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28話 告白

「志穂、待ったか?」

「ううん、私も今来たところ」

 

 時刻は13時。

 俺は志穂に言われた通り、昔よく一緒に来た遊園地の出入り口前にやってきた。


「急にごめんさない。呼び出したりして」

「あ、いや……俺も今日は予定がなかったし」


 俺がそう言うと、志穂を静かに微笑んだ。


「私の格好って、どう?」

「どうって……いつも通りじゃないか……?」


 志穂は昔から変わらないお淑やかな服装で、顔も恐らくほぼスッピンでいつも通りだ。

 志穂がしっかりと化粧をしてお洒落な服装を身に纏っている姿を目撃したのは、再会した合コンの時ぐらいだ。


「実は今日、お化粧して来ようか迷ったんだ。でも……せっかくの春樹と二人で会うんだから、着飾った姿じゃなくて本当の私を見てもらおうと思って」

「本当の私……?」

「うん。昔にみたいに……本当に仲が良かった時みたいに。せっかくのデートだしね」

「え、デート!?」

「そうだよ。ほら、行こう」


 満面の笑みの志穂に手を引かれて、俺たちは久しぶりに懐かしの遊園地へ入場した。


 ▽▼▽▼


「志穂、いつから絶叫系の乗り物に強くなったんだよ。昔は嫌がってたなじゃないか」

「そうだね。なぜか大人になってから乗ってみると楽しく感じて」


 様々なアトラクションを堪能した俺たちは次にお化け屋敷に向かった。

 薄暗いお化け屋敷に入場すると、かつての記憶が蘇ってくる。

 記憶にある昔のお化け屋敷とは異なる内装になっているようだが、懐かしさが込み上げてくる。


「おい志穂、あんまり引っ付くなよ」

「いいじゃない。怖いんだし」


 そういえば昔もこうやって俺の背中に縋り付いてきたものだった。

 しかし、今の志穂は怖いというより、この状況を楽しんでいるように見える。


「おまえ、本当に怖いのか?」

「少し怖いよ。それ以上に楽しいけど」


 お化け屋敷といえば……高校の文化祭の出し物でやったな。

 その時も志穂が俺のクラスのお化け屋敷にやってきて……。


「合コンで俺たち再会したけど……志穂は白木とそれ以前に何か接点だあったのか?」

「ううん。白木くんとは中学以来会ってなかったよ。というか、中学時代に彼と会話をした記憶もないんだけど」


 白木はたしかあの時……文化祭の時、なんて言ってたっけ……?


「志穂、高1の時に俺の通う高校の文化祭に来ただろう?それって……」

「ん?なに?」

「あ、いや……何でもない」


 ここで俺は思い留まった。

 これ以上は、聞かない方がいいような気がした。 

 いや、俺は現実から目を背けてるだけなのかもしれない。

 それでも……。


「なんか、イマイチだったな。お化け屋敷」

「うん。最初の方は怖かったけど……」


 そのお化け屋敷は子供向けのアトラクションということで、あまり仰天するような場面もなかった。

 その後も俺たちは遊園地内にあるカフェでコーヒーを飲んだり、マジックショーなんて催しもあったので見物したり……本当に昔に戻ったように穏やかな時間が過ぎていった。


「この観覧車もよく乗ったよな……」

「うん。楽しい時間ってあっという間だね」


 時刻は17時を過ぎて、もう夕方だ。


 この遊園地に来た際には、必ず最後にこの観覧車に俺たちは乗る。

 観覧車の頂上からは綺麗な夕日が見えて、その景色は今も昔も変わらない。


(変わらないな、ここから見る景色は……。でも、俺たちの関係は……)


