39話 動揺
「聖菜……その格好は……」
まるで中学時代に戻ってしまったようなその姿。
金色に染められた美しい彼女の髪が風でなびく。
「春樹くん!?どうしたんだ、こんな朝早くに?」
「あ……あの、聖菜と少し話がしたくて……」
朝早くに姿を見せた俺を見て、聖也さんは目を丸くしている。
聖菜は怪訝な表情を浮かべながら乱雑に髪を搔き分ける。
「私はおまえと話すことなんてねぇけどな」
「聖菜!春樹くんに対してなんて口の利き方をするんだ!」
「はあ?別にどうでもいいだろうが」
そう言葉を吐き捨てた聖菜は、俺のことなんて気に留める様子もなく歩を進める。
「待ちなさい!聖菜!」
父親である聖也さんの声を振り払うように、聖菜は駆け出して俺たちから距離を取るように走り去ってしまった。
そんなに俺とはもう……会話すらしたくはない、ということなのだろうか……。
「春樹くん……少し、いいかい?」
走り去った聖菜の後ろ姿を見て物思いに耽けていると、聖也さんが暗い声色で尋ねてくる。
「聖菜と……なにかあったのかな……?」
「あ……その……」
どう答えようか迷ったのだが聖也さんの悲しげな表情を見ていると…………。
「少し……喧嘩をしてしまって……。まあ、些細な事です」
俺は適当な理由で、この場を治めることにした。
これ以上、問題を大ごとにしたくはなかったし……それに…………。
「春樹くん……どうか、聖菜のことをよろしく頼む。聖菜は……君と関わるようになって大きく変わったと思う。もう……昔みたいな娘の姿を……見たくは…………」
昔の聖菜…………。
「はい……。聖菜ときちんと話をしてきます」
俺はそう答えると聖也さんに軽く頭を下げてから、聖菜の後を追いかけた。
そう……俺たちは、まだ話ができていない。
俺はあいつの本音を聞いていない。
たとえその結果……袂を分かつことになったとしても。
▼▽▼▽
「待てよ、聖菜」
走ること数分で俺は聖菜に追いついた。
俺が追ってきたことに気が付いて彼女はこちらを振り返る。
「なんだよ……?」
聖菜は俺の目を見て言葉を返してくれた。
少しは俺と話をする気になってくれたということだろうか。
「いや……この前の話の続きだけど……。聖菜……その」
聖菜の過去の行動が暴露された2日前。
俺なりに色々と考えてはみたけれど……。
「話の続き……?そんなものはない。この前話たことが全てだ。あと……気安く名前で呼ぶな。私たちは、もう他人だろうが」
聖菜は落ち着いた様子で論じる。
「私は昔から異常者なんだ。退屈だった、刺激が欲しかった。心が渇いていて仕方ない。だから……それを満たしたかった」
「それが……俺だった、のか?」
聖菜は静かに頷いた。
玩具……聖菜がそう形容していたことがどういう意味なのか……わかってる。
「だから、私は最初からおまえに恋愛感情なんて持っていない。勿論……今も」
そうなんだろうと……薄々理解していた。
「……聖菜は俺と」
「名前で呼ぶなって言っただろう!」
彼女の大きな声が早朝の住宅街に響く。
俺を突き放すように、彼女は名前で呼ばれることを嫌う。
「遠藤は……俺と……体を重ねたのも……」
「女にだって性欲はあるんだよ。ヤりたかったからヤっただけだ。体の相性も良かったしな」
俺は玩具……。ただ、遊ばれていただけなんだと……。
「でも……もうおまえはいらないんだよ、春樹。もう飽きたんだ。新しい玩具を探しに行くよ。私は……原点に帰る……。」
原点……。
その言葉が意味するところが、金髪で派手な容姿の彼女を物語っているのだろうか……。
「このあと……志穂と、会うんだ」
「あっそ……。私にはどうでもいい話だ」
そう言葉を発すると、こちらに背を向けて聖菜は歩きだす。
聖菜は俺たちの母校である中学校に向かって歩を進めている。
新しい玩具を探す……?
