41話 門出
「遠藤!なんて格好をしているんだ!?」
「はあ?なにか問題ありますか?」
教育実習のためにやってきた中学校の職員室で、私に罵声を浴びせるのは数学教師で当時私たちの担任もしていた…………、あれ?……なんて名前だっけ?
「なんだ!その金色の髪は!?つけ爪は!?なぜスーツではなくて私服なんだ!?そんな姿では生徒に示しがつかないだろ!」
「別にいいでしょ、なんでも。今のご時世、働き方改革で様々な自由化が進んでいるじゃないですか」
「一般企業ではそうかもしなれいが学校は別だ!学校の校則を体現する存在が教師なんだ!おまえは昔から成績は良いのに、なぜ規律というものがわからないんだ!」
本当にどうつもこいつも喧しい……。
「おまえが教育実習にやってきて、真面目に授業をして、生徒たちとの関係も良好で、あの不良だった生徒が立派になったと思っていたのに」
中学時代からなにも変わっていないと、この教師は私に言葉を投げかける。
そんなことは自分でもわかっている。
当然だ……。
私は生まれながらに異常者だし、その事実は……変わらない。
「あーあ、なんか……だりぃな」
「なにが、だるい、だ!?もういい!やる気がないのなら帰れ!」
つい口から漏れてしまった本音が、この教師の怒りに拍車をかけてしまったらしい。
静まり返り他の教員たちもこちらに注目している中、何も言わずに私は職員室を退室した。
別に教師になんてなりたいわけじゃない。
大学で教職課程のカリキュラムを見たときに、少し思っただけだ。
教育実習に行けば、母校の中学に行ける。
そうすれば……昔の気持ちを思い出すんじゃないかって……。
春樹……浅野と一緒に過ごすようになって、穏やかになっていって……心が渇いていくこともなかった。
そんな自分が心底気に入らなかった。
こんなの……本当の私じゃない。
私という人間は、他人を見下して、薄情で、刺激を求めていて、異常者で………………独りぼっちで……一人が嫌で……寂しがりやで……。
さっき深瀬から聞いた話で私の頭の中はグチャグチャになった。
今はもう……これ以上なにも考えられない。
ただ……………浅野と……春樹と過ごしてきた記憶が、私の頭の中に自然と浮かび上がってきて……心が渇き始める。
渇き……お母様がそう言っていた言葉。
この意味を、私はもうとっくに理解している。
寂しい……。
「寂しい……。また、一人か……」
春樹と別れた私は、一人ぼっち。
「ふっ……異常者の私にはお似合いの末路だな……」
私は異常者だけど、春樹は常人だ。
私とあいつとでは、進んでいく人生の道筋そのものが違う。
『合コン?』
『ああ。水林女子大学とだってさ』
春樹が合コンに誘われたと聞いた時に、良い機会だと思った。
女嫌いを克服させて、私以外の誰かと……。
私と春樹は相容れない存在だから。
これ以上は、一緒にはいられない。
でも、そんな思惑の裏側では、ささやかな願望もあった。
合コンに行って……女嫌いが緩和されたとして……そんな中でも、私のことだけを春樹が見てくれるのなら……。
二人でこの先の人生を歩んでいく未来もあるのではないかと。
『深瀬と再会したのか?』
『ああ。おまえが行けと勧めてくれた合コンで、偶然』
運命の悪戯とは、こういうことなのだろうか?
