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35話 遂行

「おう、来たか。浅野」

「またサボりか?遠藤」


 いつもの屋上で、いつもと同じ何気ない私と浅野だけの時間。


「相変わらず、しけた面してるなぁ。浅野は」

「お前は相変わらず元気そうだな。俺やお前みたいな奴は普通学校を憂鬱に感じるもんだろう?」

「私は学校結構好きだぞ」


 そう……私は浅野と一緒に過ごす時間が好きだ。

 退屈しない、穏やかに過ぎていく一時……。


「授業もろくに出てないやつが何言ってんだ?このヤンキーが」


 穏やか……?

 いや、違うな。

 私としたことが、何を生真面目になっているんだろうか。

 すべては、浅野が苦痛に歪むような……そんな瞬間に立ち会いたいから、こうして友人ごっこなんてしているんじゃないか。


「なんだよ。浅野も私の仲間だろう?」

「俺はヤンキーじゃねーよ」


 おまえは私の仲間……同類だよ。

 学校で孤立し、教師や同級生からは軽蔑の眼差しを向けられて……。

 私と同じ……孤独だ。


「へー。あんなに周囲から色々言われてるのにか?髪の毛だって、私に近い色してるだろう?」

「これは茶髪だし、地毛だって前から言ってるだろうが」

「目つきが悪いのは?」

「生まれつきだ」


 茶髪も悪い目つきも大したことはない。 

 そこも私と同じだ。

 私は悪魔の……お母様の娘。

 親の遺伝で決まってしまう不可抗力はあるだろうが、それがすべてではない。

 

 おまえはどこかで諦めているんだよ。

 どうせ俺なんか、ってな。

 それが孤独になる一番の要因に他ならない。


「その悪目立ちする見た目で、暴行を働いたのはマズかったな」


 千田と喧嘩騒動を起こしたことが学校中の人間に認知されて以降、浅野は本当の意味で孤立した。

 それまでは控えめながら浅野と学校で会話をしていた幼馴染の深瀬も人目があると、こいつのことを避けている。


「一応、正当防衛なんだけど……まあ、その件は反省してるよ。だから弁明しようなんて考えてはいない」


 その騒動以降、千田は学校に来なくなった。

 私に上手いこと利用されたと感づいたのか、熱心にアプローチしていた深瀬にも近づくことはなかった。

 そのまま千田は中学を卒業して、今はどこで何をしているのかも知らない。

 まあ、あいつのことなんてどうでもいい話だ。


「浅野、進路決めたか?」


 そして私たちは中学3年生になった。

 もう進路のことも考えなくてはならない頃合いだ。


「あ、ああ。その……泉道高校」

「マジ?……お前、そんなに頭良かったっけ?」

「頭は平凡だ。だから、受かるように努力してる最中だよ」

「ほー。どうせ、あの幼馴染の尻を追いかけるとか下らない理由だろう?」


 そっか、浅野……泉道高校に行くのか……。


「わ、悪いかよ。そういうお前はどこを受けるんだよ」

「今のところ、海星だな。泉道でもいいんだけど」

「さすがだな。見た目や態度とは裏腹に成績だけは一人前だな」


 私はお父様の言い付けで進路は海星高校に決められている。

 海星はお父様の母校で、そこの校長とも仲が良いようだから私を安心して任せられるとでも思っているのだろう。

 でも、そんなことに従う必要はない。

 私が浅野と同じ泉道高校に行きたいと進言すれば、お父様は渋々頷くだろう。

 それだけ今のお父様は私を恐れている。

 私がお母様みたいに、何かとんでもないことを仕出かさないよう機嫌を取るような言動が最近は目立っていた。


「浅野も海星にしろよ」


 私が海星高校に行けば浅野と別の学校になるということだ。

 それは惜しい。

 せっかく出会えた、私の欲していたかもしれない玩具と縁が切れるのは……。


「いや、現時点の俺じゃ選べる立場ではないし。それに……俺は……志穂と」


 志穂……幼馴染か。

 大好きな深瀬が陰で何をしているのかも知らずに……こいつは。


「深瀬、か。あいつ……私は嫌いだな」

「はあ?なんでだよ」


 そう、私は深瀬のことが嫌い……大嫌いだ。


「浅野はあいつと学外では仲良いんだろう?でも、学校では話すらしてねーだろ?」

「それは……志穂にも付き合いがあるし。俺なんかと話してたら……そりゃ、な」


 なんで、あんな奴を庇うように言うんだよ?

 深瀬がおまえの陰口を言いふらしていることは知らないとしても、学校で避けられている時点で線引きされてるのがわからないのかよ?


「私ならそんな奴、願い下げだな。浅野との関係より他の付き合いの方が100倍大事ってことじゃねぇか」

「そんなことは……ないと思うが……」

 

 最近、浅野と一緒にいる時は心穏やかなのだが……。


 …………って、なんだよ私?

 なにをイライラしているんだよ?


