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13話 過去

 きっかけは些細な事だった。


「ねえ、浅野ってさ。カッコよくない?」

「それ思った。他の男子ってバカな事してる奴多いけど……浅野は物静かだよね」

「目つきは怖いけど顔は良いよね。一度話したことあるけど優しかったし」


 昔から異質な容姿のせいで周囲から距離を置かれていた春樹。

 しかし中学2年生の時、そんな彼を見る周囲の目が少しずつ変わっていたことに気が付いた。


「ちょっと今度、声掛けてみようかな。彼女とかいないよね」


 そんな同級生たちの手の平を返すような発言が腹立たしかった。


 あれだけ彼のことを遠ざけて除け者にしていたくせに……。

 彼の本当の良さを知らないくせに……。

 彼と心から分かり合っているのは私なのに……。


「ねえ、志穂は浅野と仲良いよね?今度紹介してくれない?」

「あ……春樹って、女の子苦手みたいだから……その」

「そんなこと言わないで、紹介してよ」


 絶対に嫌だ。

 彼を本当の意味で理解している私が……私だけが……春樹の傍にいる権利があるんだ。


「その実は……春樹って、暴力的って言うか……乱暴って言うか……」


 こうなってしまったのは、私の心が弱かったからだ。

 誰が春樹に近づいたとしても、今まで培ってきた私と彼の関係を信じていれば……。

 いや……これも言い訳、かな。


 私は単純に春樹を……独占したかったんだ。


 ▽▼▽▼

 

 私はバスケ部に所属していて、チーム内ではエースとして扱われている。


「志穂……本当に私がキャプテンで良かったのかな」

「美和なら大丈夫だよ、しっかりしてるし。田宮先生もそのことを知ってるからキャプテンに指名したんだよ」


 彼女は私と同じバスケ部の辰巳美和(たつみみわ)

 3年生の先輩が部活を引退して、顧問の田宮先生に彼女が新キャプテンに任命された。

 新体制になって日は浅いが、皆が気合を入れて練習に取り組んでいる。


「今日も部活に勉強、頑張った」


 私の一日は忙しい。

 来年の高校受験に向けて勉強もしなければいけないし、部活も頑張りたい。

 そんな忙しい日々の中、私が一番楽しみにしている時間がある。


「春樹、起きて。学校行くよ」

「はいはい。志穂は毎日元気だな」


 朝が苦手な春樹を家の前まで迎えに行く。

 幼稚園の時から続いているこの習慣が私は大好きだった。

 朝一番から春樹の顔を見ると一日の活力が湧いてくる。


「ねえ今度、部活の試合があるんだけど見に来ない?」

「いや、行かねぇよ。俺が行ったら雰囲気悪くなるだろうが」


 春樹はこんなふうに言うけれど、大事な試合の時はいつもこっそり応援に来てくれている事を私は知っている。

 大勢の人たちが集まる試合会場でも、私はすぐに春樹を見つけることができる。

 それだけ彼と過ごした長い時間があって、私にとって彼は……特別。


「そういえば春樹。最近、昼休みは教室にいないよね?どこにいるの?」

「あー、適当に校舎をうろついてるだけだ。遠藤とな」

「遠藤さんって……素行不良で有名な?」

「ああ。まあ、あいつは確かに不良だけど良い奴だよ」


 春樹が学校の人と仲良くしてるなんて話、今まで無かった。

 それも……女の人。


「その遠藤さんと……どんな話をしているの?」

「下らない話だ。弁当が美味いとか、最近ゲームにハマってるとか」

「そっか……そうなんだ……」


 春樹は私といる時は学校とは違って気を張ってないというか……多分、マイペースで過ごしてくれているんだろうと思う。

 それは私のことを信頼してくれている証だと思うから……本当に嬉しい。

 でも、遠藤さんの話をする春樹は……楽しそうに見えた。


 なんか……悔しい……。


「春樹……絶対に同じ高校に行こうね」

「え?同じって……。俺、おまえほど頭良くないぞ」

「だから勉強頑張ってよ。私も頑張るからさ」

「ああ。そうだな」


 私と春樹は同じ高校に行って、それからも、その先も……ずっと……。


 ▽▼▽▼


「もしかして、志穂ってさ……浅野のこと好きなんじゃない?」

「え!?な、なんで……そんなこと……」


 キャプテンの美和に、そんな話を振られた。

 部活の休憩時間、年頃の女子たちが集まれば話す内容は恋バナが多い。


「だって、浅野と毎日一緒に登校して来てるじゃん。いくら幼馴染でも距離が近いんじゃない?」

「そ、それは昔からの習慣って言うか……」

「本当に……?じゃあさ、私が浅野にアプローチしてもいい?」


 え……?

 なんで……そうなるの……?