 俺と志穂の関係は変わってしまった。


 仲が良かった。

 特別だった。


 だけど、中学の時に…………。

 いや……やめよう。

 もう、昔のことだ。


 そうやって、俺はいつものように自分に言い聞かせる。


 そう……昔のことだ。

 それに今は、こうやって志穂との関係も改善することができている。


「なあ、志穂。今日はどうしたんだ?」


 今日の志穂はどこか変だ。

 いつもより積極的というか、遠慮がない。

 志穂はかつて俺にしてしまった行いを気にしていて……合コンで再会してから昨日までは、ずっと控えめな印象だった。


「どうもしないよ。春樹と一緒にいたかっただけ。これが本当の私だよ」


 そうだ……。

 別に変じゃない。

 まるで昔みたいな……。

 これが本当の志穂なんだ。

 明るくて活発で、日陰にいる俺を日当たりが良い場所に連れて行ってくれるような……そんな存在だった。


「そろそろ帰るか」

「そうだね……」


 観覧車を降りた俺たちは、そのまま遊園地を出て帰路に就く。


「懐かしかったね。また……来たいね」

「……そうだな」


 懐かしい場所、楽しかった時間……その昔の記憶の中では、俺の隣に志穂がいて……。


 電車に乗って数十分で地元の最寄り駅までたどり着く。

 その間、俺たちは特に会話をすることはなかった。


 スマホを見ると数分前に聖菜からメッセージが届いていたことに気が付いた。


『今日の実習が終わったから、今から春樹の部屋に行ってもいいか?』


 という内容に俺は……。


『今、外出していて一旦実家に帰るから、マンションには合鍵で入ってくれ』


 とメッセージを返した。


 別に実家に帰るわけではないが、これから志穂を自宅まで送るので同じようなものだろう。


 電車を降りると夕日が沈みかけていて、少しずつ空が暗くなっている。


「ねえ春樹。ちょっと寄って行こうか」


 隣を歩く志穂がそう言って、指を差していたのは俺たちの実家から近場にある小さな公園。

 幼少期、一緒によく遊んだ場所。

 中学時代、俺たちの関係が一度終わってしまった場所。


 志穂は俺の返事を待たずに公園の方に歩を進めていく。

 俺も速足で志穂の後をついていった。


 ▼▽▼▽


「今日はありがとう、春樹。昔に戻ったみたいで本当に楽しかった。春樹はどうだった?」

「あ、ああ。俺も……楽しかったよ」


 俺と志穂は公園にあるベンチに腰を下ろした。

 今、この公園は俺たち以外誰もいない。


「ねえ……春樹」


 志穂はそこで何かを言いかけたが……そこから言葉を続けずに沈黙の時間が流れる。

 こんな場所にやってきて俺に何か言いたい事でもあるのだろうか?

