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33話 種まき

「本当に仲が良いんだな。浅野と深瀬は」

「ああ、昔からどこ行くのも一緒でさ。まあ、俺はあいつと釣り合ってないんだけどな……」


 浅野は少し俯きながら、そう言った。

 

「釣り合ってないってどういうことだ?」

「あいつは頭が良いし、友達が多くてクラスでも人気者。部活でも大活躍して学校からも期待されている。そんな優等生な志穂と俺は……不釣り合いだろう?」


 その表情は少し寂しそうにも見える。


「……そうか」


 私は浅野の言葉を肯定も否定もしない。

 この二人が釣り合っているかどうかは関係ない。

 学校ではそれぞれ立場が違っても、浅野と深瀬はそれなりの絆で結ばれているのだろう。

 その絆が、どれほどのものなのだろうか……?


「それでも、俺はさ……あいつと一緒にいるのが好きなんだよな」


 静かに微笑む浅野の顔が……私には眩しい……。


「あっそ。私には、よくわからないな」


 これはゲームだ。

 浅野と深瀬の関係にヒビを入れて傷口を作り、そこから肥大化していく事態を、こいつら絆がどのような変貌をみせてくれるのか。


「遠藤。おまえにも好きな奴ができれば理解できるさ」

「…………そうかな」


 好きな奴?

 恋愛なんて微塵も興味がない。

 私が見たいのは阿鼻叫喚だ。

 渇いた心を満たしてくれる存在……玩具。


「そうさ。好きな奴といるだけで……世界が色づいて見える」

「世界が……色づいて……見えるか……」


 退屈じゃない……ってことか?

 毎日が充実している……ってことか?


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 私は自分のために……満たされるために、ただ行動する。

 ……それだけだ。


「そうか。好きな奴がいるって……素敵なことなんだな」

「ああ。おまえも、素敵な異性と巡り合えることを願ってるよ」


 笑える……。

 なにを偉そうに呑気なこと言ってんだ?


「素敵な異性……」


 周囲から壁を作られて学校に居場所が無いおまえの唯一の心の拠り所。

 深瀬志穂……幼馴染。

 好きな異性。


「恋人ってやつか……。それは楽しみだな」


 本当に楽しみだよ、浅野。

 おまえに希望の光を与えてくれている幼馴染が、もしもおまえの期待を、信用を、裏切ることがあったら?

 おまえはどうする?

 どんな言葉を掛ける?

 どんな表情をする?


 見せてくれよ、浅野。

 おまえの本当の心の叫びを。


 ▽▼▽▼


 体育館に風を通すために窓や扉は全開放されていて、部活で汗を流している生徒たちの声が外までよく聞こえてくる。

 勿論、休憩中にガールズトークを繰り広げている馬鹿どもの雑音も。


「ねえ、浅野ってさ。カッコよくない?」

「それ思った。他の男子ってバカな事してる奴多いけど……浅野は物静かだよね」

「目つきは怖いけど顔は良いよね。一度話したことあるけど優しかったし」


 若い人間ほど流行に敏感だ。

 一定数の評価や意見が伴えば、あたかもそれが確固たる真実と思い込む。


「ちょっと今度、声掛けてみようかな。彼女とかいないよね」


 まったく馬鹿な奴らだ。

 中学生とはいえ……もっと自分の意見を持って行動できる奴はいないものなのだろうか。


「ねえ、志穂は浅野と仲良いよね?今度紹介してくれない?」

「あ……春樹って、女の子苦手みたいだから……その」

「そんなこと言わないで、紹介してよ」


 中学生にもなると男女ともに性に目覚る年頃で、恋愛への関心が高まるということに直結する。

 そして、それは……汚い独占欲をもたらすには、十分なファクターだ。


「その実は……春樹って、暴力的って言うか……乱暴って言うか……」


(あーあ、浅野。所詮(しょせん)は……現実こんなもんだぞ)


