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16話 邂逅

『俺も頑張るから……おまえも自分らしく頑張れ』


 春樹の言葉を胸に秘めて、私は自堕落な生活を脱し毎日を精一杯頑張ることにした。

 高校1年生の後半のタイミングだったけれどバスケ部に入って部活を頑張り、毎日勉強の予習復習も欠かさない。

 その結果、学校の成績は常に上位を維持することができたし、部活動では3年生の夏に一度インターハイにも出場することができた。


 すべては春樹の言葉が私を奮い立たせてくれた結果。

 だけど、時々ふと考えて……寂しい気持ちになる。

 中学時代の愚かな私さえいなければ……今も隣で春樹が私のことを見守ってくれていたのではないかと……。


 こればかりは、いくら後悔してもどうすることもできない。

 醜く愚かな過去の自分がいて、その延長線上に今の私がいるんだから。


 そんな心の葛藤を常に持ちながら、私は大学生になった。


 ▽▼▽▼


「ねえ、志穂。さっきの講義の内容が理解できないの。教えて」

「うん、いいよ」


 彼女は、石井梓(いしいあずさ)

 大学の学部が同じで仲良くなり、一緒に行動を共にする時間が多い。


「梓、部活大変なんでしょう?テスト勉強は大丈夫?」

「大丈夫だよ。わからないところは志穂に教えてもらってるしね」


 梓は水泳部に所属していて、毎日部活の練習で忙しくしている。

 私も週に何度か体育館に集まって和気あいあいとプレイするバスケットボールサークルに所属していて、スポーツのことでも会話が弾む間柄だ。


「志穂って、色んな大学からバスケの推薦がきてたんでしょ?勿体ないよね。うちの大学は本格的に活動しているバスケ部ないし」

「バスケは高校でやりきったから。今は、たまに楽しくプレイできるサークルで十分なんだ」


 私は大学に進学してからはバスケに注いでいた時間も勉強に充てている。

 この水林女子大学は心理学を学ぶことができる学部があって、将来的には国家資格の取得を考えている。

 

「それより志穂。そろそろ男と接点持てるようになったほうがいいんじゃない?」

「え!?い、いや……私は、いいよ。男の子と関わるのは……ちょっと」


 梓とは大学に入学してから一緒にいて、親友と言える関係だ。

 そんな梓には私が男性を避けるように行動していることが、すぐにわかったらしい。

 そのことを梓に問い詰められた私は、ずっと一人で抱えていた心の葛藤を……過去の醜かった自身の出来事を彼女に告白した。


 独占欲から大切な幼馴染を傷つけたこと。

 その結果、幼馴染に距離を置かれて疎遠になったこと。

 そして、そのショックから男性恐怖症になったこと。


 涙を流しながら自身の失態を露呈していく私の話を、梓は真剣に最後まで聞いてくれた。


「そっか、辛かったね。でも大丈夫だよ」


 私の体を抱きしめて、静かに彼女はそう言った。


(なんで……そんなふうに言ってくれるの……?誰が聞いたって、私がしたことは許されることじゃない……)


