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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

常葉の国

作者: 徘徊猫

 新たな生命の産声が聞こえる。父親が赤子を抱き上げて、母親は赤子を受け取り微笑みかける。


 始まりは祝福だった。



 ✴


 天地を貫くように世界樹が聳え立ち、人々は豊かな恵みの下で国を作った。黎明期には大きな騒動があったものの、時代を経れば平穏な時代に移り変わる。なぜなら、どれほど過激な人物であっても、歳を重ねれば丸くなると言うように、人々は数百年……数千年を生きてきたからだ。

 尖った耳に優れた容姿、そしてなによりも衰えぬ美しさ。生命体としてはこれ以上はないだろう。


 「ししょー、また剣技を教えてくれよー」

 「なんだ小童、人に何かを頼むときはまず礼儀を弁えよ、と言っはずだぞ」

 「ケチ、どうせ暇なんだろー」

 「妾はこの穏やかな一時を楽しんでいたのだ。暇ということはない……」

 女性は小さくため息を吐き、手に持ったカップをソーサラーに戻した。

 「元気なのはいいことだが、勉強はどうした? 本も読むべきだろう、その空っぽの頭に詰め込むには今からでも遅くはない」

 「そんなの大人になってからでいい! ううっ、なんでみんな勉強、勉強……つまんない」

 「……子どもは大人になれるが、大人は子どもには戻れないからだ。お前のようなわんぱく単細胞が大人になってみろ、誰もお前に構うことはなくなるだろう」

 「人は社会的動物って? じゃあ、ししょーが俺に勝ったら言うことを聞く、いいでしょ?」

 「はあ、分かった。ちゃんと宿題をするんだぞ」


 年月が流れて

 「ねえ、師匠」

 「どうした小童」

 「師匠はどうして一人なの?」

 「ほう? 言うようになったな、ほれ甘い」

 「いだっ、図星だからって八つ当たりするなよ」

 「ほれほれ、そんな戯言を言っていいのか。妾は手を緩めんぞ」

 「いだだだだっ」


 「師匠」

 「なんだ」

 「師匠は何故これほど強いのですか?」

 「強さの秘訣か? 大したものではない、才能自体ならお前のほうがあるだろう。ただ、妾の方が長く練磨し、積み重ねているだけのこと」

 「ああ、だから年……すみません!」

 「その減らず口はまだまだのようだな、まだ青い」





 「……」

 「お前か…」

 「師匠、無理はなさらないでください」

 「ふっ、お前に心配されるとはな。……っ、大丈夫だ。身体は万全に動くからな、問題は……」

 「師匠は、一体いつから生きてるのですか?」

 「……ばれたか。そうだな、お前は疑問に思ったことはないか? この国の人口が増えないことに……子供の数はそれほど変わらないはずなのに、我々が増えることはない」

 「神隠しのことですか?」

 「ああ、巷では老人が何処かに消えることをそう言うらしいな……あれは世界樹の根の下で眠るためだ」

 「墓、ということですか?」

 「……そうともいえるかもな、ははっ。死してなお、この血肉を役に立たせることができるならそれ以上と言えるかもしれない。時々考えるんだ、狩りで落とす鳥のように妾もこの身を空に投げ出したいとな……くそっ、情けない」

 「…」

 「触るなッ! ハァハァ、すまんな……近頃、発作が酷くなってきた。だから、もう来るな。お前の師匠のままでいさせてくれ」


 「……」

 「師匠…」

 その言葉に反応して、彼女は気だるそうに視線を弟子に向ける。だが、その目には光がなかった。ただうわ言のようになにかをつぶやき、長らく手入れされていないボサボサの髪と目の下に浮き出た隈、面影は残っているはずなのにそこには何も残されていない。

 「せめて、貴方が……貴方でいるうちに決断するべきだった」

 「貴方を送ります、貴方の弟子として……」

 もう交わされる言葉はない、少年は大きくなり、彼女を背負えるほどに大きくなった。今まで与えられた恩を返すべきだと、彼は世界所の木の下に向かう。




 下る道の途中までは手彫りのような洞窟を通り、徐々に濃い霧が立ち込めていく道を進んでいく。

 下層に近づいてくると世界樹の木の根が現れて、彼女を絡め取ろうとするように根を伸ばしてきた。だが、彼は片手に持った真剣で容易く跳ね除け、道を阻まれることはなかった。

 最下層には多くの人々が花畑の下で安らかに眠っていた。花畑の下には木の根があり、養分を吸っているようだ。道端に見た目は少女が眠っており、頭から少しずれた花冠をもう一度頭に戻した。


 更に奥に進み、誰もいない聖域へと足を踏み入れた。そこには深淵に繋がるが穴ある。あらゆる生命を分解するための虚空がある。もしこの中に葬れば、もう誰も彼女の姿を見ることはない。

 「さよなら、師匠。あなたの教えは忘れません……たとえ、あなたの影を終えなくなろうとも」


 彼女の髪がふわりと舞い上り、誰もいない虚無に向けて滑り落ちていく。それを見送り、彼は道を引き返した。





 ✴



 「せんせー」

 「なんだい?」

 「せんせーは何でカッコイイですかー?」

 「ふむ、君はそう思うのか……それはきっと素晴らしい師匠がいたからだな」

 「せんせーのししょう? でも、せんせーってたしか……」

 「おっと、その話題は禁止だ。君もみだりに口にしないように、それが嗜みってものだからね」




 「せんせぇ! もうやだよぉ……」

 「どうしたんだい?」

 「もうやだぁ、がっこういきたくない。なにもうまくいかないし、なにもやりたくないのに! どうして、なんでやらないといけないの…」

 「そうだね、社会はあまりに多くのことを要求するし、子どもが応えるにはまだまだ時間が足りない」

 「……しっぱいしたくないのに、きたいにこたえたいのに……ぐずっ、もう外に出たくない」

 「確かに世界は残酷だ、人は生きるのに様々な経験を積んでいく……苦しいこと、悲しいことのほうが多いほどに。傷付き、戸惑い、時折裏切られることもある。ただこうも言えると思うんだ、そんな中で手を取り合い関係を気づいていくことは素晴らしいことではないか、とね」



 年月が流れ、子どもはいつか大人になる。そして大人は……いずれ世界に溶け込む。その頃には誰にも覚えられていないかも知れない。だが、その中に息づく願いはいつまでも記憶され、託されていくと信じたい。

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