 体育館の扉の傍で身を隠しながら、深瀬たちバスケ部員の話を立ち聞きしていた私は静かにその場を後にした。


 ▼▽▼▽


「もういいでしょ!遠藤さん!」

「なにをそんなに怒ってるんだよ、辰巳?」


 ある日の放課後。

 いつもの屋上にいるのだが、私の目の前で気性を荒げているのはバスケ部キャプテンの辰巳美和。


「なにって、なんで志穂の前で浅野の話題を振らないといけないのよ!?」

「少し落ち着けよ、辰巳」


 私はそう言いながら、自身のスマホ画面を辰巳に見せつける。

 それを見た辰巳はさっきまでの勢いが嘘のように静かになり、顔が少しずつ青ざめていく。


「それにしても、辰巳もヤる女なんだな。大胆な行動は嫌いじゃないぞ」


 私のスマホに映し出されているのは、一枚の写真。


「これが(おおやけ)になったら誰が困るのかな?」


 それは少し前に私がこの屋上から撮影したもの。

 目の前にいる辰巳と新米体育教師のキスシーンを捉えた決定的瞬間。


「や、やめてよ!!」


 辰巳は大きな声で叫ぶ。


「やめて……。それだけは……お願い……」


 全身を震わせながら、涙を堪えながら懇願してくる。


「どうしようかなぁ?」


 ああ……楽しい。

 人間の焦ってる顔ってなんて魅力的なんだろうか。

 しかも、その実権を私が握っている。

 私が今の状況を掌握している。


 相手の悲痛な想いをひしひしと感じとれる。

 興奮する。

 ゲーム的な感覚で物事を進めていき攻略する。

 気持ちいい。


「本当にやめて……。私はどうなってもいいけど……先生に迷惑が掛かるのは……いや、なの」


 このキスシーンの写真を見ても、どっちから事に及んだのかはわからない。

 当然大人であるこの体育教師へ反感の矛先が向き、著しく立場が悪化するだろう。

 勿論、社会的な立場も。


「そうだよな、大好きな先生に迷惑かけたくないよな」


 私はあえて辰巳を嘲笑うように笑みを作って、言葉を発した。

 辰巳の作った握りこぶしが、小刻みに震えている。

 相当怒りが込み上げてきていることが見て取れる。


「なにを……なにを、すればいいの……」

「わかってるじゃんか、辰巳」


 私に脅されて怒りに身を任せたりパニックになって親に助けを求めたりしないこいつは、ある意味立派に感じる。

 まあ、すべては場所もわきまえずに馬鹿な行動に走ったこいつが発端なのだが。


 だからかな?

 一つの疑問が生じるんだ。


「なあ、辰巳……好きってなんだ?」

「え…………な、なによ、急に……」

「おまえは今だって、好きな教師のために苦渋を飲んでる。なんで、そこまでできる?」


 そう……単純に気になった。

 人との出会いなんて環境が変われば、見方も変わる。

 仮にその『好き』の気持ちが本物だったとしても、将来的に未来永劫続くものとは限らない。

 だから、付き合うとか、好きとか、恋人とか……くだらないと思う。

 それなら断然……玩具のほうがいい。

 退屈しない……私の衝動を発散させてくれる玩具が……私は欲しい。


「そんなの……好きだからに、決まってるでじゃない」

「はっ、答えになってねぇな」


 私の好奇心が一気に失せた。

 好きだというくせに、当人ですらその感情を具体的に言語化できないなんて……。

 まあ、女にだって性欲はある。

 発情期か?

 性欲に踊らされているだけだろう。

 本当にくだらない。


「おまえはこれからも深瀬に浅野の話を適当に振ればいいんだよ」

「だから……なんでそんなことをしなくちゃいけないの!?」


 この女が強く反発してくるものだから、先ほどから苛立っていた私は鋭く辰巳を睨みつけた。

 私のその視線に臆するように、辰巳を身をすくめる。


「そうだ、深瀬は浅野のことを悪く言っていただろう?それに便乗しろ」

「ど、どういうこと?」


 私は辰巳の胸ぐらを力強く掴んで言葉を続けた。


「深瀬が浅野の悪口を言っているなら一緒になって場を盛り上げろって言ってるんだよ」


 相乗効果だ。

 ただでさえ評判の悪い浅野の悪口を幼馴染の深瀬が言って、辰巳がスピーカーになって……さらに周囲の馬鹿どもが乗ってきたら……。


「これから部活だろう?早く行け」


 胸ぐらを掴んでいた手を放した直後、辰巳の肩を押してこの場を去るように促す。

 静かに頷いた辰巳は、速足で屋上の扉を開けて去っていった。


 これぐらいの圧はかけておかないとな。

 辰巳もあの新米体育教師……田宮だっけ?

