前中で終わるので、あと少しで解放される。
ついでに通知も確認すると遠藤からメッセージが届いていた。
『お疲れ様です。ご主人様』という文章と一緒に添付されていたのは、遠藤の自撮りの写真。
先ほども見た遠藤のメイド姿……こんな写真を送ってくるなんて、自分のルックスに相当自信があることが伺える。
まあ……可愛いとは思うが……。
「あ、あの……」
後方から声がした。
スマホを見るのに集中していて人が近づいてきたことに気付かなかった。
「振り向かないで!」
俺は慌てて振り返ろうとしたが、その人は俺の背中に手を当てて動きを制止してくる。
優しくて、懐かしい、聞き慣れた声だった。
「振り向かないで……春樹」
俺のことを『春樹』と呼んだその声の主が誰なのか……俺にはすぐにわかった。