10話 初体験
翌日、二日目の文化祭。
外部からの来客がいないこの日は、昨日よりも人が少ない印象だが今日も活気あふれている。
俺は午前中にクラスの雑務をこなした後は自由時間になった。
本当ならこの時間に遠藤と文化祭を一緒に回る予定だったのだが……。
昨日、遠藤と揉めて以降、会っていない。
今頃どうしているだろうか?……なんて、気にしても仕方がない。
俺が、遠藤を突き放したんだから。
「うっ……寒い……」
今日は朝から体調が優れない。
昨日、冷房で寒かったお化け屋敷の中、薄着で3時間近く立っていたからだろう。
日差しを浴びようと校舎の外に出ると、沢山の模擬店があり賑わいを見せている。
(遠藤……。模擬店、回りたいって言ってたよな……)
そう思った矢先、俺の視界に入ったのは模擬店に並ぶ遠藤と白木だった。
ここから見えた二人の様子は、楽しそう…………には見えない。
遠藤は常に不機嫌そうな顔をしているし、白木は頑張ってエスコートしようとしているが緊張でそれどころではなさそうに見える。
(あれじゃあ、告白するのは厳しいかもな……)
しばらく二人を見つめていると、周囲を見渡していた遠藤と目が合ってしまった。
遠藤は一瞬目を見開いたが、すぐに俯いて俺から目を逸らした。
俺は、自分の中にある複雑な気持ちを整理できていなかった。
「帰ろう……」
体調が悪い事を担任教師に告げて、早退の許可をもらい俺は一早く部屋に帰宅した。
体温を測ると微熱で大したことは無い。少し頭痛がするだけだ。
俺はベッドで横になり、目を閉じて何も考えないようにして眠りについた。
▽▼▽▼
インターホンの音が部屋に鳴り響いて目を覚ました
スマホで時間を確認すると時刻は16時過ぎ。
今頃、学校では後夜祭の準備が行われているだろう。
早退して手伝えなかったのは、申し訳なく思う。
再びインターホンが鳴り響く。
俺は気怠い体を起こして、玄関の扉を開けた。
「やっと出てきやがった。体調悪いらしいな、大丈夫か?」
俺は、寝ぼけているのだろうか?
目の前にいたのは、買い物袋を抱えている遠藤だった。
「遠藤……?なんで、ここに……?」
「いいから早く中に入れてくれよ。冷蔵の食材とかあって、一緒に入れている保冷剤も溶けてきてやばいんだ」
「あ、ああ……」
遠藤は俺の部屋に入ると、慣れた手つきで冷蔵庫に買ってきた食材を放り込んでいく。
「おまえ、文化祭はどうした?」
「私も体調悪いから、早退したんだ」
「嘘つけ、全然元気じゃねぇか」
「何でもいいだろう?心配してきてやったのに」
少し呆れた表情で俺に言葉を掛けてくるこいつは、いつも通りの明るい遠藤だった。
「浅野が体調悪くて早退したって聞いから、飯でも作ってやろうと思ってな。インターホン鳴らしても全然出てこねぇし、待ちくたびれたぞ」
「ああ、悪い。ちょっと寝てて……ん?おまえ、いつから俺の部屋の前で待ってたんだ?」
「えっと……2時間ぐらい前かな」
俺が早退したのを知って帰り道にスーパーやコンビニで、買い出しをしてきてくれたみたいだ。
「野菜沢山買ってきたから鍋でも作ってやろうか?栄養取らなくちゃな」
「白木は……どうした?」
「そういえば『好きだ』とか、言われたな。『あっそ』って返したけど」
振られる前提だったとはいえ、白木は今頃落ち込んでいるのではないだろうか。
「遠藤……昨日は悪かったよ。一緒に回ろうって言ってたのに……その」
「気にすんなよ。文化祭は来年も再来年もあるしな」
「変な質問するかもしれないけど……………ちょっ!引っ付くな!」
遠藤は俺の背面に回り込んで、力強く体を抱きしめてくる。
「何ともないだろう?治療のおかげだな」
今の俺は遠藤に密着されていても特に体の不調は起こらない。
遠藤と共に取り組んできた暴露治療というやつの効果が現れているのだろう。
心臓はドキドキしている。
これは恐らく……正常な反応だ。
「浅野、さっき何を言いかけたんだよ?」
「その、おまえの……本音が、聞きたい……」
「私の本音……?そうだな。私たちは似てるだろう?だから一緒にいて気が楽なんだよ」
確かに、俺もそう感じる。
一緒にいて楽だし、中学の時から浮いていた俺たちは気が合った。
でも……これは遠藤の本音ではないと、俺は思った。
「浅野……これ、な~んだ?」
「ん?いっ!?おまえ……こんな物どうしたんだ?」
「買ったに決まってるだろうが。コンビニに行った時にな」
遠藤が手に持っていたものは……避妊用のゴム製品。
「おまえ……これ、まさか……」
「これから暴露治療は最終段階に入りまーす」
俺が慌てて振り返ると、遠藤の顔が近かった。
彼女と目が合った刹那……俺の唇に、遠藤の柔らかい唇の感触が伝わってくる。
これが、キス……?
