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32話 計略

「遠藤、なんで屋上が開いてるんだ?」

「合鍵があるんだよ。不良の間で使い回されていて…………」


 浅野春樹……話してみると、まあ普通だ。

 普通じゃない……異常な私に、こいつは普通に話しかけてくる。


「で?浅野は何で屋上なんかに来たんだよ?鍵が開いてること知らなかったんだろう?」

「まあ……なんというか………。一人になれる場所を探していたっていうか」


 それを聞いた時、私の心が少し震えた。

 今まで、他人の感情を……特に悲しみや苦悶の表情を見るのが、私の心を揺らしてくれるファクターだった。

 でも、どうして……浅野の言葉を聞いただけで心が揺らいだのだろうか……?


「そうか……」

「俺ってさ……。こんな見た目だろう?だから昔から周囲と壁があってさ」


 こいつは周囲と壁があるように感じて生きてきたと語った。

 私は周囲とズレがあるように感じて生きていた。

 私たちは少し……似てる……のか?


「要するに、寂しい奴だんだな。浅野は」

「おまえだってそうだろう?遠藤」

「ふっ、そうかもな」


 なんだろう……この感じ……。

 さっきまで心が渇いていたのに……

 今はこいつと話しているだけで、満たされているような。


「本当……退屈だよな」


 浅野がそう呟いた。

 その瞬間、私の心臓は大きく高鳴った。

 こいつは……浅野は、私と同類なのかもしれないと……。

 気持ちを共感できる相手かもしれないと……。

 それと同時に……。


「そうだな、退屈だよな」


 私の探し求めていた、玩具になり得る存在だと……強く思った。


 ▼▽▼▽


「はぁ……だりぃな……」

「なに言ってるんだよ、遠藤。おまえは別に参加しないんだろう?」


 今日はクラス対抗で行われる球技大会という、くだらない催しの日。

 学校には毎日登校している私だが、こんなどうでも良い行事には勿論参加しない。


「なあ、浅野も出番無いんだろう?」

「ああ。なぜだかチーム分けの時にメンバーに入れられてなかった。まあ、チームプレイなんて俺には向かないし、気にしていないが」


 まったく同意見だ。

 つくづく浅野とは気が合うというか、親近感がある。

 まあ、浅野は私みたいに異常性を兼ね備えているみたいではなさそうだが。


 今は体育館で女子チームがバスケの試合を行っていて、大いに盛り上がりを見せている。


「なあ浅野、一緒に屋上でサボろうぜ。こんな所にいても仕方ないだろう」

「あ、いや……俺は……ここで試合を見てるよ」


 そういう浅野は体育館の隅で腰を下ろしていて、真剣に試合を見つめている。


「なんだよ、つれねぇな。浅野、バスケ好きなのか?」

「そういうわけじゃない……」


 私たちは初めて屋上で出会いって以来、よく話すようになった。

 私は時間を気にせずに屋上にいるが、浅野は休み時間のタイミングにしか姿を見せない。

 こいつは私と違って、授業を真面目に受けているらしい。

 まったく、律儀な奴だ。


 まだ知り合って間もないが、こいつが真面目な人間という事はよくわかった。

 今回の球技大会も、浅野なりに頑張って参加しているんだろう。

 周囲にハブられても……。

 周囲から壁を作られても……。


 ここまでは浅野のことを理解できた。

 でも……わからない。

 なぜ、そんなに……頑張るのか?


 社会なら金を稼ぐために多少無理をして、周囲の人間や環境に溶け込む必要があるだろう。

 しかし、こんなくだらない学校なんかで頑張る必要があるのか?


(今だって、そんな真剣な眼差しで試合を見つめて…………)


 ここで私はある事に気が付いた。

 浅野は漠然と目の前のバスケの試合を見ていたわけじゃない。

 今、ゼッケンをつけて試合に参加していて、俊敏な動きで誰よりも目立っている一人の女子生徒……。

 そいつに浅野の目は奪われていたんだ。


(なんだよ……あの女……。誰だよ……)


 私も浅野につられて、その女に注目する。


「深瀬、凄いよな。さすがはバスケ部」

「ああ。しかも可愛いし、頭も良いし」


 少し離れたところで、数人で固まって試合を見ている男子たちの会話が聞こえてくる。


「深瀬……」


 どうやら、その目立っている女の名前は深瀬というらしい。


「志穂、ナイス!」

「さすがバスケ部エース!」


 そいつはとても生き生きとプレイしていて、周囲からもチヤホヤされている。

 こいつを取り巻く人間関係の構築は、カースト上位と呼ばれるものなのだろう。


 私とは……私と浅野とは……正反対の人種だ。

 だからこそ……少し気に入らない。


「浅野……。なに羨ましそうに見てるんだよ?」


 浅野は私と同じだ。

 あの深瀬とかいう奴みたいに周囲から信頼されて期待されて、友達が大勢いて輝いている存在ではない。

 私は深瀬を見ても羨ましいなんて思わない。

 でも……なんで……。

 浅野はそんな幸せそうな顔で深瀬のことを見ているんだよ……?