 俺は声を掛けることなく、志穂の言葉を待つ。


「春樹……今日さ。本当に楽しかった。昔に戻ったみたいに……。昔って楽しかったよね」

「ああ……どこ行くのも一緒だったよな」


 今みたいに、勉強だの、就職だの、将来だの……考える必要もなくて、ただ毎日が楽しかった日々。

 その日々を……その時間を……俺と志穂は一緒に過ごしてきたんだ。


「もう一度……一緒に時間を共有しない……?」

「また、今日みたいに遊ぼうってことか?」

「ううん、私たち大人でしょ。この歳になって、男女の友情で満足できると思う?」


 志穂はベンチから立ち上がり、俺の正面に移動しながらそう言葉を発した。

 俺は志穂の顔を見ることができず動揺して俯いた。


「私ね、昔……春樹のことが好きだったんだ」


 それは昨日、志穂自身の口から聞いて知っている。

 俺を誰かに取られたくなくて、愚行に走ってしまったという事も……。


「春樹は私のことを、昔どう思ってくれていた?ただの友達、幼馴染だった?」

「それは……」


 俺は少し躊躇ったが……。


「……好きだったよ。志穂のことが……好きだった」


 正直に答えることにした。


 今している志穂との会話は、とても大事なことのような気がして……自分の感情を偽ってはいけない。

 そんなふうに思った。


「うれしい……。私たち相思相愛だったんだね」

「あ、……ああ……そうだな」


 志穂は静かに微笑んでいて……俺はその笑顔を見るだけで……苦しい。


「ねえ、春樹。遠藤さんと一緒にいて楽しい?」

「え……」


 突然の志穂の質問に俺は困惑した。

 俺の動揺を、目の前の志穂はきっと気づいている。


「あ、ああ……楽しいよ」


 俺は聖菜と過ごす時間が好きだ。

 聖菜と過ごしてきた時間は俺にとってかけがえのないものだ。

 だけど…………。


「そっか。でも……それだけ?」


 さっきまで微笑んでいた志穂の顔が真剣な表情に変わっていた。


「春樹は、今の私のことをどう思ってる?」


 志穂の質問は続く。


「俺は……おまえのことを……」

「私はね……」


 俺が言葉を発する前に、志穂は自分の意見を主張しようと口を開いた。


「私は、今も春樹のことが好きだよ」


 …………聞きたくなかった。


「昔も今も、春樹のことが好きです」


 ………俺は卑怯な奴だった。


「春樹は、本当に遠藤さんのことが好き?」


 現実から目を背けたかった。

 俺は……卑怯で、根性なしで……。

 だから、何としても……今を守りたかった。


「俺は………俺は………」


 志穂の告白を受けて、俺は明らかに揺れていた。

 さっき遊園地で一緒に過ごした時間が、かつてこの公園で一緒に遊んだ時間が…………志穂と共有していた膨大な時間が、俺の頭の中を駆け巡る。


 それでも……それでも俺は……。


「ごめん。俺は、聖菜のことが…………好きなんだ」


 俺の返答に、志穂を目を大きく見開いた後……俯いた。

 下の向いている志穂の表情を伺うことができない。

 でも……彼女の目から涙が流れて、それが地面に落ちていくのが見える。


「志穂……本当にごめん。俺は……おまえの気持ちに応えることは……」

「嘘つき……」


 震える志穂の声が聞こえた。

 そして次の瞬間、志穂は俺に力一杯抱き着いてきて。


「お、おい、志穂なにして」

「好きだよ、春樹」


 俺の唇に柔らかい感触が伝わってくる。

 志穂の柔らかい唇の感触と、いい匂いが、伝わってくる。


 俺は驚きのあまり、体がフリーズしてしまう。

 数秒続いた志穂の優しい口づけ。

 それを終えた志穂は、再び俺の体に力強くしがみついてくる。


「春樹……あのね。私………」


 志穂の温もりを感じて……気持ちを知って………。


 俺は密着してくる志穂の体を、優しく抱きしめた。


「なに、してるの……?」


 後方から声がした。

 その声はよく知った声で……俺はそれが誰なのか、すぐにわかった。


「せ、聖菜……」


 振り返るとスーツ姿の聖菜が近くに立っていて……その表情は険しい。


「春樹……深瀬と、なにしてんの……?」

「聖菜……なんで、ここに……?」

「メッセージで、春樹が実家に帰るって書いてたから……迎えにいこうと思って、ここを通ったんだ」

「そ、そうか……」


 聖菜の姿を目撃した志穂は、俺の体から離れて成り行きを見守っている。


「それよりも私の質問に答えて……。深瀬と何してるんだよ?さっき深瀬と何をしていた?」

「そ、それは……」


 俺と志穂のキスを見られてたのか……?

 何とか誤魔化そうと思考を巡らせるが……。


「キスしてた。私と春樹はキスしたんだ」


 志穂が聖菜に向かって嘘偽りない事実を突きつけた。


「なんで……?春樹……?」

「春樹は悪くないよ。私からしたんだ。でも……春樹は受け入れてくれたよ。キスを拒絶することなく私に委ねてくれた」


 志穂の猛追は止まらない。

 たしかに俺は志穂のキスを拒絶しなかった。

 不意打ちだったため、キス自体は避けられなかったが強引にやめさせることもできたはずだ。

 しかし、俺は……そうしなかった。


「聖菜……ごめん」

「なにが……ごめん、なんだよ……?」

「聖菜、その俺は……」


 俺は聖菜のことが好きなんだ……なんて、この状況で言っても何の説得力も無い。


「春樹……なんで、深瀬と合コンで再会したことを私に隠してた?」

「それは……」

「なんで今日、深瀬と一緒にいることをメッセージで教えてくれなかった?」

「聖菜……」

「なんで、深瀬のキスを拒まなかったんだ?」

「……………」


 返す言葉も無かった。

 俺は……目の前の、自分の彼女が悲しそうな顔をしているのに……掛ける言葉が無かった。


「もういい!!」


 沈黙している俺を見て、聖菜は公園を出て駆け出した。


 聖菜は悲しんでいるのか、怒っているのか、俺には……わからなかった。

 それでも……俺は……。


「聖菜!」


 俺は彼女の名を呼んですぐに追いかけることを決める。


「待って!春樹!」


 しかし、そんな俺の手を取って動きを制止させてきたのは、志穂だった。


「春樹……行かないで……」

「志穂……ごめん」


 俺は志穂の手を振り払って、聖菜の後を追いかけた。


「春樹…………大丈夫だよ」


 俺が公園から去ろうとした時、志穂の呟く声が聞こえた。

 それがどういう意味か……この時の俺は深く考えている余裕は無かった。


 ▽▼▽▼


「はぁ、はぁ……。久しぶりに、こんなに走ったなぁ」


 さっき私は、春樹と深瀬がキスをしている場面を目撃した。

 そして、春樹から逃げるように走って、今は薄暗い夜道で一人佇んでいる。


「あーあ、なに……あれ?」


 さっき見た春樹と深瀬のキス。

 そして二人の抱擁が脳裏に焼き付いて離れない。


「幼馴染……か」


 私には幼馴染なんていないから、それがどういうものなのか正直わからない。


「女性恐怖症?男性恐怖症?ただ臆病なだけだろうが……。くだらない」


 私の体は震えていた。

 こんな状態は生まれて初めて……。


「また春樹に抱いてもらえばいい……。あ、そうか……。あの二人、よりを戻すのか?復縁ってやつ?私、捨てられる?ははっ………共依存か?」


 さらに体が、心が、震える。


「あーあ、渇いてる……。春樹……渇いてるよ」


 私は力の抜けた体に鞭を打って、夜道を一人歩き出した。

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― 新着の感想 ―
 何しとん。
これは春樹がゲスでしょう。二兎を追うものは一兎をも得ずになってほしいです。 人として終わっているし、極論かもしれませんが、春樹は生きているだけ悪かもしれません。自分がやられて傷ついたことを、自分を支え…
これは100%春樹が悪いね。 二人きりで出かけるのも……。 さすがに遠藤ちゃんがかわいそ
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