教育実習に行っているのは、そのためなのか……。
まだ話したいことが沢山ある。
しかし、言葉が出てこない。
俺が何を言っても、今の聖菜には聞き流されてしまいそうで……。
それに俺の心には迷いがある。
「せい……遠藤。俺は……本当におまえのことが好きだったよ」
俺のその言葉に聖菜は立ち止まり、再びこちらを振り返る。
「私も楽しかったよ。ばいばい、浅野」
静かに微笑みながら口を開いた聖菜を見て……俺の心から彼女が離れていくのをひしひしと感じた。
▽▼▽▼
「春樹……会いたい。電話じゃなくて……直接話がしたい」
「……………わかった」
さっき、私は春樹に電話をした。
春樹と直接話がしたかった。
私の気持ちはもう伝えてあるし、それは変わらない。
知りたいのは……今の彼の心の内。
「懐かしいな……」
私は今、母校の中学校の正門前に立っている。
ここに来るのは卒業式の日以来。
この中学校の校舎や体育館を見ていると、正直苦い思い出しかない。
当然だよね。
一番大事だったはずの春樹を私が傷つけてしまった場所なんだから……。
その時の記憶を昨日のことのように思い出す。
「なんでこんなところにいるんだよ……深瀬」
校舎を見上げていた私に話しかけてきたのは、春樹の彼女だった遠藤さん。
こちらに向かって歩いてくる彼女の姿を見て、私は驚いた。
金髪で派手な容姿をしている彼女は、まるで中学時代の遠藤さんを見ているようだった。
でも、今はそんなことはどうでもいい。
「あなたを待っていたの。教育実習に行くなら会えると思って」
私はこの後、春樹と会う約束をしている。
でもその前に……遠藤さんとも話がしたかった。
「まったく……どいつもこいつも暇なのか……?」
遠藤さんは露骨に苦虫をかみつぶしたような顔を見せてくる。
「さっき浅野とも会ったんだよ。それで次は深瀬か」
「春樹と会ったの……?」
「どんな話をしたか気になるか?」
「……まあ、そうだね。それより場所を変えない?ここで話してると目立つし」
「はあ?おまえと話すことなんてないけど」
時刻は7時30分。
まだ登校してくる生徒たちの姿は見えないけれど、学校の正門前にいると目立ってしまう。
「この後、浅野と会うんだろう?早く行けよ」
「春樹から聞いたの?」
私の質問に答えずに遠藤さんは学校の正門をくぐっていく。
彼女はこれ以上、私と話す気は無いらしい。
でも……。
「春樹は知ってたんだよ」
私のその言葉に彼女は足を止めた。
「中学時代の遠藤さんのことを」
そう……春樹は知っていた。
中学時代、遠藤さんが裏でなにをしていたのかを。
「はあ……?そんなわけねぇだろう……」
遠藤さんはこちらを睨みながら、言葉を返してきた。
「春樹は知ってたよ」
でも今の私は彼女に臆することはない。
「春樹ね、高校生の時に千田先輩と偶然会ったんだって。その時に先輩から遠藤さんのことを聞いたって」
「ふっ……ははっ……。深瀬、虚言はやめろよ」
「嘘なんじゃないよ」
「千田が何か話したとしても、あんな奴の言葉を普通信じるか?浅野にとって千田のイメージは最悪だろう」
「そうかもしれないね。でもね、遠藤さんは春樹と7年も一緒にいたんだよね?そんなに長い時間一緒にいたら、あなたの本心を垣間見る出来事があったんじゃないのかな?」
さっきまで私のことを睨みつけていた遠藤さんは、視線を逸らして俯いている。
その表情を伺うことはできないけれど……。
「そんな……そんなわけ…………」
彼女は明らかに動揺している。
私に過去の出来事を暴露した時も堂々としていた遠藤さんが、ここまで取り乱しているのを初めて見た。
その姿を見ていると、彼女自身にも春樹に本心を悟られていたことに思い当たる節があるのではないかと思う。
「じゃあ……なんで、浅野は……春樹は……ずっと私と一緒に、いたんだよ……?」
「そんなこと、知らないよ」
本当に私は知らない。
私だって……疑問に思ってる。
なんで……春樹は……。
「とにかく、私が言いたかったことはそれだけだから」
この事実だけは、遠藤さんに伝えたかった。
今の春樹の気持ちは正直わからない。
私の方を振り向いてほしい。
でも……彼が遠藤さんのことを切実に想っていたことも、また事実なのだろうから。
春樹のことを裏切っていた彼女にそのことを思い知らせたかった。
「なんで…………知っていて………」
まだ動揺していてその場で立ち尽くしている遠藤さんを尻目に、私は春樹と待ち合わせをしている公園へと向かった。