(まあ…………なんでもいいや)


 張ってきた伏線は身を結び、そろそろ計画も最終段階。

 待ちに待った瞬間が訪れるのは、もう近い。


 そう思うと私は何もかも忘れて、心躍らせていた。


 ▽▼▽▼


「志穂のことを悪く言うな!おまえが志穂の何を知ってるんだよ?俺はあいつと小さい頃から一緒だったんだぞ」


 浅野は珍しく私に対して大きな声を上げた。 

 深瀬のことを悪く言う私をこいつは睨みつけてくる。


「悪い。怒鳴って……」

「やっぱり浅野は良い奴だよ」


 本当に良い奴だよ、おまえは。

 人を疑うことをしない。

 だから幼馴染のことも、目の前の私のことも、何一つ本当のことが見えていない。


「ちょっと来い」

「おい、なんだよ?」


 私は浅野の手を引いて、体育館に向かい歩き出す。

 今、体育館を使っている深瀬たちバスケ部が休憩中であることは辰巳からの連絡で把握していた。


『いつも通りに立ち回れ。その後、外に出ろ』


 そんなメッセージを少し前に辰巳に送ったところで下準備は完了していた。


「ここで待つ」

「え?なんでだよ?まだ志穂は部活中だから、ここにいても意味ないぞ」


 体育館前に到着した私たちはそこから聞こえてくるバスケ部員の話に聞き耳を立てる。

 果たして思惑通り上手くことが運ぶだろうか?

