7話 訪問
誤字報告、ありがとうございます。
夏休み。学生待望の長期休みのはずなのだが……。
「この学校、夏休み短すぎるだろう」
「ああ、そうだな」
海星高校の夏休みは、なんと3週間程しかない。
入学したばかりの頃、年間のカリキュラム表を確認して少し驚いた記憶がある。
俺は夏休みの間も学校になるべく通い、冷房が効いている自習室を利用して勉強に勤しんでいる。
「浅野くん、よく毎日学校に来て勉強できるな」
「学校で勉強すれば自宅の節電にもなるし」
お昼時には、野球部の練習で学校に来ている白木と食事をするのが日課になっている。
飯を食いながらこうやって会話するのも慣れたもので、彼の話は部活の練習時間が長いだの、恋人がほしいだの下らない話が多い。
「浅野くんは夏休みも遠藤と仲良くしてるのか?」
「いや、休みに入ってから一度も会ってないな」
遠藤は終業式の日、夏休みは家の用事で忙しいという言葉を言い残して以降、顔を合わせていない。
「え、遠藤ってさ……どんな男が、好みなのかな……?」
「さあ、多分だけど……本音で語り合えて、気軽な関係性を築ける奴とか、かな」
そう、俺みたいに……。
「はぁー……やっぱり、俺にはハードル高いのかな……」
「まあ、地道に頑張れ」
……って、俺は何を考えてるんだ?
遠藤のことで意地を張るようなことを……。
「そろそろ時間だな。俺、練習に戻るわ。またな浅野くん」
「ああ」
白木は普通に良い奴だ。
中学時代の俺を知っているのにも関わらず、それを気にすることなく話しかけてきてくれる。
遠藤のことが気になると言っているし応援してやりたいと思うのだが……正直、少し複雑な気持ちが俺にはあった。
「遠藤の男の好み、か……」
▽▼▽▼
8月中旬。
お盆休みを取ることができて一時帰国してきた父さんと、数か月ぶりに顔を合わせた。
久しぶりに実家に帰り、家族で有意義な時間が過ごせたと思う。
父さんと二人で住んでいた時はろくに会話もしない関係だったのに、今となっては近況報告も兼ねて話が弾む。
やはり人間関係というものは、近すぎず遠すぎず。
適度な距離感が大事なのかもしれない。
実家の窓から外を眺めると、向かいにある深瀬の自宅が視界に入る。
もしかしたら、深瀬と鉢合わせることがあるかもしれないと思ったが……誰とも会うこともなくお盆期間は過ぎていった。
「勉強ばかりも肩が凝るな……」
気の許せる友達なんてほとんどいない俺だが、こうも一人でいる時間が長いと気が滅入る。
いつも俺の部屋に我が物顔で遊びに来ていた遠藤の姿が頭に浮かぶ。
【元気か?】
最近会えていない遠藤にスマホでメッセージを飛ばした。
俺はあまり人と連絡のやり取りをしたことが無いため、短くぶっきらぼうな文章を送ってしまった。
【なんだよ~?私に会えなくて寂しくなったのかよ~?】
すぐに返信があり、【そんなことはない】と、こちらも返事をした。
メッセージ上ではあるが久しぶりに遠藤と会話をしたような気がして、僅かながら気持ちが上向きになる。
遠藤の次の返信を待っていると、俺のスマホが音を立てて振動する。
スマホの画面には遠藤の名前が表示されていて、電話の着信のようだ。
「あー、もしも」
『久しぶりだな!!浅野!元気か!?』
俺は耳に当てていたスマホを慌てて離した。
遠藤のバカデカい声を聞いて、耳鳴りが発生する。
「遠藤!普通の声量で電話できないのか!?」
『ハハ、浅野も声大きいぞ』
誰のせいでデカい声を出してると思ってるんだ、こいつは……。
「浅野、明日って暇か?」
「明日?まあ、勉強以外やることはないな」
「じゃあ明日、私の家に遊びに来いよ」
遠藤は弾むような声で、そう言った。
▽▼▽▼
夏休みも終わりが近い。
俺は今、遠藤の自宅へと向かっている。