私の勧めた合コンの席で深瀬と一緒だったらしい。
そのことを春樹は私に隠していたように感じた。
なぜそのことをすぐに私に話してくれなかったのか……。
春樹からその話を聞いた日、私は久しぶりに日記帳を広げてペンを走らせた。
その内容はいつも簡潔だ。
春樹とゲームをした。
春樹と食事をした。
春樹が……………絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。
この時に、私の心を写してくれる日記帳を見て……素直に思ったんだ。
浅野と深瀬。
仲が良かった幼馴染。
もしも二人の関係が、再び深まることがあれば……その時は……。
「やっぱり……ここは良い風が吹くな」
くだらない葛藤をくり返すのは……もう終わりにしよう。
もう……全部終わったんだから。
私はずっと一人なんだ。
今までも……これからも……。
▼▽▼▽
私たちの母校である中学校からの下校道。
とても懐かしく思う。
この通学路を通って春樹と一緒に学校に通った。
その道中にある小さな公園で、私はこれから春樹と会う。
過去の記憶というのは尊いもので……何気ない日常だった時間は、とても大切で素晴らしいものだったと感じる。
楽しかった時間……。
幸せなだった日々……。
取り消せない後悔……。
今の私は……とてもドキドキしていて、心臓の鼓動が早い。
けれど……私の頭の中はとても冷静だった。
さっき遠藤さんに会って少し話したことでスッキリしているんだと思う。
歩いて数分で公園に到着すると、もうそこには私の待ち人の姿が見えた。
「春樹、おはよう」
「おはよう、志穂」
私が声を掛けると、彼は静かに微笑んで言葉を返してくれる。
「早いね、春樹」
「ああ、志穂もな」
それはまるで、私たちが何の隔たりもなかった頃のような……。
「ごめんね、急に会いたいなんて言って……」
「いや……俺も直接話がしたかったし」
少し間を置くように、私たちは公園にある遊具や砂場を眺める。
私と春樹以外は誰もいない早朝の公園はとても静かで、肌寒い風が吹いている。
「色々と……思い出すな」
「……うん」
この公園には思い出が詰まっている。
幼い時に春樹とよく遊んだ楽しい記憶。
そして……春樹に絶交されてしまった苦い記憶も、この場所。
今、私が記憶を回想しているように、彼も同じように過去を振り返っているのだろう。
それは良いことも悪いことも……私たちの共有してきた時間だ。
「志穂、覚えてるか?俺の母さんが亡くなった時……引きこもってた俺を、おまえが外に連れ出してくれて。この公園で遊んだよな」
「そうだったね」
「砂場でデカい山を二人で作ったり」
「駄菓子屋さんで水風船を買ったりもしたよね」
「そうだそうだ。それを投げて遊んでたら、びしょ濡れになったよな」
「家に帰ったらお母さんに怒られたよね」
「ああ。怒ったおばさん怖かったよ」
少し公園の中を歩きながら、昔話に花を咲かせる。
彼と二人で並んで歩いて話をしているだけで、昨日のことのように昔を思い出す。
「本当に楽しかったよね」
「ああ。そうだな」
公園をゆっくりと一周したところで、私たちは足を止めた。
さっきまで早朝の肌寒い風が吹いていたけれど、日が差してきて暖かい気温になってきた。
「志穂……」
少し沈黙が時間が流れていた中、口を開いたのは春樹の方だった。
「俺さ……中学の時のことがあってから女が怖くなってさ」
それは間違いなく……私が原因だ。
「ごめんなさい。私のせいだよね」
「……ああ。そうだと思う」
春樹の一番近い場所にいた私が、彼を裏切ってしまったから……。
「私も……あの時以降から、男の子が怖くなったんだ」
「それは…………俺がおまえのことを怒鳴ったから……かな。わるい」
「ううん。私の場合は、身から出た錆……だから」
この場所で私の悪行が暴露されて、春樹に絶交されてしまった時。
私の心は萎縮して恐怖して……。
今となっては、遠藤さんが画策していたことを知っているけれど……。
……わかってる。
すべては……自業自得。
「私……春樹と一緒にいると気持ちが落ち着く。春樹のことは怖くない」
矛盾していると思う。
春樹の言葉で心に傷ができてしまったのなら、彼に対して恐怖心を感じるはず……。
「俺も……志穂と再会してから女に恐怖を感じることがないような気がする」
私と春樹はお互いを意識しすぎているのかな……。
