27話 決意
春樹の自宅にメロンを届けた翌日。
「おはようございます」
「あ、深瀬さん。おはようございます。今日も来てくれてありがとう」
今日はフリースクールでのボランティア活動の日
私がやってくると、職員の方が笑顔で挨拶をしてくれる。
ここに勤めている人は、とても朗らかで見ていて気持ちがいい。
スクールに通う子供たちは心に影を落としている生徒も多いけれど、それを払拭させてくれるように明るい。
実際、控えめだった子供たちもこのスクールに来てからは、ポジティブに頑張っている生徒も多いらしい。
「そうそう、前回来ていなかった先生を紹介しますね。その人は前職で公立の教師をなさっていた人なんですよ。スポーツが得意で子供たちからも慕われています」
「そうなんですか」
そんな会話をしながら職員の方の後をついていき、あまり広くはないけど綺麗に整備されているスクール内にある中庭へ移動した。
そこにはバスケットゴールがあって、何人かの子供たちを高身長な大人の男性が相手をしている。
「スポーツはいいですね。医学的にも脳内のセロトニンが分泌されて、心身共に良い影響があるそうです」
私がそう言うと、職員の方は笑顔で頷いてくれる。
「おはようございます。ボランティアの方ですか?」
今さっきまで、子供たちとバスケをしていたその男性がこちらに近づいてきて挨拶をしてくれる。
「はい、先週からボランティア活動をさせていただいている深瀬志穂です。よろしくお願いします」
(やっぱり男の人と対面しても緊張しない。男性恐怖症が治まっているのかな)
私は頭を下げてその男性に挨拶をしたけれど……その人は無反応で言葉が返ってこない。
というより……私の顔を見て、何か狼狽えている……?
(この人、どこかで見たことあるような……)
「あの、どうかされましたか?」
私の隣にいる職員の方も、首を傾げながら男性に言葉を掛ける。
「すみません、少し彼女と二人で話をさせていただけませんか?昔の……教え子なんです」
その男性は職員の方にそう言って私の方を見つめながら、さらに言葉を続けた。
「久しぶりだな……。深瀬」
その瞬間、私は目の前のこの人が誰なのかを理解した。
「田宮……先生」
その人は、中学時代に私の所属するバスケ部の顧問をしていた……田宮先生だった。
▽▼▽▼
「今週中には決めないとな……」
俺は少し悩んでいた。
就職活動は順調で、すでに内々定を2つ貰っている。
2社ともに今住んでいるマンションから電車で通うことができる場所で、福利厚生はしっかりしていて収入も悪くない。
「大阪、か……」
この会社以外にも、俺にはいくつかの選択肢がある。
それは父さんの勤めている大阪の会社を受ける事と、聖菜の父である聖也さんの会社への入社である。
いずれも断りを入れたのだが、今月中なら話を通すことができるらしいのでよく考えてくれと、父さんにも聖也さんにもそれぞれ言われている。
「志穂は……大阪の大学院か……」
昨日、志穂がメロンを持ってきてくれて……聖菜と三人で話が弾んで、楽しかった。
いや……きっと違うな。
昔を……思い出したんだ。
志穂と……昔みたいな関係に戻れたことが、俺は……嬉しいんだ。
「揺れてるのか……?俺……」
昨日、志穂は俺に全てを話してくれた。
謝ってくれた。
でも、俺はそのことが……たまらなく苦しかった。
「聖菜……今頃、頑張ってるかな……」
聖菜は今日も教育実習のため母校の中学校へ赴いている。
「中学時代……か」
もう、昔のことだ……。
最近、こうやって自分に言い聞かせることが多い気がする。
多分それは、志穂と合コンで再会してから……。
「ん?電話か……」
俺のスマホが振動して、電話の着信を知らせる。
画面に表示されている名前は『深瀬志穂』。
「もしもし……志穂か?」
志穂から電話とは珍しい。
連絡先を交換してから志穂とやり取りをしたのは、昨日のメロンの件だけだ。
「もしもし……春樹?急に電話を掛けてごめんね」
志穂の声はいつもよりも落ち着いている……というより堂々としている、そんな気がした。
「突然で申し訳ないんだけど……今から会えないかな?」
「え、今から?何かあったのか?」
「ううん、何もないよ。ただ私が春樹に会いたいだけ」
俺に会いたい……?
志穂の言葉の真意がよくわからなかった。
それでも……俺は……。
「わかった。どこに行けばいい?」
俺は志穂の誘いを断らなかった。
▼▽▼▽
「俺はもう……お前の先生じゃない。でも、これだけは言わせてくれ……」
中学時代、私が所属していたバスケ部顧問だった田宮先生。
先生は私が中学三年生の時に、突然学校を辞めた。
たしか、一身上の都合での退職だったと記憶している。
先生は何度も何度も私に…………。
そして最後に……。
「田宮先生、私……悩んでいて……」
「深瀬、未来なんて誰にもわからない。だから、今を後悔しないように頑張れ」
最後に……先生は私にそんな言葉を掛けてくれた。
先生との話し合いを終えた私は……その日のボランティア活動を休ませてもらった。
正直、子供たちに勉強を教えるような精神状態ではなかったし、これからどうするか考えをまとめたかった。
自宅に帰宅して、一息ついた私は春樹に電話を掛けた。
彼はすぐに電話に出てくれて、『今からい会いたい』という私の我儘を聞いてくれた。
「わかった。どこに行けばいい?」
いや、春樹は私の誘いを断らない。
この時の私は……そう確信していた。
「子供の時に……よく一緒に行った遊園地、覚えてる?」
私の家族と春樹の家族で一緒によく遊びに出かけた遊園地。
電車に乗れば一時間も掛からずに辿り着くことができる。
子供の時に『大きくなったら二人で行こうね』、なんて約束もした。
春樹は……覚えてくれてるかな?
「ああ……勿論覚えてるよ」
「私たち……もう子供じゃないよね?約束も覚えてくれてる?」
「ああ……覚えてる」
「じゃあ、そこで待ってるね」
私は一方的に待ち合わせ場所と時間を指定した。
昨日までの私ならこんな大胆な行動はできなかった。
断られたらどうしよう?
春樹には彼女がいるから過度なアプローチはよくない。
…………なんて考えが頭に浮かんでいただろう。
でも……もう私は迷わない。
『本音でぶつかればいいだけだろう』
千田先輩の言葉と。
『今を後悔しないように頑張れ』
田宮先生の言葉が……私に一歩踏み出す勇気をくれた。
私は春樹を傷つけた。
私は最低の人間だ。
それでも……私は春樹に想いを伝える。
たとえそれが原因で何かを失っても、困難が待っていたとしても、やっぱり私は……春樹のことが大好きだから。