 夢にまで見た瞬間……浅野と深瀬の絆が、関係が、崩れ去るかもしれないと思うと早く気持ちを抑えきれずに心臓が高鳴る。


「おい遠藤。いつまで、ここで待てばいいんだよ」

「……さあな」


 しかし、私はポーカーフェイスを貫く。

 ここで表情に出してしまったら、計画に支障がでてしまうかもしれない。


「ねえ、さっきの話って本当?」

「うん、本当に迷惑してるんだから」

「はは、ウケる!」

「それでも幼馴染なんでしょ?浅野とは」

「まあ……昔は仲良かったけど……」


 きた……きたぞ。

 深瀬の弱い心が生み出す汚い暴言が、私の隣に立つ浅野の表情を歪ませる。


「でも、見ての通り……あんな見た目だし……ね」

「そうだよね。なんか去年、上級生に暴力振るったんだっけ?」

「本当にそうだよ。最低だよ……あいつ」


 深瀬の『最低』という言葉を聞いて、あきらかに浅野の顔色が悪くなる。


「昔から乱暴でさ。最近まで私が家を訪ねてあげないと、朝も自分で起きられないんだよ」

「だっさ!不良って、家ではお子ちゃまなのかな!?っていうか志穂。あいつの家にわざわざ起こしに行っていたの?」

「そ、それは結構前の話で……今は近寄りたくもないよ」


 辰巳がその話に拍車をかける。

 メラメラと燃え上がった炎の勢いが止まらないように、周囲の馬鹿どもが場を盛り上げる。


「浅野……大丈夫か?」


 私の言葉を耳に届いていないのか、目の前の現実に混乱を隠せない様子で浅野は目を見開いている。


「浅野、私と同じ高校を受けるって言っててさ」

「え―?高校までついてくるとか浅野って絶対に志穂に下心あるよ。そのうち、襲われちゃったりして」

「やめてよ……そ、そんな言い方……。浅野が私を襲うなんて……気持ち悪い!」


 トドメの一撃だった。

 浅野は汗をびっしょりとかいていて、足がぶるぶると震えている。

 対する私も期待以上の成果に、全身が震えそうになっていた。


「ねえ自販機に行かない?」

「私も喉乾いた」


 私の指示通り、辰巳は部員たちを外に連れ出すように立ち回った。

 バスケ部の馬鹿どもが体育館の扉を開けると、すぐ傍に立っている私たちと対面する。

 その中には勿論、深瀬の姿も確認できた。


「は……はる、き……なんで……ここに……」


 浅野の姿を視界に捉えた深瀬は驚いているのか、立ち尽くして固まっている。

 私の隣にいる浅野の方は……もうその表情からは生気を感じられない。


「浅野……帰ろう」


 私はそんな浅野の手を引いて、この場を後にする。


「待って!春樹!」


 後方から深瀬が大声で何か叫んでいるが、今の私には余裕がなかった。

 そのまま私たちは速足で学校を出た。

 あとから深瀬が追ってくるに違いない。


 さっきの浅野の顔……。

 深瀬の言葉が耳に入るたびに、顔色が変わっていく浅野の表情が、心の葛藤が、震える体が……最高に面白かった。


 感無量ってやつだな。

 もう大変だった……吹き出しそうになる笑いを堪えることが。


「浅野、大丈夫か?おい!」

「あ?……ああ」


 中学から帰宅途中にある小さな公園のベンチに腰を下ろして、茫然としている浅野に声を掛ける。

 冷たくなった浅野の手を、私はずっと握り続けていた。


「知ってたのか?志穂が……俺のことを、あんなふうに……」

「ああ。知ってた」


 こうなることは必然だったんだ。

 浅野に深瀬はふさわしくない。


「これでわかっただろう?あの女は、浅野とは相容れない」

「そんなことは……いや……そうだな」


 大きくい息を吐いてから浅野は言葉を続ける。


「志穂のことはもういい。……どうでもいい」


 そんなセリフを吐いてはいるが、眉間にしわを寄せているその表情からは虚しさが見てとれる。


「あの……遠藤」

「なんだ?」

「そろそろ手を放してくれないか?」

「浅野の手、すげぇ冷たくなってるからな。温めてやってるんだよ」


 この手を私は離さない。

 もう浅野にとって深瀬は大きな存在ではなくなる。

 深瀬なんかよりも………もっと私の方が……浅野にとって……。


「春樹!」


 私たちしかいない静かな公園に、汗をかきながら必死で走ってやってきた深瀬の声が響き渡った。


 ▼▽▼▽


 目の前に現れた深瀬は謝罪の言葉を口にして、まだ迷いがある浅野に許しを請う真似をする。

 浅野はお人好しだ。

 ここで復縁するならするで、どんな茶番を見せてくれるのか楽しみでもあったが……ここまできたら私は見てみたかった。

 こいつの本当の感情と叫びを。


「こいつは千田に媚を売ってたんだ」


 すかさず私は言葉を発した。


「志穂が……あんな不良に、媚を……どうして?」

「浅野を嵌はめる為だよ」


 私が計画的に行ったことなので、当然すべてを掌握しているのは私自身だ。

 しかし、今は私が客観的な立場で見聞きしたことから深瀬の悪事を暴いていく。

 深瀬が浅野の悪口を言い続けていたことは誤魔化しようがない事実なので、私の話の方が信ぴょう性があるように感じてしまうだろう。


「おまえ、千田にデートしてやるって言ったらしいな。急にその話を無かったことにして千田の怒りを買って……それを浅野に助けてもらったんだろう?」

「ち、違う!デートしたいって向こうが言ってきて!それで!」

「千田に媚を売っていたことは否定しないのか?」

「そ、それは……」


 千田の機嫌を取るように辰巳を介して指示を出したのは私だ。

 まさか、ここまで私の手のひらで豪快に踊ってくれるとは思っていなかったので驚きだ。


「まあいいよ。今から千田を呼び出してやる。私、地元が同じだから連絡先知ってるし」

「や、やめてよ!!」


 そうだよな。ここで千田までやってきたらまずいよな?

 媚びを売っていたのは事実なんだから、言い訳もできないだろう。


「志穂……そうなのか?」

「ち、違う。私は、ただ……春樹を、誰にも取られたくなくて……それで……。春樹……悪口言っていたこと、ごめん。ごめんなさい」


 心臓が大きくドキドキと動き出す。

 深々と頭を下げて涙を流しながら誤っている深瀬の姿も……大変魅力的だ。

 でも……私が待っていたのは、深瀬なんかじゃない。

 さあ、浅野。おまえはどう答える?

 どんな言葉を大好きな幼馴染に掛ける?


「目つき悪くて、茶髪で……こんな見た目で悪かったな」

「え……?はる、き?」


 呼吸が荒くなる。

 手や足が震える。


「暴力振るうような人間で……最低で悪かったな」

「ち、違う…違うよ、春樹」


 興奮する。

 笑いが込み上げる。


「気持ち悪くて悪かったな!!」

「ご、ごめ……ん。ごめん」


 今まさに、長い歳月の果てに繋がっていた二人の関係が壊れた。

 私が……私が、ぶち壊した。

 激怒する浅野と後悔に嘆く深瀬の姿を……完走した終着点を見て、私は絶頂したんだ。


「さようなら、深瀬」


 最後にそう言い残し、浅野は深瀬に背を向けて歩き出す。

 深瀬はショックのあまり腰が抜けたのか、立ち上がることができない。


「待って!お願い!春樹!!」


 大声で泣きじゃくりながら地面に這いつくばっている深瀬の姿は本当に滑稽だ。


 そのまま公園を出て10分ほど歩いただろうか。

 その間、浅野は一言も口を開かなかった。


「浅野、着いたぞ」

「あ……ああ」


 浅野の家の前まで到着して声を掛けると、やっとこちらを見て口を開いた。


「遠藤、今日はありがとう」

「怒涛の一日だったな」

「……ああ」


 本当に最高な一日だった。

 まだ体が小刻みに震えている。

 高揚感が抜けない。


「はあ……、これで一人、か」


 浅野のその言葉を聞いた時だった。

 なぜだかわからない。

 でも少し……私の心の奥底が、本当に少しだけズキズキと疼いたような気がした。


「何言ってんだよ、おまえには私がいるだろう?お互い、寂しい者同士だろう?」


 浅野の力ない背中を強く叩いてそう言葉を掛けると、こいつは静かに笑って答えた。


「そうだな、俺は一人じゃない。おまえがいるもんな」


 こうして私は浅野春樹という……探し求めていた玩具を手に入れたんだ。

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― 新着の感想 ―
なんとなく、遠藤は幼馴染寝取られ系作品を嬉々として読んでいる読者を物語に投影した立ち位置のように感じました。
続きは気になるけど、大して楽しみじゃない。まぁそういう意味ではオリジナリティある作品なんですかね…
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