「俺、思うんだ。多分……問題を先送りにしたり、無かったことにするなんて心が許してくれないんだよ。そんなことをしていたら、わだかまりは永遠に残り続ける」
春樹の言っていることは、なんとなく理解できた。
仲が良かった友達と仲違いして、疎遠になる人なんて大勢いると思う。
そのことを気にして一生を生きていく人なんて、ほとんどいないだろう。
でも、私たちは違う。
私たちは本当に仲が良かった。
私たちの関係は特別だった。
だから……本音をぶつけ合わなくちゃいけない。
男が怖い。
女が怖い。
そうすることですべてが解決するわけじゃないけど……私たちがこれから先に進むために必要なこと。
それが心の問題を……わだかまりを解消する唯一の方法だから。
「春樹」
私は春樹に向かって手を差し伸べる。
「志穂」
春樹は私の手を取って優しく握り返してくれる。
「中学時代、俺は志穂のことが好きだった」
「私も、好きだった」
「志穂が俺の悪口を言っていることを知って、ショックだった」
「ごめんなさい。愚かだった自分の行動に反省、後悔してる」
「俺も、ごめん。志穂がなんであんな行動を取っていたのか聞こうともしなかった」
私たちは、お互いに握っている手の力を強めて……心の内を確かめ合う。
「私、合コンで春樹と再会できて嬉しかった。また昔みたいに話せるようになって嬉しかった」
「俺も志穂と昔みたいな関係に戻ることができて嬉しかった。以前のように話ができるようになって楽しかった」
すらすらと本音が私たちの口から零れ落ちる。
今の私たちには遠慮も嘘もいらない。
心はとても穏やかで、今この場所には私と春樹だけの空間と時間がゆっくりと流れている。
「春樹……私は今も春樹のことが大好きだよ」
自分の気持ちを伝えることに恐怖はなかった。
「ありがとう、俺のことを昔から想ってくれて。気遣ってくれて」
嘘偽りない本音をぶつけ合えているこの状況に、臆することはなにもない。
「志穂……ごめん。俺はおまえとは付き合えない」
それでも春樹の返事を聞いた時は、心が乱れて目が潤む。
なんとなく……春樹の答えはわかってた。
彼が私ではなくて……あの人を選ぶってことを……。
遊園地で一緒に行って、昔みたいに一日楽しく遊んだ時に私にもチャンスがあると思っていたけれど……。
春樹の迷う心を私のほうに振り向かせることはできなかった。
「春樹は……遠藤さんのことが好きなの?」
「ああ、そうだ」
彼が静かに微笑みながら頷いた。
その顔はとても爽やかで、何一つ迷いの無い表情だった。
「春樹は、遠藤さんと過ごした時間が楽しかったんだね」
「その、なんていうか……あいつのこと、ほっとけないんだよな」
少し照れながらそう言う春樹を見て、私は悟ってしまった。
私が春樹と過ごしてきた10年間は、彼が遠藤さんと過ごした7年間に負けたんだ。
それと…………。
「春樹は知ってるんだね。遠藤さんの心の傷を」
彼は真剣な眼差しで再び頷く。
「春樹、ありがとう。私の気持ちを聞いてくれて」
自分の胸中を明かしてスッキリした……なんてことはない。
本当のことを言えば、私の気持ちを受け入れてほしかった。
遠藤さんのことを非難することもできた。
でも、それだと私は本当に中学時代から何も変わっていないことになる。
「志穂、ありがとう。俺の話を聞いてくれて」
中学時代の私は春樹に対して酷いことをして、後悔した。
でも、彼の立場を悪くしてしまったことや孤立する要因を作ってしまったことに対して、反省よりも後悔が先行していたんだ。
きっと遠藤さんのことを度外視しても、春樹の私への気持ちは中学時代のあの時に終わってしまっていたんだと思う。
「志穂は大阪の大学院だな。勉強大変だろうけど頑張れよ」
「うん、春樹は来年から社会人だね。寝坊とかしたらダメだよ」
力強く繋いでいた手から、お互いに力を緩めていく。
春樹のお母さんが病気で亡くなった時、引きこもっていた春樹の手を取ってよく一緒に遊びに行った。
彼の手はその時とは違って大きくて力強くて……もう私が手を引く必要なんて微塵もない。
名残惜しい気持ちを抑えながら、春樹の手を放して私と春樹は目を合わせる。
私たちは恋人にはなれなかった。
でも、紆余曲折あって幼馴染に戻ることはできた。
「じゃあ、またね。春樹」
「ああ、またな。志穂」
さようならは言わない。
また私たちは会うことがあるだろうから。
進む先は違っても、新たな門出を互いに応援して。
だって私たちは仲が良い幼馴染なんだから。
春樹はこちらに手を振って、公園を去っていく。