「別に羨ましいわけじゃない。ただ俺は……あいつが楽しそうにしているのを見るのが好きなだけだ」

「……あいつって、深瀬って奴のことか?」

「ああ」

「なんで……深瀬にそんなに入れ込んでいるんだよ?」

「俺たち、幼馴染なんだよ。これでも昔から仲が良いんだぞ」


 穏やかな笑顔でそう呟いた浅野を見て……私の胸がざわついた。


 ▽▼▽▼


 球技大会が終わり、下校時刻になったが私はまだ帰らない。

 今日はお父様が早く帰宅するらしく、今帰ると鉢合わせてしまう可能性があるからだ。

 顔を合わせるとまた面倒なお叱りを受けるかもしれないので、私は屋上で時間を潰す。

 まあ、結局いつ帰っても怒鳴られるのであまり意味がないのかもしれないが……。

 私はこの屋上がやっぱり好きなんだ。

 一人になれる場所。

 でも最近は、浅野と二人きりでいることも多い場所。


「ねえ、今日部活休みでラッキーだよね」

「うん、どこで遊ぶ?」


 屋上からは色々な場所が筒抜けで、下校する生徒の姿がよく見える。

 ここにいると、本当に色々な事がわかる。

 声がよく通って、視界も良好。

 大声で会話をしている生徒たちの声が、よく聞こえてくる。

 

「あーあ、楽しそうだな。たかが部活が休みになったぐらいで」


 球技大会が行われた今日は、全ての部活動が休みで大勢の生徒が帰宅していく。

 少し視点を変えて、何気なく裏門の方を見てみる。

 裏門では教職員が出入りする姿をよく目撃するが、そこから帰っていく生徒はほとんど見ない。

 しかし、そこで佇んでいる一人の男子生徒を私は発見した。


「浅野……」


 全身に力が入った。

 地面に置いていた鞄を急いで拾い上げて、屋上の出入り口に向かって歩を進める。

 しかし……私はすぐに、その足を止めた。


「春樹、お待たせ!」

「おい志穂、大声を出すな!クラスの奴らに見られないように、わざわざ裏門から帰るのによ」


 今日の球技大会で大活躍していた深瀬が速足で浅野のところに駆け寄っていく。


「春樹……。志穂……。幼馴染……」


 私の胸が……また、ざわつく。

 浅野と深瀬が仲良くしていて……羨ましがっているわけではない。

 ましてや……嫉妬なんかでは決してない。


 仲睦まじい二人の様子を見て……浅野の幸せそうな笑顔を見て……私の背筋はゾクゾクと殺気立つ。


 見てみたい……。

 浅野の笑顔が消え失せて、絶望に打ちひしがれる様を。

 見てみたい……。

 あの二人の関係が……幼馴染という長い時間を掛けて構築してきた関係が、崩れ去っていく様を。


「はあ……はあ……浅野……。やっぱり、おまえは楽しませてくれるよ……。想像するだけで……この高揚感」


 そんなことを妄想するだけで、息が乱れる。興奮する。


 これはゲームだ。

 私がいつも熱中している家庭用ゲームと同じだ。

 最終的に全てを掌握して、私の思い描く、想像する未来を……望む結果を手繰り寄せる。


「あー……楽しくなってきた」


 どうやって、あの微笑ましい関係にヒビを入れてやろうか?

 どうやって、浅野の心を震え上がらせてやろうか?


 広い屋上を一人で淡々と徘徊しながら、想像を膨らませる。


「辰巳!わかってくれ!」


 多くの生徒が下校して空が少し暗くなってきた時、男のそんな声が私の耳に入ってきた。


「ん?なんだ?」


 屋上から声がした方を覗き込む。

 そこは体育館裏で、一人の男性教師と女子生徒の何やら揉めている姿を私の視界が捉えた。


「先生!声が大きいですよ!」


 女子生徒が男性教師の口を押えて、周囲を警戒している。

 

 男性教師も女子生徒も、名前は知らない。

 しかし、この二人には見覚えがあった。


 男性教師は今日の球技大会で試合を取り仕切っていた体育教師だ。

 女子生徒の方も球技大会で、深瀬と一緒にバスケをプレイしている姿を目撃していた。

 動きが素人のそれではなかったので、恐らくバスケ部員だろう。


 二人で何か会話をしている様子が見えるが、小声で話していて内容まではわからない。

 だが……これは……


「ふふっ……面白くなりそうだ」


 二人の親密に見えるやり取りの目の当たりにして、私はスマホのカメラアプリを起動させる。

 次の瞬間、女子生徒が男性教師の不意を衝いて動き出し、二人の唇が重なり合う。


「ははっ……私、将来は週刊誌の記者にでもなろうかな」


 想像が膨らむ。

 中学生の弱い未熟な心が、どんなドラマを生み出すのか。


「上手く踊らせてやるよ……馬鹿ども」


 私はすかさず、カメラアプリのシャッターを切った。

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― 新着の感想 ―
なるほどなぁ。 伏線があからさま過ぎず、おやって思う程度だから気付かんかった。
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