34話 激動
「もしかして、志穂ってさ……浅野のこと好きなんじゃない?」
「え!?な、なんで……そんなこと……」
「だって、浅野と毎日一緒に登校して来てるじゃん。いくら幼馴染でも距離が近いんじゃない?」
「そ、それは昔からの習慣って言うか……」
辰巳には浅野のことを気があるような立ち振る舞いの指示を出した。
「本当に……?じゃあさ、私が浅野にアプローチしてもいい?」
辰巳の言葉に一瞬だけ深瀬の表情が曇る。
大事な幼馴染の浅野が誰かに取られてしまうかもしれない。
そんな一抹の不安が深瀬の脳裏によぎっているのだろう。
大丈夫だぞ……深瀬。
浅野がおまえの傍から離れていくのは、誰かが奪っていくわけではない。
おまえの汚い言動に失望して、浅野自身がおまえから離れていくんだ。
私が人や状況を操作しているのは事実だが、おまえの弱い心が招いた言動もまた事実なんだ。
元凶は、まごうことなくおまえ自身だ。
だから、そうなることは必然。
おまえは浅野と幼馴染以上の関係になることを望んでいるんじゃないのか?
汚い独占欲を発揮するよりも自分に素直になる方が良いと思うぞ……なんて、アドバイスを送ってやりたいぐらい今のおまえは見ていて滑稽だ。
でもな、深瀬……終わるんだよ。
おまえたちの関係が……長い時間を掛けて構築してきた関係が崩れ去っていくんだ。
そしてその現実は、遠くない日にやってくる。
幼馴染という関係が終わる日が。
▼▽▼▽
辰巳から深瀬の動向についての情報を報告させて、私はゆっくりと時間をかけて様子を伺っていた。
「おい深瀬。ちょっと付き合えって」
「あ、あの……休日は勉強があって……部活もあるし……」
「そう言うなって。楽しませてやるからさ」
今、千田が深瀬にナンパまがいに声を掛けている。
深瀬は千田に対して嫌悪感を感じているように見えるが、はっきりとそのことを口にすることはできないようだ。
嫌なら嫌と言えばいいものを。
「行け、辰巳」
物陰に隠れて私と一緒に深瀬と千田の話を聞いていた辰巳にそう命令すると、渋々頷きながら歩を進めた。
「ちょっと、千田先輩ですよね?うちのバスケ部員が嫌がってるんでやめてください」
「なんだよ?少し話してただけだろうが。じゃあな深瀬、どこ行くか考えとけよ」
辰巳が庇ってくれていると思っているのか、深瀬は安堵の表情を浮かべているが……。
「志穂、大丈夫?」
深瀬は浅野の信用を裏切った行動をとっている。
そしてまた、友達だと思っている辰巳も私に脅されて深瀬を裏切っているんだ。
「あ、うん。ありがとう」
本当に笑える。
私から見ればこいつらは友達でもなんでもない。
まあ、そう言うのは酷な話なのかもな。
損得勘定で人付き合いするのは当然なんだから……。
「ああいう素行が悪そうな人って、女を舐めてるから言っても聞かないよね。誰か信頼できる人に注意してもらった方がいいかもね。浅野とかいいんじゃない?あの不良にも負けない見た目してるし」
「春樹は、不良じゃないよ」
「でも、乱暴な人だって前に志穂言ってたじゃない?」
「あ……うん。美和は、その……春樹のことが気になるの?」
「え……あー、……うん……そうかも、ね」
さあ、どうでる深瀬?