数秒間、遠藤は自分の唇を強く押し付けてきて息ができない……。
「ぷはっ!いや、キスって難しいな。私たち下手過ぎねぇ?」
「おまえが舌をねじ込んでくるからだろうが」
遠藤の匂いを……温もりを……感じた。
「なんか浅野からいい匂いがした」
「それって、どんな匂いだよ……?」
まあ、俺も似たような感想なんだけど……。
「なんともないか?」
「あ、ああ……不思議となにも」
続けてきた治療とやらは、遠藤に対して強い免疫を齎してくれたのかもしれない。
「浅野は何もしなくてもいいから……」
「はあ?って、まだやるのか?」
「当たり前だろう?私が抱いてやるよ」
「抱くって……おまえ経験あるのか?」
「ねぇよ。だから優しくしろよ」
俺は性欲に溺れているのか……?
昨日、色々と悩んだのに……。
「俺は昨日……おまえを突き放したんだぞ?」
「関係ねぇな……お互い、寂しい者同士だろう?」
俺と遠藤は徐にベッドに腰かける。
「きて……春樹……」
いや、もう言い訳するのはやめよう。
俺は、遠藤のことが…………。
俺と遠藤は、その日……一夜を共に過ごした。
▽▼▽▼
文化祭が終わり、普通の日常が戻ってきた。
定期試験が近づいてきており、皆が緊張感を持って授業を受けている。
「おい、浅野くん!どういうことだ!?」
昼休み。白木が俺の教室にまでやってきて、何やら奇声をあげている。
「な、なんだ?どうした?」
白木だけではなく、よく知らない男子生徒も数人、俺を取り囲むように立ちふさがる。
「ちょっと俺……これから遠藤と飯なんだけど……どいてくれない?」
「その遠藤と付き合ってるって本当なのか!?」
「はあ!?」
一体どこから、そんな話が出てきたのか……。
「春樹、飯食おうぜ……って、どうした?」
突然の取り調べに困惑していると、もう一人の当事者が姿を見せた。
「は、春樹……だと!?名前で呼ばれる関係になっていたのか!?」
男子生徒たちの圧が凄い。
俺と遠藤が付き合っているかどうかと聞かれても……俺にもわからない。
「うるせぇんだよ!私が春樹に好きだって言ったんだ!悪いか!」
この緊迫した空気の中、遠藤は一声で荒ぶっていた男子生徒たちを黙らせた。
「行くぞ、春樹」
俺は遠藤に手を引かれて教室を出て廊下を駆け出す。
「おい、さっきの……好きって……?」
「ああ。告白してくる奴が多くて面倒だから春樹と付き合ってることにした」
ことにした……?付き合ってる体って事なのか?
まあ、何でもいい。
「早く空き教室に行こうぜ」
「待ってくれよ、聖菜」
気持ちは、もう固まった。
俺は聖菜が好きなんだ。
いつかこの気持ちを伝えよう。
彼女の本音が聞けるようになった時に……。