12話 再会
(どこも空いてないな……)
昼休みの大学の食堂はいつも混雑していて、中々空いている席が見つからない。
「浅野くん、こっちこいよ」
注文した日替わり定食を持っている俺に、座席をいくつか確保している白木が声を掛けてくる。
正直、こいつと関わると面倒な事が多いので一瞬迷ったのだが……。
他に行く当てもない俺は、空いている白木の向かい席に座った。
「浅野くん、先週の話なんだけど」
「先週の話?」
図書館で会った時に頼みがあると言っていた、あの話だな。
「なんだよ?テスト勉強なら自分でやってくれ」
「違うよ。そんな憂鬱な話じゃなくて、もっと楽しい話題さ」
面倒な予感しかしないが、一応話だけでも聞いてみる事にするか。
ここで突っぱねると、しつこく付き纏ってくるかもしれないしな。
「近くに水林大学ってあるじゃん?」
「ああ。女子大だろう?それがどうした?」
「実は、そこの女の子と話す機会があってさ」
先月の春休みに水林大学の水泳部が合同練習のため、うちの大学に訪れていたらしい。
その時に白木はその練習の見学に行き、思い切って声を掛けたところ会話が弾んだそうだ。
「要するに……学内でナンパしたのか?」
「いや、単純にその女の子が気になったと言うか、仲良くなりたくて」
ナンパじゃねぇか……。
「まあ、それはいいとして……その女の子と話してるうちに、今度居酒屋にでも行こうという話になってな。GWの最終日なんだけど」
「へー。良かったじゃないか」
「それが……『こっちは5人で行くから、そっちも人数揃えてね』っと言われて……」
「それって、いわゆる……」
「そう……合コン、だ」
女子大では同年代の男子と接点を持ちにくいため、合コンをしたいという向こう側の要望らしい。
「そこで5人集めようとしたんだけど……」
「野球部の部員を連れて行けばいいだろう」
「実は……4人しか人数が集まらなくて……」
「まあ、皆忙しいもんな。部活や勉強、就活……って、まさか……」
ここまで話を聞いて、俺に頼みがあるという白木の言葉から大方の予想がつく。
「頼む!一緒に合コンに参加してくれ!あと一人どうしても足りないんだよ」
やっぱり面倒なことになってしまった。
「いや、行かねぇよ」
「マジで頼む。もう浅野くんしか頼める奴はいないんだ」
白木の様子から今回の合コンに懸ける強い思いが伝わってくるが、承諾するわけにはいかない。
知らない女たちと食事をしたり、会話を弾ませたり……俺にとっては地獄でしかない。
そもそも俺には聖菜がいることをこいつは知りながら、よく頼んでくるな。
「本当に無理だ」
「そりゃあ、浅野くんは良いよな。遠藤と付き合えて幸せだろうし」
なにを僻んでいるんだか……。
俺が断ることなんて、簡単に想像がつくだろうに。
「俺も彼女が欲しいんだよ。無茶なお願いは、これっきりだからさ。頼む!」
両手を合わせて懇願してくるが、俺は首を縦には振らない。
「諦めてくれ」
「遠藤のことを気にしてるのか?」
「勿論、気にするだろう」
「そんなの黙って行けばバレないよ」
呆れて言い返す気にもならない……。
バレるバレないの問題ではないのだがな。
「何が私にバレないんだよ?」
「げ!?え、遠藤さん……」
俺の隣の空席に勢いよく腰を下ろした聖菜は、白木のことを睨みつけている。
「また春樹に余計な事を頼んでじゃねぇだろうな?」
「そ、そんなことはないよ。じゃあ、俺もう行くから。浅野くん頼んだよ」
突然の聖菜の登場に驚いているのか、白木はさっさと食堂を去って行った。
白木は聖菜に惚れている時期があった。
高校時代、一度は好きになった女性だというのに……今では、その片鱗もない。
「春樹、その飯食ったら帰ろうか。午後の講義休講になったんだ」
「そうか。時間あるし帰りにどこか寄るか?」
「じゃあ、本屋に行こうぜ。集めてる漫画の最新刊、今日出てるんだよ」
去り際の白木の様子を見ても、俺の勧誘は諦めていないようだ。
GWは就活の予定もないし、聖菜と楽しい時間を過ごせれば俺は満足だ。
▽▼▽▼
「合コン?」
「ああ。水林女子大学とだってさ」
聖菜は俺の部屋で漫画片手にベッドで寛ぎながら、俺の話に耳を傾けている。
「合コン……か。面白そうだな」
「何が面白いんだよ?」
彼女は漫画をパタリと閉じて立ち上がり、俺に顔を近づけながら言葉を発した。
「春樹。その合コン、行ってこい」
「はあ?なんでそうなるんだ?」
聖菜のことだから何か考えがあって、そんなことを言っているんだろうが……。
少し複雑だな……。
「今も女が怖いだろう?」
「あ、ああ。昔ほどではないが、おまえ以外の女だと同じ場所にいるだけでも緊張して……」
コンビニでバイトしている時は女性の客が来るだけで、心臓がバクバクと跳ねて緊張し仕事も手に付かなかった。
「合コンに行って、女慣れしてこい」
「いや、必要ないだろう?俺にはおまえが傍にいてくれるじゃないか」
「春樹こそ何言ってんだよ。これから就職して女の先輩社員や同年代の奴と一緒に働くかもしれないだろう?バイトの時みたいにオドオドしていたら務まらないぞ」
まあ、確かに一理ある。
これから社会に飛び込まなければならないのに、俺のこの症状は足枷でしかない。
「でもなぁ……一度合コンに行ったぐらいで直る症状でもないし……」
「いいから行って来いよ。どうせ飯食って、下らない話するだけだろう」
「嫌じゃないのかよ?俺がそんなところに行っても……」
「なんだよ?嫉妬でもしてほしかったのか?」
「いや……そんなんじゃないけど……」
俺が合コンなんかに行っても、何とも思わないのだろうか?
