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15話 須臾

 私は朝起きて、ゆっくり身支度を済ませてから家を出る。

 中学生の時は部活の朝練で早起きをしていた習慣があったけど、今は必要ない。

 高校生になった私は部活に入らず、勉強にも身が入らず……そんな無気力な毎日を送っていた。


「行ってきます……」


 家を出た瞬間に目に入る向かいの春樹の実家。

 もうそこに……彼はいない。


 幼い時から、何度も彼を迎えに行った。

 彼と色々な話をして、色々な場所に遊びに行った。


 私は唇を噛みしめて、駅まで走る。

 今は絶対に手に入らない……取り戻すことができない……幸せだった日々をこれ以上、思い出さないように……。


 ▽▼▽▼


「お願い、深瀬さん!バスケ部に入ってくれない!?」

「え……いや、だから……私は、もうバスケは……」


 高校に入学したばかりの時から、私はバスケ部の人たちに勧誘され続けている。


「えー!どうして?中学の時、凄かったじゃない!」


 中学時代の私のプレイを見たことがある人が多数いて、是非入部してほしいという話だった。


「来週、海星高校と練習試合があってね。一年生だけのチームでも試合する予定なんだ。一緒にプレイしようよ!」


 海星高校……!?春樹が通っている学校。

 バスケ部に入れば……海星高校で練習試合。

 春樹に会えるかもしれない…………でも……。


「ごめん。もうバスケは、やらないんだ……。勉強もあるし、ね」


 そう……バスケはしない。

 私がバスケをして楽しんでいる姿なんて春樹に申し訳なくて見せられない……。


 私は自分に枷を掛けて、罪滅ぼしをしている気になっている……。

 これは、ただの自己満足に過ぎない。


「深瀬さん、体育の授業でスポーツめっちゃ凄かったじゃん!絶対に部活入ったほうがいいぜ!」


 私たちの話を聞いていたのか会話に混ざってくる男子生徒数名が近づいてきた。


「あ、いや、私……やっぱり部活は…………!?」


 次の瞬間、私の心臓は大きく鼓動した。

 

「どうしたの深瀬さん?大丈夫?」

「あ……うん、平気……」


 頭の中で、彼の顔が浮かんだ。


『気持ち悪くて悪かったな!!』


 私にそう叫びながら軽蔑の眼差しを向けて、悲しそうに怒りを露わにしていた……春樹の顔が……。


 緊張で言葉が上手く出てこない……。

 全身に嫌な汗をかく……。

 心臓がバクバクと脈打つ……。


 目の前で優しく声を掛けてくれる男子生徒たちが、私は……怖かった。


 ▼▽▼▽


 高校では特に仲の良い友達を作ることもなく、いたずらに時間だけが過ぎていった。

 自堕落な毎日を送っていた私が毎日欠かさず行っている事と言えば、カレンダーを眺める事ぐらい。


「半年……か」


 最後に春樹と話をして……彼の姿を見たのが、丁度半年前。

 彼との最後のやり取りが……記憶が……薄れていかないように、私は今日もカレンダーを眺める。


「志穂。ポストにこんな物入ってたわよ」

「なに?」


 お母さんから渡された物は、私宛に送られてきていた封筒だった。

 それを開けて中を確認した私は思わず目を見開いた。


「海星高校の文化祭……招待券……?」


 春樹が通っている海星高校……その文化祭の招待券……。

 なんで……こんな物が、私宛に……?


「それ招待券?誰かが親切に届けてくれたのかしら?」

「そ、そうなのかな……?」


 私は中学を卒業してからは、接点があった子たちとも連絡を取り合ったりはしていない。

 中学の同級生たちとの関係を断って、醜かった自分を過去のものにするため……これも、私の自己満満足。


 封筒に差出人の名前は書かれていない。

 疎遠になっている私に対しても中学時代に仲が良かった誰かが届けてくれたのだろうか?

 でも、それだと名前ぐらい書いているはず……。


(もしかして、春樹がポストに入れてくれた……!?)


