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26話 友好

「うわっ、メロン汁が服に着いた。……まあいいか」

「あ、バカ!果汁はシミになりやすいんだぞ。早く拭けよ」


 遠藤さんは衣服に果汁がついても気にせずにメロンを頬張っているが、見兼ねた春樹が彼女のことを注意する。


「深瀬、そこのティッシュ取って」

「あ、うん」


 さっきこの春樹の自宅にやってきた遠藤さんは、私のことを睨むように鋭い視線を向けてきたけれど……今は全くそれを感じない。

 私がここにやってきた理由を説明すると、遠藤さんは目を輝かせながらメロンが食べたいと言い出して、今に至る。


「それにしても美味いなぁ、メロンって。深瀬は毎年親戚からメロン貰ってるのか?」

「う、うん。親戚にメロン農家の人がいて、いつもこの時期に送ってきてくれるんだ」

「へー、それは羨ましい話だな」


 遠藤さんから見て、私は最低の印象で気嫌いされても仕方がないはずなのに……驚くほど普通に接してくれる。


「そういえば春樹に聞いたけど、深瀬も合コンに行ったんだろう?やっぱり彼氏が欲しいのか?」

「え!?あ、ううん!彼氏なんて、別に考えてなくて!」


 私は春樹の表情を横目で少し確認しながら、否定した。


「じゃあ、なんで合コンなんかに行ったんだ?」

「友達に誘われて……」


 友人の梓に誘われて合コンに行ったのは事実だけど、その本当の目的は男の子に慣れるためだった。

 でも、そんな理由を話したら、私が男性に強い関心があったみたいな誤解を招かれないだろうか?


「実は私……高校生ぐらいの時から、男の子が怖くて……」


 正直に全てを話すことにした。

 適当な理由で流すこともできただろうけど……春樹にこのことを聞いてほしかった。

 どんなことでも、今の私のことを春樹に知ってほしかった。

 二人は静かに私の話に耳を傾けてくれた。


「深瀬は男性恐怖症になっていて、それを克服するために合コンに参加したのか。奇遇だな、春樹」

「あ、ああ。そうだな」


 奇遇?……そのことを聞き返そうとした刹那、口を開いたのは春樹だった。


「実は俺も……志穂と同じような症状があってな……」


 春樹が女性恐怖症だという事とその経緯をここで初めて聞いた。

 彼も私と同じ理由で異性の免疫をつけるために合コンに参加したという事だった。


「その春樹の症状って……私が原因なんじゃ……?」


『気持ち悪い!』


 私が言ってしまったその言葉が春樹の心に大きな傷を作ってしまって、その症状に至ってしまったのではないだろうか?


「まあ、多分そうだろうな。深瀬の言葉が春樹を傷つけたのは事実だし。トラウマってやつだな」


 遠藤さんは、メロンを食べながら容赦の無い言葉を発する。

 いや、彼女はただ冷静に状況を分析しただけに過ぎない。


「それを言ったら、俺だって志穂を突き放す言葉を怒鳴りながら言ってしまったし……」

「そ、それは、私の自業自得だから……」


 春樹の言葉が原因で私の症状が生まれたのかは定かではないけれど……恐らく、それが原因だと……私も春樹も直観でわかってしまった。

 でも、私の場合は身から出た錆であることは言うまでもない。


「じゃあさ、二人で手でも繋いでみたらどうだ?」

「はあ?何言ってるんだよ、聖菜」


 遠藤さんが解決策を思いついたと、そんなことを言い出したので私も春樹も目を丸くした。


「春樹は女に慣れる、深瀬は男に慣れる。利害の一致だろう?」

「いや、何もそんなことしなくても」


 春樹は怪訝な表情をしていたけれど遠藤さんは私と彼の手を取って、握手をするように促してきた。

 少し躊躇ったけれど……私たちは自然と手を取り合った。


 彼の大きくて温かい手の握っているのが、とても心地良かった。

 それと同時に、激しく鼓動する心臓の音が春樹に伝わってしまうんじゃないかと、この状況に緊張した。


(春樹はどう思ってるんだろう?)