「おーい辰巳。ちょっと来い」

「はーい」


 顧問の田宮先生が美和を呼び出したおかげで、動揺していた私は返答せずに済んだ。


(美和って……春樹に気があるの……?)


 美和だけじゃなくて、最近は教室でも春樹の好感度は少しずつ上がってきている気がしていた。

 特に異性からの注目が日に日に増していくのが、私にはわかった。

 もしも誰かが春樹に話しかけて……仲良くなって……そしたら……。

 彼は、私の傍から離れて行っちゃうかもしれない……。


 想像しただけでも、涙が溢れそうになる。 

 今の彼には私しかいないから……傍にいてくれるだけ……。

 私は酷く自分に、自信がなかった。


 ▽▼▽▼


「おい深瀬。ちょっと付き合えって」

「あ、あの……休日は勉強があって……部活もあるし……」


 最近私は、この人に付き纏われている。

 一学年上の先輩で……千田という男。

 少し前から私と遊びに行きたいと、よく声を掛けてくる。

 何度も断っているんだけど……。


「そう言うなって。楽しませてやるからさ」


 この人は見た目通りの不良で、正直こんな人と遊びに行くなんて論外だ。

 っていうか本当に私は部活に勉強で忙しくて、時間がない。

 仮に時間があったとしたら、私は春樹と一緒にいたい。

 春樹以外の人となんて……考えたくもない。


「ちょっと、千田先輩ですよね?うちのバスケ部員が嫌がってるんで辞めてください」


 私が返答に困っていると、後方から美和がやってきて私を庇ってくれた。


「なんだよ?少し話してただけだろうが。じゃあな深瀬、どこ行くか考えとけよ」


 だから行かないって言っているのに……。


「志穂、大丈夫?」

「あ、うん。ありがとう」


 やっぱり美和は行動力があって頼もしい。

 優しいし……春樹も、こんな人にアプローチされたら……。


「ねえ、あの千田って人に付き纏われてるでしょ?もっと強く断ったほうがいいよ」

「うん……断ってはいるんだけど……」

「ああいう素行が悪そうな人って、女を舐めてるから言っても聞かないよね。誰か信頼できる人に注意してもらった方がいいかもね」


 私の信頼できる人……。


「浅野とかいいんじゃない?あの不良にも負けない見た目してるし」

「春樹は、不良じゃないよ」

「でも、乱暴な人だって前に志穂言ってたじゃない?」

「あ……うん。美和は、その……春樹のことが気になるの?」

「え……あー、……うん……そうかも、ね」


 思い切って聞いてはみたけど……やっぱりそうだったんだ。


 この時、私は冷静ではなかったと思う。

 春樹を誰かに奪われるかもしない……。

 その危機感が、醜い私の感情が、愚行をエスカレートさせてしまった。


「は、春樹には、あんまり関わらない方がいいよ。あいつ喧嘩っ早いし……それに、わがままで」

「それ本当?普通嫌いな人の悪口言うときって、怒りながらとか笑いながら言うと思うけど……なんか焦ってる?」


 怒りながら……笑いながら……言う?

 大好きな、春樹の悪口を……?


「そ、そんなことないよ。本当にだらしない奴だよ。浅野って」


 少し口角を上げて、彼のことを他人のように苗字で呼んで、背中に汗をびっしょりかいて、私は春樹の悪口を言った。


「そっか。浅野ってそんな奴なんだ……」


 心が……精神が……擦り減っていくような、そんな感覚だった。


「さっきの不良の先輩だけど、逆もありなんじゃないかな?」

「え……逆って……?」

「適当に煽てておいたら機嫌が良くなるんじゃなかってこと」


 さっきは『信頼できる人に注意してもらった方が』って言っていたのに……今度は機嫌を取る?

 彼女の言っていることが、よくわからなかった。


「おーい辰巳。ちょっと」

「あ、田宮先生が呼んでるから行くね。また部活で」


 美和が去って行った後、一人になった廊下で私はため息をついた。


(よくないよね、こんなこと。私がこんなふうに言ってるなんて、もしも春樹に知られたら)


「おい、楽しそうだな」


 思いに耽ていると、再び後方から声がした。

 振り返るとそこにはいたのは、綺麗な長い髪を金髪に染めている学内でも有名な同級生。


「え、遠藤……さん」

「楽しそうな話してるな。深瀬」


 彼女は派手な見た目通り不良としても有名だが、高い学力の持ち主で教師たちに放任されていると聞いてことがある。


「私のこと、知ってるの……?」

「ああ。美人でバスケ部のエースで勉強もできて、クラスの人気者……って聞いてるぞ。乱暴でだらしない浅野にな」


(聞かれてた……!?さっきの美和との会話を)