 いや……多分、それはないよね。

 私は、もう……春樹には愛想をつかされている。


「あら、ご丁寧に文化祭のパンフレットまで入ってるじゃない。海星高校に通っている友達がいるの?」

「うん……大事な友達が、ね」


 大事な友達……幼馴染。

 今の私は、そんなふうに彼の隣に立つことは許されないけれど……やっぱり会いたい。


「それで、その文化祭に行くの?」

「うん……行ってくるよ」


 彼は私の顔なんか、見たくもないかもしれない。

 会いになんて行ったら拒絶されちゃうかもしれない。

 それでも……。


 春樹に会える。

 春樹と話せる。


 その一縷の望みが、無気力だった私を突き動かしてくれた。


 ▽▼▽▼


「あ、あの……1年生の浅野春樹くんって何組か分かりますか?」


 来た……来てしまった。春樹の通う、海星高校に……。


「ん?あー、あの遠藤さんと仲が良い浅野くんか。確か、お化け屋敷をしているクラスだよ」

「あ、そうですか。ありがとうございます」


 廊下にいた声を掛けやすそうな女子生徒に話しかけると親切に対応してくれた。

 お化け屋敷のクラスは、この階にある一年生のクラスしかない。

 きっと春樹は、そこにいる。


「もしかして、浅野くんの彼女とか?」

「え…い、いえ!ち……違います……」


 私なんかが春樹の彼女……?

 そんな夢みたいなこと、ありえるはずがないよ。

 もしも、そんなことが叶うなら……どれだけ幸せな毎日なことか……。


「そっか、そうだよね。浅野くんには遠藤さんがいるもんね」


 春樹には……遠藤さんが、いる……?

 春樹が、遠藤さんと……お付き合いしてるってこと……?


 春樹と遠藤さんが、この海星高校に進学したのは知っていたけれど……あの二人がそんな親密な関係になっているなんて、私は……想像したくはなかった。


 私はその女子生徒にお礼を言ってから、パンフレットに載ってある地図を頼りに目的のお化け屋敷へと到着した。

 早速受付を済ませると客足が少ないのか並ぶことなく、お化け屋敷に入室することができた。


 室内は冷房が利いていて、肌寒い。

 薄暗い狭い通路を一人で通るのが心細い。


 幼い頃に春樹と一緒に遊園地に遊びに行って、そこでお化け屋敷に入ったことを思い出す。

 酷く怯えていた私は春樹の後ろに隠れて……彼の大きな背中につかまって……守られているような安心感があって……。

 今となっては良い思い出……。そして、尊い記憶……。


 様々なユニークな仕掛けが繰り広げられていたけれど、私は春樹を探すことに夢中になっていて驚きも恐怖も感じることなく出口付近まで進んでいた。


(どこにもいない……もしかして、お店の中にはいないのかな……)