まあ、こんな症状を持っている俺が聖菜以外の女とどうこうなるはずがないと、こいつも思っているんだろうけど。
「春樹……」
聖菜が俺に顔を近づけてきて、数秒見つめ合う。
そこから自然と唇を重ねてキスをするまでが、俺たちのルーティンだ。
「私は何も心配してないぞ。楽しんでこいよ」
「ああ」
こうして聖菜の勧めもあり、俺は人生で初めての合コンに参加することになった。
▽▼▽▼
「俺、居酒屋初めてだ」
「え?そうなんだ。浅野くんって酒飲めるか?」
「まあ、少しなら」
GWの大型連休最終日。
大学付近にある学生でも比較的入りやすい値段の居酒屋にやってきた。
予約していた個室に入り、俺たちは5人並んで座っている。
白木が連れてきた他の3人のメンバーは俺にも親切に話しかけてくれる気さくな奴らだ。
「浅野くん、マジでありがとう。来てくれるって信じてたぜ」
「あ、ああ」
白木はこの合コンに随分気合を入れているようで、いつもはだらしのない格好が目立つが今日は身だしなみもキッチリ整っている。
「なあ、女性陣の方は全員水泳部なのか?」
「いや、別の部活で仲が良いメンバーを連れてくるって聞いている」
やってくる水林女子大学の学生5人は、全員がスポーツの部活やサークルに入っているらしい。
こちらも俺以外は野球部のスポーツマン。
なんか……肩身が狭い気がする。
「失礼しまーす」
閉じられている扉をノックする音が聞こえた後、女性の声がした。
どうやら約束の相手がやって来たようだ。
「どうも、こんばんは」
先陣を切って入室してきたのは、ショーカットが似合う肩幅が広い女性。
「こ、こんばんは。石井さん」
白木は素早く立ち上がり、緊張を含んだ挨拶を返す。
どうやらこの石井さんがナンパして仲良くなった相手であり、目当ての女性のようだ。
石井さんの後に続いて、他の女性たちも入室してくる。
甘く良い匂いが、男だけでむさ苦しかった室内に広がっていく。
香水の匂いだろうか?
その匂いと女性の聞こえてくる声で、俺の心臓がバクバクと鼓動し始める。
全身が緊張感に包まれた俺は慌てて顔を伏せた。
(む、無理だ……聖菜といる時とは訳が違う)
このあと自己紹介して、食事して、楽しく会話をする……?
聖菜に言われて女に慣れるために、重い腰を上げてやって来たが……。
(来るんじゃなかった……)
とにかく皆楽しみに集まっているだろうし、雰囲気を悪くしないように無難に立ち振る舞うしかない。
「なにしてるの?早く座りなよ」
とにかく深呼吸だ。
「どうしたの?大丈夫?」
聖菜と一緒にいる時の事を思い出して……頭を冷静に。
「ちょっと聞こえてる?志穂」
志穂……?
俺は思わず伏せていた顔を上げた。
4人の女性はもう席に着いているが、俺の正面の席はまだ誰も座っていない。
そこに座るであろう人物は、出入り口付近で一人立ち尽くしている。
「はる、き……」
俺を『春樹』と呼んだ、その女性。
化粧を飾付けお洒落な服装を身に纏った美しい女性。
「志穂……」
思わず口に出た。
時が経ち大人になった姿でも、俺にはその女性が誰なのか一目でわかった。
志穂…………深瀬は徐に俺の目の前の席に腰を下ろした。
向かい同士に座る俺たちは自然と目が合う。
動揺……不安……緊張……。
さっきまで俺の中に混在していた怯える弱い心は、いつの間にか消えていた。