「中学生なんて、不完全な生き物なんだよ。志穂はその事を反省して今は立派に頑張っている。きっと今の志穂を知ったら、その幼馴染も許してくれると思うよ」


 誰にも言ったことがなかった自分の過去を初めて曝け出して……そして、梓は今の私を肯定してくれた。

 100パーセント私に非があることはわかっているけど、過去の自分の行いが少し許されたような気がして、とても気持ちが楽になった。


「梓、いつもありがとね」

「え?いや、お礼を言うのは私のほうだよ。いつも勉強教えてもらって」

「じゃあ私、そろそろ行くね。バイトの時間だから」

「うん、家庭教師頑張ってね。私も部活頑張るよ」


 私は大学から帰宅すると、荷物を持ってアルバイト先に向かう。

 大学に進学してから家庭教師のアルバイトをしていて、中学生の子供たちに勉強を指導している。


「先生、また成績上がったよ。これで私も泉道や海星を目指せるかな?」

「そうだね。この調子で頑張れば十分合格できると思うよ」


 私が教えている子供たちは本当に素直で……とても眩しく見えてしまう。

 時々、かつて独占欲に溺れていた自分と重ねてしまい、私にもこの素直さが当時あったらと……今更考えても仕方がないことが頭をよぎる。


「ね、ねえ先生……その、この前の相談なんだけ……」

「あ、うん。好きな人がいるんだよね」

「……はい。多分、別々の高校になっちゃうから、疎遠になるかもしれなくて……」


 家庭教師をしていると、こういうお悩み相談を受けることもある。

 中学生の子供から見れば大学生の私は、随分大人に見えて相談しやすいのかもしれない。


「そうだね。気持ちを伝えることは簡単ではないけど……後悔しない選択が出来れば一番いいんだろうね」

「後悔しない選択……ですか……。私、このままお別れになるのは嫌です!」

「うん、私も応援してるからね」


 私の浅はかな人生経験から、偉そうにアドバイスなんてできる立場ではないのだけれど……。


 勉強に不定期のサークル活動、そしてアルバイト。

 そうこうしているうちに、私の大学生活はあっという間に最終年を迎えた。


 ▼▽▼▽


「ねえ、志穂。GWの最終日って空いてる?」


 大学での昼休み。

 食堂で昼食をとっていると梓が少しテンション高く、そう問いかけてくる。


「え?うん。バイトも最近辞めたから、特に予定は無いけど」


 大学4回生になった私は勉学に集中するために、最近アルバイトを辞めたばかりだ。

 周囲の人たちは就職活動で忙しくしているけれど、私は大学院への進学を考えている。


「晃応大学って近くにあるじゃない?少し前に部活の練習で行ったんだけど、そこの野球部の人にナンパされてさ」

「な、ナンパ!?」


 学内でナンパとは……。大胆な人もいるものだ。


「でさ、連絡先交換して結構仲良くなったんだよね」

「そ、その人、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって。軽そうな男だったけど、悪い人には見えないしね」