そんな後ろ姿を見て…………とてつもない喪失感が私を襲う。
色々な心の葛藤はあるけれど……私たちは一人前の大人になるために前に進んでいかなければならない。
でも最後に……一言だけ……。
「さようなら、私の初恋」
▽▼▽▼
志穂との話を終えて、俺は少し寄り道をしてから一度自宅マンションに帰宅した。
『私は……原点に帰る……』
聖菜の言葉を思い出す。
「原点か……」
さっきドラッグストアによって買ってきたヘアカラー剤を片手に、洗面台の前に立っている。
適用に髪を整えた後、俺は自宅を出て母校の中学校へと向かった。
聖菜が真面目に教育実習を務めているかは懐疑的だが、中学校には足を運んだはずだ。
原点……きっと聖菜はあの場所にいるにちがいない。
懐かしい母校の中学校に到着した俺だが……部外者が無断で学校に入るわけにはいかない。
そこで正門に備え付けられているインターホンを鳴らしみる。
「はい、どちら様でしょうか?」
「浅野春樹と申します。教育実習をさせていただいている遠藤聖菜の忘れ物を届けに来ました」
……と、適当な理由で学校に聖菜がいるかどうかを確認してみることにした。
「もしかして、浅野か?遠藤と同学年だった」
「はい、そうです」
インターホン越しに話をしていたのは、当時俺たちの担任をしていた橋本という数学教師だった。
かつての教え子が姿を見せたのが嬉しかったのか、正門を開けて俺を来賓室へとご丁寧に招いてくれる。
「浅野、久しぶりだな」
「あ、はい」
「遠藤に聞いたんだが、晃応大学に通ってるんだってな。立派になったじゃないか」
「ありがとうございます」
橋本の反応を見て、少し面食らってしまう。
中学時代はこの先生も俺のことを白い目で見ていた時期があったので、お褒めの言葉を貰えるなんて驚きだ。
「浅野……中学時代は、申し訳なかったな。おまえが孤立していたのは知っていたが……」
学校では日々イジメ問題や不登校の生徒たちの対応で忙しくしていると、橋本は愚痴を零す。
「浅野は孤立しながらも毎日学校に来て、今では難関大学へ通っているんだからな」
「あの……それよりも聖菜は……遠藤はいますか?弁当を届けに来たんですけど」
口実のためにわざわざ作ってきた弁当の入った袋を見せるが、橋本は怪訝な表情で口を開いた。
「ああ……遠藤なら帰らせたよ。今日は様子がおかしかったかったからな。不貞腐れた態度を取って」
「……そうですか」
「浅野……遠藤と仲良くしているみたいだが、あいつは少し変わっている。付き合う相手はしっかりと考えろよ」
少し変わっているか……。
そうやってあいつも……周囲から距離を取られていたのかな……。
昔の俺と同じで……。
「おまえの茶髪は地毛だったもんな。遠藤の派手な金髪とは違って」
「俺も今は染めてるんですよ」
「ん?なんだ?」
小声で呟いた俺の言葉を橋本は聞き取れなかったようだ。
「じゃあ……俺も帰ります」
これ以上は橋本の愚痴ばかり聞くことになりそうなので、俺は引き上げることにした。
一礼して来賓室を退室した俺は久しぶりに校内をゆっくりと歩く。
教室では授業をしている時間帯なので、生徒たちの目がつかないように懐しい校内の階段を上がっていく。
さっき橋本が言っていることがズレているわけではない。
客観的に見ても聖菜は異質だ。
だから……俺が傍にいたい。いてあげたい。
階段を数分上り終えると目的地に到着する。
辿り着いたのは屋上に続く扉の前。
そのドアノブに触れると、普段は施錠されているであろう扉が今は解放されていることがわかる。
「やっぱり開いてるか……」
重い扉を開けて屋上に足を踏み入れると、心地よい風が俺を出迎えてくれた。
▼▽▼▽
「懐かしいって……悪くない感情だな」
この屋上が私は好きだった。
この場所で浅野と……春樹と知り合って、たくさん会話をして、弁当を一緒に食べて……。
そこから今までずっと同じ時間を過ごしてきた。
「またサボりか?遠藤?」
後方から見知った声が聞こえてきて驚いた。
「春樹…………」
振り返ると浅野春樹がそこには立っていた。
徐にこちらに近づいてくる浅野は私の隣にやってくる。
「懐かしいな……この屋上。良い風が吹いてるな」
「なんで、ここにいるんだよ」
「いや、おまえがここにいると思って……。聖菜の忘れ物を届けに来たって言ったら橋本が中に入れてくれたんだよ」
「あっそ……っていうか、名前で呼ぶなって」
浅野が……春樹が……私に会いに来た……?