「は、春樹には、あんまり関わらない方がいいよ。あいつ喧嘩っ早いし……それに、わがままで」
「それ本当?普通嫌いな人の悪口言うときって、怒りながらとか笑いながら言うと思うけど……なんか焦ってる?」
「そ、そんなことないよ。本当にだらしない奴だよ。浅野って」
「そっか。浅野ってそんな奴なんだ……」
何度見ても面白いな。
大事な幼馴染に邪魔な虫がつかないように手段を択ばないこいつは本当にガキだ。
「さっきの不良の先輩だけど、逆もありなんじゃないかな?」
「え……逆って……?」
「適当に煽てておいたら機嫌が良くなるんじゃなかってこと」
これも私が辰巳に指示を出したことだ。
はっきりと断ることができない深瀬の性格に付け込んで千田をその気にさせると……また面白いドラマが見れるかもしれない。
「おーい辰巳。ちょっと」
「あ、田宮先生が呼んでるから行くね。また部活で」
偶然通りかかった新米体育教師の田宮。
こいつは辰巳とキスをしていた怪しからん大人だ。
まあ、あのキスは辰巳から仕掛けたものだったんだけど。
田宮が辰巳を呼び出してその場を離れてしまったので、今日の偵察はここまでにするか……。
いや、ここは大胆に動いてみようか。
「おい、楽しそうだな」
物陰に隠れて話を聞いていた私は一人になった深瀬に徐に近づいた。
「え、遠藤……さん」
「楽しそうな話してるな。深瀬」
「私のこと、知ってるの……?」
「ああ。美人でバスケ部のエースで勉強もできて、クラスの人気者……って聞いてるぞ。乱暴でだらしない浅野にな」
さっき深瀬が口にしていた浅野の悪口を、私が聞いていたことをわからせるように言葉を引用した。
目を見開いて顔色はたちまち青ざめていく深瀬は、立ち去ろうとする私を慌てて引き留めてきた。
「ま、待って!遠藤さん!」
「なんだよ?」
「その……さっきの話……春樹には」
「言わねぇよ……。せっかく浅野と楽しく過ごしてる時に、おまえの話なんてしたくねぇよ」
そう……私から直接浅野に伝えるようなことはしない。
もっと面白い方法で、おまえたちの心を抉るような……そんな一幕を私は期待しているんだから。
▽▼▽▼
数日後、事態は面白い展開を見せた。
辰巳の言葉を真に受けた深瀬は千田の機嫌を取るような行動をとり始めたらしい。
気を良くした千田は深瀬にしつこくアプローチを掛けてデートを申し込んだところ、それを承諾したという話だ。
「なあ、遠藤。デートってどうすれば良いんだ?」
「そんなの知るか。適当に飯でも食いに行けばいいだろうが」
深瀬との距離が縮まったと思っているのか上機嫌な千田は何か進展があるたびに私に報告してくる。
私としても情報は欲しいので、こいつの長々とした話をいつも聞いているのだが……正直疲れる。
こいつの話は、単調で同じような話ばかりだからな。
こんなつまらない話に付き合っている暇があったら浅野と世間話をしている方がずっと有意義だ。
「そ、それでさ……中学生って、あれ買えるのか?」
「はあ?なにが?」
「ゴムだよ、ゴム。ほら、コンビニとかで売ってるだろう」
わかっていたことだが、こいつ……深瀬とヤるつもり満々だな。
まあ、そうやって私も嗾けたのだが……。
この年頃の男は皆こんな感じなのだろうか?
「知るかよ、そんなに欲しいならやるよ」
私は財布に入れていたコンドームを千田に向かって放り投げた。
それをキャッチした千田は目を丸くしている。
「な、なんでおまえがこんな物持ってるんだ?」
「なんでもいいだろうが。もう話が終わったなら、さっさと私の前から消えろ」
私が睨みつけると千田は速足で立ち去って行った。
今、千田に渡した避妊具は出て行ったお母様の部屋に大量に残されていた物である。
もう2年ほど前の物になるのだが……避妊具って使用期限ってあるのか?
まあ、いいか。
断れない性格でメンタルが豆腐な深瀬だったとしても、さすがに千田と行為に及ぶことないだろう。
仮に千田が自棄を起こして深瀬をレイプして孕んだとしても、私には関係ない。
……待てよ?
それはそれで面白いな。
大好きな幼馴染が悪行名高い不良に犯されて妊娠となれば浅野は絶叫するんじゃないか?