 あまりの緊張からか彼と握っている私の手から汗が滲んできてきたのがわかった。

 その瞬間、私は春樹から慌てて手を放してしまった。


「あ……ごめんね。手汗かいちゃて……」

「あ、ああ」


 正直言うと、少し名残惜しかった。

 大好きな春樹とスキンシップをする機会なんて、今後無いだろうから……。


「春樹も深瀬も落ち着いていたな。知らない間に治ったんじゃねぇか?」


 たしかににそうだ。

 合コンで春樹と再会してから、私の症状は軽減、改善されているような……。

 白木くんや千田先輩とも平常心で会話ができていたし……。

 フリースクールに通う男の子にも弊害なく勉強を教えることができた。


「たしかに……。志穂の友達の石井さんとも普通に話せたしな」


 どうやら春樹も私と同じで症状が改善されているらしい。


「おい深瀬。春樹の手って大きかっただろう?」

「え……うん。そうだね」


 春樹の手の感触が温かさが、まだ私の手のひらに残っている。

 異性の……春樹の手の感触が私の脳裏に焼き付いて離れない。

 遠藤さんがそんなことを聞いてくるものだから、羞恥心にかられてしまった。


「は、春樹から聞いたけど、遠藤さんって教育実習に言ってるんだよね?」


 これ以上、この話題はまずいと思って私は話を変えた。


「ああ。現場にいるとさ、教員ってすげぇブラックな仕事だと痛感したよ。騒がしいガキの相手もしなくちゃならないし。勉強教えるのも大変だしな」

「そっか。確かに人に勉強教えるのは大変だよね。私もフリースクールで子供たちの勉強を見てるけど」

「深瀬ってフリースクールでバイトしてるのか?」

「ううん、ボランティア活動だよ。色んな境遇の子供たちがいてね」


 私のボランティア活動と、遠藤さんの教育実習。

 立場は違うけれど共感できる話が多くて、意気投合した。


「深瀬、橋本って覚えてたか?私、人の名前と顔覚えるの苦手でさ。全然記憶に無かったんだよ」

「覚えてるよ。中学3年生の時の担任だったよね」


 そんな私たちの会話を春樹は静かに微笑みながら、見守ってくれていた。


 ▽▼▽▼


「今日はありがとう。春樹、遠藤さん。凄く楽しかった」

「いや、礼を言うのは俺の方だよ。メロン持ってきてくれてありがとな」


 話し込んでしまい、あっという間に夕方になってしまった。


「おい春樹、送って行ってやれよ」


 玄関で靴を履いている私を見て、遠藤さんはそう春樹に声を掛けた。


「あ、ああ。そうだな」

「だ、大丈夫だよ。まだ暗くないし」

「そうか……」


 春樹なら一人で帰る私を送ってくれるんじゃないかと少しだけ期待している自分がいた。

 でも、その提案を遠藤さんが言い出したことに驚いた。

 彼女とは、さっき話が弾んで……友達って言ってもいいのかな……?

 そんな関係になれたような気がして……。


「じゃあ、今日はありがとう」


 そんな遠藤さんの彼氏である春樹に密かに、想いを寄せている自分に……下心があった自分に嫌悪感を抱いていた。


「気をつけてな」


 私は二人に見送られて、春樹の自宅を後にした。


「遠藤さん、良い人だったな……」


 私なんかじゃ……彼女には敵わない。

 実を言うと……今日、遠藤さんと打ち解けるまで……私は彼女のことが苦手だった。

 それは遠藤さんが、私の大好きな春樹の彼女であることが理由ではない。

 中学時代から、私とは……いや常人とは一線を画しているような存在に思えていたからだ。

 理由はそれだけじゃないけれど……。


「やっぱり遠藤さんに嫉妬してたのかな……私。成績だっていつも負けてたし……」


 本当に私は遠藤さんと比べて、醜い女だと痛感した。


「私の入る余地なんて無いよね……。諦めるしか……ないよね」


 春樹のことが大好きだ。

 遠藤さんは、良い人だ。


 二人は付き合っている。

 幸せそうにしている。


 そんな仲睦まじい二人の姿を見ても私はやっぱり……諦められなかった。


 ▼▽▼▽


「美味かったな、メロン。俺も久しぶりに食べたよ」

「……ああ」


 志穂が帰宅して、室内では俺と聖菜の二人きり。

 洗い物をしながら、俺は聖菜に声を掛けるが……。


「でも、聖菜の家は金持ちだし。上等なメロンなんか、よく食べてたんじゃないのか?」

「………別に……」


 聖菜の返事は素っ気なく、会話が続かない。

 さっきまで楽しそうにしていたけれど、やはり志穂を無断で自宅に上げたのがよくなかったのだろうか。


「聖菜、悪かったよ……。わざわざ志穂がメロンを持ってきてくれたから……そのまま帰ってもらうのも申し訳なくて……」


 そう言った直後、俺の背中に聖菜が勢いよく抱き着いてきて少し驚いた。


「聖菜……?」

「あー、渇いてる……」


 渇いてる?

 たしか昔にも、聖菜がそう言っているのを聞いたことがあったような……。


「春樹……抱いて」

「え……?なんだよ急に?」

「急にじゃない。最近忙しくて会う回数も減ってるだろう?しばらく……してないし」


 俺は振り返り聖菜の表情を確認しようとしたが、彼女は俺の胸に顔を埋めてきて……それを伺うことはできない。


「聖菜……」

「うん……」


 目の前で少し震えている小さな彼女の体を、俺は力強く抱きしめた。

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― 新着の感想 ―
遠藤さん…渇くたびに心が摩耗してるんじゃない? なんか無神経な彼氏のせいで見てられないなぁ。
>「春樹も深瀬も落ち着いていたな。知らない間に治ったんじゃねぇか?」 遠藤さんは遠藤さんで負い目を感じているのだろうか。
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