「ま、待って!遠藤さん!」


 遠藤さんは、その後は何も言わずに私の前から立ち去ろうとしたので、思わず引き留めてしまった。


「なんだよ?」

「その……さっきの話……春樹には」

「言わねぇよ……。せっかく浅野と楽しく過ごしてる時に、おまえの話なんてしたくねぇよ」


 遠藤さんは冷たい目つきで、そう言った。

 私は春樹に対して申し訳ないという気持ちよりも、遠藤さんの口から私の悪行が露呈しないかという事が心配だった。


 もうこの時、私の心は歯止めが利かない状態で壊れていたのかもしれない。


 ▽▼▽▼


「志穂……どうした?ぼーっとして。体調でも悪いのか?」

「あ……大丈夫だよ」


 遠藤さんに話を聞かれていたあの日以降、いつも通り日常が過ぎていた。

 春樹との関係もいつも通りで、遠藤さんは言っていた通り彼に告げ口をしていないようだ。


「春樹……ちょっと相談があって……」

「ん?どうした?」


 数日前まで、私に付き纏ってくる千田先輩の動向がいつもよりも執拗だった。

 苦渋の選択ではあったが、美和に言われた通り千田先輩の機嫌を取るように私は言葉を掛けることにした。

 そのことが彼の気を良くさせたようで強引だった態度が穏やかになった。

 しかし、大きな問題に直面してしまった。

 千田先輩からデートの申し込みがあり、直前まで彼の機嫌を取っていた私はそれを断ることができなかった。


「実は……千田っていう先輩に付き纏われていて……今日、体育館裏に呼び出されてるんだ……」

「なに!?千田って、あの不良の?それ今日のいつだ?」

「ひ、昼休み……」


 千田先輩を話があると呼び出したのは私。

 デートの件を断ろうと思っているのだけど、もしかしたら逆上してくるかもしれない。


「そんな呼び出しに応じるな。そんな奴、放っておけよ」

「無理だよ。今日無視しても、明日絡んでくるだろうし……」

「わかった。昼休みに体育館裏だな」


春樹を巻き込みたくない気持ちはあったけど、体が大きい上級生に物怖じせず私を助けてくれるのは春樹しか思い浮かばなかった。


 ▽▼▽▼


「よう深瀬。こんなところに呼び出して、まさか告白か?」

「い、いえ……あの、この前に言っていたデートの話なんですけど……」


 体育館は体育の授業か放課後の部活の時以外、人が近づくことがない場所。

 ましてや昼休みの体育館裏なんて、なおさらだ。

 

 私が千田先輩と話をしているところを他の生徒に見られたくないと美和に相談したところ、ここを教えてくれた。


「ああ。で、どこ行くんだ?」

「あの、実は……デートの話……無かったことにしてほしくて……」

「はあ……?」


 さっきまで機嫌が良かった千田先輩の顔が、一気に怒りの表情へと変わった。

 

「ふざけんなよ!そんなことで俺を呼びだしたのか!?」

「い、痛い!」


 千田先輩に強く肩を掴まれて、痛みが走る。

 足が震える……怖い……。


「おい!やめろ!」


 絶望の淵の中、颯爽と現れた春樹が千田先輩の腕を掴んで仲裁に入ってくれた。


「なんだ、おまえ?今、深瀬と話してるんだよ。放せ!」


 千田先輩は春樹の腕を振り払って、私の体に手を伸ばしてくる。


「え!?い、いや!!」

「はあ!やっぱり良い胸してるじゃねぇか!」


 胸を鷲掴みにしてくる千田先輩に、私は恐怖で体が動かなかった。


「千田!志穂を放せ!」

「うるせぇな!さっきから!」


 私を助けるために春樹は再び千田先輩の腕を掴んだ。

 そのことが癪に障ったのか、千田先輩は春樹に拳を振るった。


「春樹!!」


 私の心配を他所に、春樹は先輩の顔面に拳を叩き込んであっという間に決着がついた。


「志穂、大丈夫────」

「こらー!!何してるんだ、おまえら!!」


 千田先輩が倒れたのとほぼ同時に、遠くから大きな声がした。

 こちらに向かって走ってきているのは、バスケ部顧問の田宮先生。


(なんで、こんな場所に先生が……?間が悪いタイミングで……こんなの、春樹が悪いみたいになっちゃうんじゃ……) 


「深瀬大丈夫か?おまえら……千田に浅野だな!ちょっと指導室まで来い!」


 この後、千田先輩と暴力を振るった春樹は自宅学習という名の出席停止の処分となった。


 それから春樹は……完全に孤立した。

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― 新着の感想 ―
ふう、何なんだか。上手く作者さんの筆で転がされる私達。ええ、好感度爆下げですね。
普通にクズ女。 浅野くんも煮え切らないクズだしお似合いなので復縁ですね。 遠藤さんは傷心っと。 誰も幸せになれない話でした。
自己保身しか無い気持ち悪い女の描写が上手。 罪悪感無く嫌いになれるキャラだから良いぞもっと落ちろ〜
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