俺たちの通っていた中学から10分ほど歩けば目的地に辿り着くらしく、教えてもらった住所を目指して歩いているのだが……。
「あ、暑すぎる……」
今日も午前中から真夏日で、とにかく暑い。
普段部屋にばかり籠っているためか、日差しと熱気が体にこたえる。
朦朧とした意識の中歩いていると、道中コンビニを発見した。
約束の時間までは、まだ少しある。
「み、水でも買うか……」
水分の確保と涼むのを目的に、俺は急いでコンビニへ駆け込んだ。
(涼しい)
店内に入ると冷房の風が火照った体を冷やしてくれる。
快適な風を全身で感じながら、俺はドリンクコーナーにある水を手に取った。
レジに向かおうと思ったのだが、ここで少し考える。
手ぶらで人様の家にお邪魔しても良いものか……と。
幼少期から友達なんていなかった俺が他人の自宅にお邪魔したことがあるのは、深瀬の家ぐらいで……。
その時は何も気にせずに手ぶらだったが、今の俺は高校生でそれなりに良識ある行動を取らなければならない。
少し考えた後、俺は遠藤が好きそうなスナック菓子を数個購入することにした。
「おい、おまえ……浅野、か?」
お菓子コーナーを眺めていた俺に、声を掛けてきたガタイがいい男。
「はい……どちら様……!?」
一目見たときは変わってしまった風貌で気づかなかったが、俺と遜色ない悪い目つきのこいつをすぐに思い出した。
「千田……か?」
同じ中学で一つ上の学年にいた千田……下の名前は知らない。
俺はこいつと喧嘩騒動になった過去があり、それが原因で完全に孤立する羽目になった。
「よく俺が浅野だってわかったな……」
俺の大きな特徴であった茶髪は黒く染めていて、中学の時とは俺も容姿が変わっている。
「おまえの目つきは忘れねぇよ。あと喧嘩が強いこともな」
目つきのことで、こいつにどうこう言われるのは癪に障る。
「ちょっと顔貸せよ、浅野」
「……揉め事は勘弁なんだけどな」
「安心しろよ……俺だって、もうガキじゃない」
もしも揉め事にでもなったら、店内で暴れるわけにもいかない。
「ちょっと待ってろ」
俺は何点かの商品を購入してからコンビニを出て、千田の後についていった。
千田に連れていかれたのは噴水がある広場で、そこでは小学生ぐらいの子供たちが水遊びを楽しんでいる。
さすがにこんな場所で殴り掛かってきたりはしないだろう……。
「何か飲むか?」
近くにある自販機の前で千田が、スポーツドリンクを購入している。
どうやら奢ってくれるつもりらしい。
「いや、いらない」
久しぶりに見た千田は中学時代派手に染めていた髪も荒々しかった性格も落ち着いて、一見すると真面目な青年のような雰囲気がある。
「あの……浅野。その……中学の時は悪かったよ」
意外にも千田の口から飛び出してきたのは謝罪の言葉だった。
「あれのせいで、おまえが学校で苦労したんじゃないかと思ってな」
あの喧嘩のせいで俺は完全に孤立する羽目になったのだから、間違ってはいない。
「別にもういいよ。俺もおまえを殴ったし」
しかし千田も深瀬に利用されていた節があるので、全てがこいつのせいというわけでは無いのだろうが……。
「俺のせいで深瀬にも迷惑を掛けたからな……よければ俺が謝ってたと伝えといてくれ。今でも仲良いんだろう?」
「え……あー、わかった」
絶交して今は会うこともない……なんて少し言い出しづらい。
まあ、言うつもりもないんだけど。
それからも千田は重い口を開いて、俺たちの会話は続いた。
▽▼▽▼
千田は高校には行かずに、今は大工の見習いとして働いているらしい。
あいつの性格の変化は社会に出たことで、自分を改める起爆剤となったのだろうか。
俺は千田と別れてから少し歩いて、遠藤の家の前に辿り着いたのだが……。
「ここ、か……?」
目の前の大きな門から中を覗くと綺麗に整備され広々とした庭があり、その奥には屋敷が見える。
あれが遠藤の自宅なのか……?