 ここまで来て春樹に会うことが叶わないような気がしてきた時、視界に入った目の前の人物に私は目を奪われた。

 薄暗い室内の中だけど、その人はお化け屋敷のためかそれらしい衣装を着ていて、髪の毛は私の知る茶髪ではなく黒く染められていたけれど……一目でわかった。


 彼は……春樹はスマホを見るのに夢中になっているようで、私の存在には気づいていない。


「あ、あの……」


 思考が停止した状態で、思わず彼に声を掛けてしまった。


「振り向かないで!」


 私は、急いでこちらを振り返ろうとしている彼の背中に手を当てて動きを制止させた。


「振り向かないで……春樹」


 心臓が大きく跳ねる。

 他の男の子と接するときは心臓がバクバクと鼓動し、心に余裕がない状態に陥ってしまう。

 けれど彼を目の前にして私の心臓は、間違いなくドキドキしていた。


「深瀬、か?」

「……うん」


 顔を合わせなくても私たちは、お互いの存在を認識できた。


 春樹の体温を感じる。

 春樹の息遣いを感じる。


「半年ぶり、ぐらいか?」

「半年と、27日ぶり……だよ」


 そう……半年と27日ぶり……。

 そして、それより少し前までは当たり前のように彼の隣には私がいたんだ。


「ごめんね……悪口言って……傷つけて……ごめん、ね」


 彼を久しぶりに近くに感じて、様々な記憶を回想するが……最初に伝えたかった謝罪の言葉。

 声が震えて、上手く声を張ることができないけれど……とにかく彼に『ごめんね』と伝えたかった。


「元気でやってるか……?」


「高校生活、頑張ってるか……?」


「少し……痩せたか?」


 突き放されても仕方がない状況なのに、それでも春樹は私の心配をしてくれる。

 色々な感情が交錯して涙を堪えることで必死な私は『うん』と頷くことしかできない。


「バスケ……辞めたのか?」

「……うん」


(春樹……私がバスケ部に入らなかったこと知ってくれてるんだ……。少しは私のことを気にしてくれていたのかな……)


「私なんかが……好きなことする資格……ないから……」


 醜い独占欲のために、大好きな春樹を傷つけた私なんかが……笑って日常を過ごすなんて考えなれない。


「俺は、バスケも勉強も……頑張っている志穂の姿が……好きだったよ。だから……俺も頑張るから……おまえも自分らしく頑張れ」


 堪えていた涙が流れた。

 半年間離れ離れになっていた彼は、私の知っているままの優しい春樹だった。


「ありがとう、励ましてくれて……。ありがとう、名前で呼んでくれて」


 彼が私の心情を理解して、気持ちを汲むように言葉を掛けてくれたのが私には痛いほどわかった。

 それと同時に、これは彼との本当の決別だということも嫌でも理解させられる。


「じゃあな……深瀬」


 嫌だ……嫌だ!!

 せっかく……また会えたのに……。

 もう、お別れ……。

 もう、会えない……。


 でも、こうすることで……私がこれから自分の人生を何も気にすることなく歩んでいけるように、優しい春樹は導いてくれているんだ。


 もう、これ以上……彼の優しさに甘える訳にはいかない。


「さようなら……浅野くん」


 『浅野くん』と、彼のことを呼んだのは私なりの決別の意思表示。

 私は出口から素早く退出して、春樹から急いで距離を取るように駆け出した。


 今でも春樹の考えが、容易に想像ができた。

 恐らく、それは春樹も同じで……。

 だって、私たちは仲が良い幼馴染だったから……。


「おい、遠藤さんのメイド服ヤバいよな!」

「ああ!ほら、あそこにいるぞ!マジで可愛いよな!」


 すれ違った男子生徒たちの声に反応して思わず振り返った先には、メイド服姿で笑顔で接客をしている遠藤さんが見えた。

 中学生の時のような派手な見た目ではなくて、おしとやかな雰囲気になっていて、金髪だった髪が黒髪になっていることが目を引いた。

 春樹も遠藤さんも……黒髪で……同じ学校に通っていて……多分、仲も良くて……。


 さっき、春樹とお別れをしてきたばかりだというのに……本当に未練がましい自分に呆れてしまう。


「なんで……私じゃないんだろう。…………!?」


 今、一瞬……遠藤さんにこちらを睨まれた気がした……。

 全身に緊張が走った私は、慌ててそのメイド喫茶から離れた。


 春樹は私を許してくれた訳じゃない。

 もう、会うことはないかもしれない。

 それでも……もしもまた、巡り合うことが叶うなら……彼が言ってくれたように、頑張っている私を見てもらいたい。


「春樹……大好きだよ……。さようなら」


 海星高校の校舎に向かってそんなことを一人呟きながら、私はその場を後にした。

更新が途絶えてしまい、申し訳ありませんでした。

これからも不定期な更新となるかもしれませんが、お読みになって下さると幸いです。


読者の皆様、いつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
>ふしだらな毎日を送っていた私が毎日欠かさず行っている事と言えば、カレンダーを眺める事ぐらい。 『ふしだらな毎日』では性に奔放な毎日と取られかねないので、『自堕落な毎日』の方が良いように思います。
更新ありがとうございます。
更新感謝。 作者様のペースで問題無いと思います。 この邂逅が遠藤に火をつけた…?
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