 あの二人の命運は、私の気分次第で決まってしまうんだから。


 ▽▼▽▼


「勘弁してくれよ、遠藤。俺は正直……おまえとは関わりたくなんだよ」

「はあ?千田、おまえ立場わかってないだろう?」


 ここは私の屋敷の近所にある地元の広場。

 そこに千田を呼び出したのだが、こいつは私の顔を見るとビクビクして怯えている。

 こいつは私の本当の性格を少し悟っている節があるのだが、女の私にこんなに逃げ腰になっている。

 まったく情けない奴だ。

 

「おまえ、最近後輩の女子生徒に声を掛けてまわってるらしいな」

「え……なんでそのことを知ってるんだ?」

「おまえは学内で悪い意味で有名だからな。すぐに噂になるんだよ」


 千田は後輩の多くの女子生徒にナンパまがいなことをしているらしい。

 

「それで良い女はいたのか?」

「あ、ああ。まあ……」


 こいつのことだから適当に話が合う奴がいれば、そのまま大人の階段でものぼろうとしているのだろう。

 恐らく同学年の女子生徒に声を掛けないのは、もうこいつとまともに話してくれる奴がいないのが原因だ。

 それだけ千田の悪行というものは、我が校では有名である。


「深瀬っているだろう?バスケ部の」

「有名だしな。美人で成績も優秀だとか」

「声は掛けたのか?」

「ああ。だが、あまり話は弾まなかったな」


(おまえと話が弾む奴なんてそうそういないだろうが)


 しかし、千田の様子からも深瀬に対してそれなりに好意を抱いているように見えた。


「千田、ヤりたいのか?」

「え!?ま、まさか、おまえと俺が!?」

「そんなわけねぇだろうが。深瀬とヤりたいかって聞いてるんだよ」

「そりゃあ、深瀬は顔を良いし……って、なんでそんなこと聞くんだよ?」

「おまえの童貞卒業のためにアドバイスしてやろうって思ってるだけだ」


 私がそう言うと千田は一瞬怪訝は表情を浮かべだが、それも束の間で『どうすればいい?』と尋ねてくる。


「深瀬みたいな奴は押しに弱いんだよ。多少強引にでもアプローチしろ」

「し、しかしなぁ……」


 ここで渋りだす千田は私のことを警戒しているんだろう。

 こいつはバカな男だが、過去に何度も私に痛い思いをさせられているのでそれなりに学習しているのかもしれない。

 このままだと話が進まないので、私は昔の話を蒸し返す。

 千田が小学生の時に小火騒ぎを起こしたことや万引きをしていたことなど……。

 どれもこれも今となっては物的証拠は無いのだが千田は脅す材料としては十分だった。


「わ、わかったよ。深瀬に近づけばいいだろう?」

「ああ。それができれば、もうおまえの過去の悪行は露呈されない」


 こいつは高校には進学せずに就職するという話らしいので、できるだけ風評被害は避けたいところなのだろう。

 千田も漲る性欲を発散させたいと考えているのか、意外と私の話に前向きだ。


 千田と別れた私は屋敷に帰って、お父様と鉢合わせることがないように部屋に閉じこもる。

 そして、いつものように日記帳を広げて今日の出来事と自身の気持ちを綴っていく。


 正直、深瀬に千田を接触させても状況がどう変化するか不明だ。

 しかし、辰巳が浅野を持ち上げる話をするようになった途端、浅野の陰口を言い始めた深瀬のメンタルは豆腐だ。

 面白い方向に展開することが期待はできる。 


 勿論すべてが思い描いた通り進むわけではない。

 たくさん色々な種をまいて、どれか一つが花開けば良い。


「ふふっ……さあ、心躍るような綺麗な花を見せてくれよ」


 今後の動向が楽しみだ。


 『浅野春樹、退屈じゃない瞬間を一緒に感じよう。』


 そう書き終えると日記帳を閉じて私はペンを置いた。


 

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