そのスケールの大きさに面食らいながらインターホンを鳴らすと、『お入りください』というが聞こえた。
徐にロックが解除された門を開けて庭を歩き、エントランスの前で待っていると屋敷の扉が勢いよく開いた。
「遅いぞ、浅野!」
「お、おう。悪い」
飛び出してきた遠藤はいつも俺の部屋にやってくるようなラフな格好ではなく、上品なワンピースを身に纏い大人の女性のような印象を受けた。
「汗かいてるな、早く入れよ」
「ああ。お邪魔します」
室内はとても広々としていて、何人かの家政婦が挨拶をしてくれる。
「お、おまえの家……金持ちだったのか?」
「まあ、一般的にはその部類だろうな」
父親は大企業の社長で家にはほとんど帰ってこないらしい。
夏休みの間は、茶道やピアノなど多くの習い事をさせられて忙しくしていたそうだ。
基本的には放任主義の家庭だが長期の休み期間は自由がないと、遠藤は愚痴をこぼす。
「ここが私の部屋だ」
案内された遠藤の部屋は俺の住んでいるマンション部屋よりもはるかに広い空間だ。
しかし……物凄く散らかっている。
床には漫画やラノベが散乱していて、ローテーブルの上は勉強道具やプリント類でグチャグチャになっている。
「ん?どうした?」
「いや……なんか、遠藤らしいなと思ってな」
「そうか?まあ適当に座ってくれ」
俺は促されてテーブル前にあるソファに腰かける。
部屋をノックする音が聞こえ、入室してきた家政婦がお菓子と紅茶を運んできてくれた。
「なんだ?この高そうなお菓子は……?」
「本場パリから取り寄せてるマカロンだぞ」
「マカロンか……食べたことないな」
「浅野の持ってる袋はなんだ?」
こんな立派なお菓子を出してもらっているのに、俺が持ってきたのはコンビニで購入した総額数百円のスナック菓子……。
こんな物渡したら、逆に失礼になるんじゃ……。
「えっと……おまえが好きそうな菓子を幾つか持って来たんだけど……」
「それ、ポテチか!?くれ!」
俺がポテチの袋を渡すと遠藤はさっそく開封して、それを口に運ぶ。
「しょっぱくてうめぇな!私の家には、こういうお菓子置いてないからな」
俺も出してくれたマカロンを頂くとキャラメル味の絶妙な甘さが口いっぱいに広がり、まさに美味である。
「浅野、なんで来るのが遅かったんだよ?迷ったのか?」
「偶然、千田に会って……少し話してたんだ」
「千田に……?なにか言われたのか?」
「いや、ただ謝ってきただけだ。中学時代のことを」
「そうか……」
遠藤は突然、二重リングに付けられた鍵を見せつけてくる。
「中学と言えば、これ覚えてるか?」
「おまえ、それ……屋上の鍵か!?返さなかったのか!?」
「これは合鍵だから返さなくても問題ないだろう?この鍵は私たちの原点だからな」
確かに俺たちが初めて出会ったのは、あの屋上だが。
サボり場として有名な中学の屋上の合鍵を不良たちが所持していたらしく、遠藤は先に卒業した先輩から譲り受けたらしい。
「そんな物、さっさと処分しとけよ……って、なんで隣に来るんだよ」
俺の正面に座っていた遠藤は、隣にやってきて必要以上に密着してくる。
「ほい、治療だ」
そう言って遠藤が差し出してきた手を俺はしっかりと握る。
「もうだいぶ慣れたんじゃないか?」
「ああ。おかげ様でな」
半ば強制的に継続させられている暴露治療。
その効果は実感できており、こいつと手を繋いでいる今も特に緊張はしない。
「そうだ。私も浅野に渡すものがあったんだ」
ブックカバーが掛けられた一冊の雑誌を遠藤は俺に渡してくる。
受け取ったその雑誌を開き、中を確認したのだが……。
「巨乳美少女のJK裸体写真集…………って、エロ本じゃねぇか!!」
「なんだよ?健全な男子高校生なら大好物だろうが」
「なんでおまえがこんな物持ってるんだよ!?」
俺はその雑誌を突き返したが、遠藤も負けじと押し付けてくる。
「私もこういうのが大好物だからさ。女と触れ合えない寂しい浅野にやるから一人で楽しめよ」
「いらねぇわ!この変態め!」
「この雑誌も女慣れする良い治療薬になるかもしれないだろう?」
「物は言いようだな」
遠藤がいつまでも引き下がらないので、俺は仕方なくその雑誌を受け取ることにした。
そう……仕方なく、だ。
「よーし!ゲームでもするか!」
「いつもとやること変わらないな」
「なんだ?家に呼んでもらえて、やらしいことできると思ってたのか?このスケベ」
「スケベじゃねぇわ。で?どのゲームやるんだよ?」
遠藤はいつもと変わらない様子で楽しそうにしている。
しかし、今の俺は……こいつとの距離を遠く感じた。