「あー、想像が膨らむなぁ」
鼻歌を歌いながら気が熟するのを、私は静かに待つだけだ。
▼▽▼▽
そしてさらに数日が経ったこの日、私は初めてバスケ部顧問で体育教師の田宮に近づいた。
場所は昼休みの屋上。
辰巳とのことについて大事な話があると伝えると、血相を変えて私の前までやってきた。
「遠藤……その、写真を消してくれないか?」
「はあ?嫌ですけど?」
私が田宮に見せつけている写真。
それは勿論、この屋上から撮影した田宮と辰巳のキスシーンの画像だ。
「この写真が公になったら困りますよね、先生?」
田宮は奥歯を強く嚙んで何かしらの感情を抑えているように見える。
「遠藤、悪いのは俺なんだ。俺はどうなってもいいが……その写真が公になれば、辰巳に迷惑が掛かってしまう。だから…………」
「ふっ、笑わせるなよ。だったら学校の管理職にでも正直に話をして、辰巳は悪くないというふうに話を持っていけばいいだろう?私に写真を撮られて脅されたって進言するのも一つだろう?」
どいつもこいつも奇麗事ばかりだ。
「おまえだって自分が可愛いんだろう?教師ともあろう者が聞いて呆れる」
田宮は自分の名誉に傷がつくことを恐れているんだ。
口では辰巳を守りたいと言っていても、自分のことも同じように大切なんだ。
自身の保身のため……。
結局教師だってこの程度の人間なんだ。
教壇に立って偉そうに人生を説いている時だってある立場の者が……情けない。
「俺はな、遠藤……おまえのことも、傷つけたくないんだ」
「はあ?意味わかんねぇな」
「おまえはもっと自分を大切にしなくちゃいけない!だから、こんなことは止めるんだ!」
「黙れ……。それ以上喋るな」
殺気を込めて、私は田宮を睨みつけた。
ここで大きく息を吐く。
私としたことが……少し感情的になってしまったな。
「おい田宮。あそこを見てみろよ」
私は屋上からある場所を指差す。
そこは普段人けがまったくといってない体育館裏だ。
しかし、今はその場所に二人の生徒の姿が見える。
「あれは……深瀬と、千田か」
どうやら田宮はあの二人のことを一目見て誰かわかったようだ。
まあ、当然だな。
深瀬はバスケ部だし、千田は不良の問題児で有名だしな。
昨日、深瀬が辰巳に相談を持ち掛けたらしい。
その内容は千田のデートを承諾してしまったが、やっぱり行きたくないということだった。
辰巳は私の指示で体育館裏で話をすることと、浅野にも相談した方がいいことを深瀬に吹き込んだ。
浅野のことだから深瀬が困っていると聞いたのなら姿を見せるだろう。
(これで役者は揃うかな?)
『ふざけんなよ!そんなことで俺を呼びだしたのか!?』
『い、痛い!』
深瀬が話を切り出したのか、千田が大きな声で激怒しているのが屋上にも聞こえてくる。
「あーあ、先生。あの二人、なにか揉めてますよ?」
「千田のやつ、なにしてるんだ!?」
千田が鬼の形相で深瀬に迫っている様子を見て、田宮はすぐに屋上から走り去った。
『おい!やめろ!』
そんな中、颯爽と現れて仲裁に入ったのは他でもない浅野だった。
(浅野……)
私の描いている物語の主人公が姿を見せたことで心臓が大きく高鳴る。
『え!?い、いや!!』
『はあ!やっぱり良い胸してるじゃねぇか!』
浅野に構わず、深瀬に胸を鷲掴みにしている千田を見て呆れてしまう。
(あいつ……相当性欲溜まってんだな)
『千田!志穂を放せ!』
『うるせぇな!さっきから!』
千田は浅野に向かって拳を振るった。
しかし、浅野はその攻撃に臆することなくカウンターで千田の顔面を捉えて一撃で決着がついた。
「ぷはっ、ははっ!!浅野つえぇな!千田、気絶してるんじゃねぇか?」
屋上から見えるリアルタイムのドラマに私は笑いが止まらない。
『こらー!!何してるんだ、おまえら!!』
ここでさっき屋上から駆け足で体育館裏に向かった田宮が大声を上げて現場に到着した。
『深瀬大丈夫か?おまえら……千田に浅野だな!ちょっと指導室まで来い!』
「はははっ!浅野と千田、連行されて行くよ。この後どうなるんだ、これ?」
後日、浅野と千田が喧嘩騒動を起こしたという話が学校中に広まった。
浅野の立場は以前よりもずっと悪いものとなり、学校に居場所なんて当然ありはしなかった。
深瀬は自分が原因でこの事態を招いてしまったと悔いているだろう。
それでも深瀬は自身の独占欲のために、愚かな過ちを繰り返し続ける。
「浅野春樹……おまえは深瀬の物なんかじゃない。おまえは、私の玩具になるんだ。そして……」
さあ、そろそろ仕上げ……最終幕だ。