「もしかして、その人とGWに遊びに行くの?」

「そうなんだけど……いきなり二人きりっていうのもね……。だからさ」


 梓は食事の手を止めて、私の目を見て言葉を続けた。


「合コンをすることにしました!」

「ご、合コン……?」


 合コン……。

 正直、この言葉は女子大に通っているとよく聞く言葉だ。

 学内には当然男性の学生はいないわけだから、そんな本校の女子大生たちは同年代の男性と交流を持つためにと、合コンの話題はよく耳にする。


「志穂!一緒に行こう!」

「え……え!?な、なんで!?梓は私が男の子が苦手なこと知っているでしょう!?」


 男性恐怖症の私が見ず知らずの男の人たちと食事をして楽しく談笑するなんて……絶対に無理だよ。


「志穂は可愛いんだし、いつまでも独り身なのは勿体ないよ。彼氏欲しくないの?」

「そ、そんな……私なんかが、彼氏なんて……」

「ほら!すぐに『私なんか』って言うでしょ?志穂の悪い癖だよ」


 そんなこと言われても、本当に私なんかに彼氏なんか……。

 それに、私には……私の心の中には、まだ……。


「もしかして昔、傷つけちゃった幼馴染のことを……まだ気にしているの?」

「そ、それは……それもあるけど……私は、彼が……」


 そう………彼を……春樹のことを、まだ私は女々しく想い続けている。


「と、とにかく私は行かないよ。水泳部の友達を誘えばいいんじゃない?」

「いや……皆、予定があるんだってさ。彼氏と」

「あ……そう」


 少し捻くれたように梓は答えたが、すぐに表情は切り替わり再び誘いの言葉を掛けてくる。


「志穂。無理に彼氏を作れとは言わないけどさ、その男嫌いの性格は直したほうがいいよ」

「それは……そうかもしれなけど」

「男慣れする目的でいいからさ、参加してみない?」

「で、でも……」


 釈然としない私の態度にしびれを切らしたのか、梓は少し声を張り上げた。


「志穂!このままだと一生独り身だよ!処女のままだよ!それでもいいの!?」

「しょ、処女……!?ちょっと梓!そんな大きい声で言わなくても!」

「なによ!?だってそうでしょ!?今のままだと志穂は本当に!」

「わ、わかったよ!い、行くから!もう大きな声は出さないで!」


 大勢の人が集まっている食堂で、こんな恥ずかいことを……。

 でも、彼女のいうことももっともかもしれない。

 いい年をして、男の子が怖いなんて……。

 私がこの女子大を選んだ理由は学びたい学部があったからということもあるけれど、極力男性と関わらないで済むと考えたからでもある。

 バイトの時も男の子の家庭教師の依頼はお断りをして避けていた。


「一歩踏み出してみたらどうかな?志穂」

「うん……そうだね」


 別に彼氏が欲しいわけじゃない。

 今まで春樹以外の男の人を恋愛対象として見たこともない。

 これは、ただ……私の弱い心を克服するため。


(だから私は行きたくて合コンに行くわけじゃない……なんて、誰に言い訳してるんだろう、私……)


 こうして梓に誘われて、私は人生で初めての合コンに参加することになった。


 ▽▼▽▼


「もう男性陣は、お店に入っているみたい。志穂、大丈夫?」

「あ……うん。私、居酒屋って初めてで……緊張してきた」


 迎えた合コン当日。

 私たちは5人集まって、合コンの舞台である居酒屋に入店した。


「向こうは野球部の人たちで他のスポーツにも詳しいみたいだから、会話が弾めばいいね」


 緊張している私に梓や他の子たちも優しく声を掛けてくれる。

 私と梓以外の3人は、それぞれテニスサークル、バレー部、卓球部と全員がスポーツ仲間で良好な関係だ。


「失礼しまーす」


 目的地の個室の前に到着した私たちを代表して梓が扉をノックした。


「どうも、こんばんは」


 緊張など微塵もない梓が一番に個室に入室し、その後に私たちが続いた。


「こ、こんばんは。石井さん」


 お相手の男性の一人が素早く立ち上がって、梓に挨拶をしている。


(この人がナンパしてきて仲良くなった人なのかな?なんか……どこかで見たことがあるような……)


 次の瞬間、心臓が大きく跳ねた。

 見知らぬ男性が狭い個室に5人も……。

 全身が緊張感に包まれる。


(だ、だめ……。緊張で足が動かない。む、無理だよ。こんな、知らない男の人と……これから食事なんて……そんな、の………………)


「なにしてるの?早く座りなよ」

 

 梓が固まっている私に声を掛けてくれている。

 

「どうしたの?大丈夫?」


 皆、もう席に着いている。私も早く座らないと……。でも目の前の……。

 

「ちょっと聞こえてる?志穂」


 目の前の顔を伏せている男性から……目が離せない。


 その男性は伏せていた顔を上げて、私のほうを見つめてくる。


「はる、き……」


 はるき……春樹……。

 時が経ち大人になった姿でも、私にはその男性が誰なのか一目でわかった。

 幼い時から、疎遠になった今でも想い人として、私の心の中にいる男性。

 


「志穂……」


 彼の口から私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 涙腺が緩む。

 バクバクしていた心臓が、鼓動の種類を変えてドキドキ動き出す。


 私は徐に彼の目の前の席に腰を下ろした。

 向かい同士に座る私たちは自然と目が合う。


 先ほどまで私の体を蝕んでいた緊張は、いつの間にか消えていた。

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不健康な生活の表現は「ふしだら」より「自堕落」やら「だらしない」ぐらいがいいかも。 「ふしだら」はどちらかと言うと下半身がユルい風に聞こえるので…
共に歩むのは難しいとしても、せめてお互い過去にとらわれない未来が歩める事を
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