なんで……?
「深瀬と会ってきたんじゃないのかよ……?」
「ああ……ちゃんと俺の気持ちを伝えてきたよ」
浅野の……気持ち……。
「俺はさ、おまえのことが好きなんだよ」
その言葉に心底驚いて、浅野の顔を見た。
浅野は優しく微笑んでいて、私の顔を見つめてくる。
「は、はあ……?な、なに言ってんだよ!?私がしてきたことわかってないのか!?」
「わかってるよ、全部」
それがどうしたと言わんばかりに、こいつは表情一つ変えない。
「浅野……おまえ、ずっと前から本当の私のことを知ってたんだろう!?深瀬が言っていたぞ!私の日記帳読んでたんだろう!」
「ああ、知ってたよ。おまえが寂しがりやだってことだろう?それに、俺もマザコンだったんだよ」
言葉が出ない……。
私の日記帳を読んで感じるところは、普通そこじゃないだろう……。
「おまえと深瀬の関係を引き裂いたのは私なんだぞ!」
「おまえがなにもしなくても……当時の俺と志穂の関係は、強固なものとは呼べなかった。俺も志穂も互いの関係に甘えている子供だったんだよ」
「だ、だとしても……私がおまえに好かれる道理なんて……」
私が浅野春樹と一緒に過ごしてきたのは退屈で寂しい日常から抜け出したくて……。
「高校生活楽しかったよな。文化祭とか修学旅行とか。俺たち、中学までは友達いなかったから初めて学校行事楽しく感じたよな」
「……………」
「同じ大学に受かった時なんて、大喜びだっただろう?受験勉強も一緒に頑張ったもんな」
もう……もういいよ。
「成人式なんて誰が行くかって息巻いて、二人で朝まで酒飲んで過ごしたよな。俺ら、酒弱いのによ」
わかった……よくわかった。
「大学の講義が被った時なんて、俺たち手を繋いで教授の話聞いたりしてさ。バカップルなんて周りに言われてたよな」
痛いほど伝わってくる。
春樹が話す言葉の節々から、私と同じ気持ちが溢れ出ていることがわかる。
浅野と……春樹と過ごしてきた時間は私にとって宝だ。
その思い出に嘘はつけない。
目に熱いものが込み上げてくる。
「聖菜……泣いてるのか?」
「うっ……泣いてねぇよ」
ずっと一人だと思っていた私の心に……春樹はずっと寄り添ってくれていたんだ。
私の異常性を理解しながら……。
私の罪を知っていながら……。
「さあ、そろそろ帰るか」
「帰る……?」
「ああ。また俺の部屋でゲームでもしようか」
「春樹……本当に私なんかと一緒にいていいのかよ……?また私はおまえを裏切るかもしれないぞ」
「その心配はしていないさ」
どうして自信満々に言い切れるんだよ……。
私の心は春樹と一緒に過ごしているうちに潤いを覚えた。
渇いた心が……寂しさを思い出すのは、春樹が……いない時……。
もう……あきらめよう。
私の心にとっくに芽生えている恋心に……素直になろう。
「春樹」
「ん?」
「……おまえのことが好きだよ」
「ああ……俺もだ。おまえの体も恋しくなってきたしな」
明るく冗談を言い放つ春樹は平常通り優しく私を受け入れてくれた。
「っていうか、なんだよその髪の毛の色は?」
高校生以降、ずっと黒く染めていた髪が茶髪に戻っている。
「ああ。俺も原点回帰をしようと思ってだな」
これ以上話を聞かなくても理解できる。
どんな姿形でも私と足並みを揃えて、前に進んでいくという春樹からのメッセージ。
私と春樹は手を繋ぎ、屋上から強く吹く風に後押しされながら帰路に就く。
私という人間は一般的に見て、クズに分類される生き物だけど………こんな私の隣に並び立ってくれる人を大切にしたいと思う。
最後までお読みいただきありがとうございました。
不定期な更新の中、お読みなっていただいた読者の方々には感謝しかありません。
たくさんの感想、ブックマーク、評価、リアクション、ありがとうございます。
連載を始める前には、これだけの方に読んでいただけるとは夢にも思っていませんでした。
重ねてお礼申し上げます。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




