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世界を渡りし者たち

黒猫様と猫耳喫茶の文化祭

作者: 北織田流火

 □■


「では、多数決の結果、文化祭の出し物は猫耳喫茶に決定します」


 ――その瞬間、教室が轟いた。


 クラス委員長からの決議が下った瞬間、教室の至る所から雄叫びが上がる。

 主に男子から――

 嬉しさのあまり、涙を滲ませている者たちまでいる。


 その気持ちは、本当によくわかる。


 かくいう俺だってそうだ。

 この瞬間をどれほど待ちわびたことか。

 今日という日は、まさにこの瞬間のためにあったと言っても過言ではないだろう。


 長くて辛い授業を乗り越え、並々ならぬ強者たちを蹴散らし、蜘蛛の糸を手繰り寄せるが如く掴み取った勝利。


 そう、これはまさに勝利なのだ!

 全ては、このクラスに御座す黒猫様の、真の姿を拝謁するために!


 俺はこっそりと、教室の片隅にある一つの席へと目を向ける。

 そこに座っているのは、腰まで伸びた長い黒髪を靡かせた一人の少女だ。

 その容姿は子供としてのあどけなさが残しながらも、同時に大人としての魅力をも兼ね備えている。

 凛々しくも、それでいてどこか掴みどころのない気まぐれな雰囲気は、さながら猫のようだ。


 そう、彼女こそが、このクラスに御座す天上の女神――黒猫様こと、神楽(かぐら)万衣(まい)さんなのだ。



 △▼



 文化祭当日、俺はこの日のためにある計画を練ってきた。


 それは、この文化祭で神楽さんにいいところを見せて、さりげなく一緒に文化祭を回らないかと誘うこと。

 そのための下準備はばっちりと整えて来た。

 だがそれまでの道のりは、決して生易しいものではなかった。


 特にシフト決めは壮絶を極めた。

 如何せんライバルが多過ぎるのだ。


 この猫耳喫茶は、まさに黒猫様の真の姿を拝むために用意された出し物だ。

 誰もが少しでも長く、その姿を拝もうと、限りある彼女と同じシフトを奪い合ったのだ。


 そして今!


「男子共! 着替え終わってるなー!」


 そう言って、別室で着替えていた女子たちが教室の中へと入って来る。


 文化祭初日の最初のメンバーは全員、僕も含めてそれぞれの衣装に着替えている。

 男子はまさに執事然とした衣装を身に纏い、女子はまさにメイド服といった衣装を身に纏っている。

 そしてその全員が、頭の上に猫耳のカチューシャを付けている。


 正直、これはかなり恥ずかしい。

 女子も付けるなら男子も付けろと言われて、やむなく着けることになってしまったのだ。

 だが……


 だがしかし!

 その甲斐は十分にあった!


「…………」


 教室に現れた黒猫様の姿を見て、その場にいた全員が言葉を失う。


 事細かに詳細を説明したいところだが、俺ではその一割も言い表すことが出来ないことが嘆かわしい。

 猫耳メイドの破壊力、恐るべし。

 もともと黒猫様と呼ばれるだけの下地があっただけに、実際に耳まで生えてくると、まさに本物の猫のようだ。

 採寸合わせの時に、一度だけそのお姿を拝見しているが、やっぱり何度見てみいいものだ。


「…………」

「?」


 周りの男子たちと一緒に神楽さんのメイド姿に見惚れていると、彼女は俺たちの視線に気づいて、こてっと首を傾ける。

 まるで「どうしたの?」と問いかけるかのように。


 そんな姿を見せられては、俺たちはもう限界だった。

 次々と無口で無垢な彼女の姿に当てられてノックダウンしていく。

 口数が少なく、純真さを忘れていないその姿は、彼女の神秘さをさらにより引き立たせている。


 彼女の足下に平伏しながらも、これだけは間違いなく言える。


 今まで生きてて本当に良かった!



 △▼



 文化祭が始まってすぐに、我が猫耳喫茶は行列ができるほどの大盛況を記録していた。


 始まったばかりとは言え、神楽さんの噂は学校中に広まっているため、こうなることは容易に想像が出来た。

 そして客が多くなれば、その分だけそれを捌くのに忙しくなるわけで、ここが出来る男の腕の見せ所というわけだ!


「神楽さ――」

「神楽さん、ここは俺がやっておくから、向こうの席を頼めるかな?」

「…………」


 ちょっと散らかりの激しい席を、神楽さんが片づけをしようとしたタイミングで、俺はその片づけを買って出ようと、声を掛けようとしたが、俺より早く、近くにいたクラスメイトが先に声を掛けてしまう。

 一瞬だけ、神楽さんは俺の方を見たような気がしたけど、多分きっと気のせいだ。


 コクリと頷いた神楽さんは、そのまま比較的簡単な机の片づけへと向かっていく。


 一瞬だけ、よくも邪魔してくれたなとそのクラスメイトを睨んでしまうが、すぐに深呼吸をして心を落ち着かせる。


 焦るな俺。

 まだ文化祭は始まったばかり。

 チャンスはまだいくらでもあるはずだ!


 俺は気持ちを切り替えて、再び仕事へと戻っていく。


 すると今度は、一人のお客さんが神楽さんにスマホのカメラを向けようとしていることに気がつく。

 この文化祭では、店内での写真撮影は、過去の様々な不祥事のせいで禁止となっている。

 だが仮に禁止行為になっていなかったとしても、相手の承諾もなく写真を取るなんて完全なマナー違反だ。

 俺はカメラと神楽さんの間に立って、そのお客さんに注意しようとして……


「お客――」

「お客様、当店での写真撮影はご遠慮させていただいております」

「…………」


 またしても別のクラスメイトに割って入られて、俺はそれ以上何も出来ずに、ただ事の成り行きを見つめる。


「んぁ? なんだよ。別にちょっとくらいいいじゃねぇか!」

「お客様、当店での写真撮影はご遠慮させていただいております」

「いやだから」

「お客様、当店での写真撮影はご遠慮させていただいております」

「…………」

「ご理解いただけたようで、感謝致します」


 ……うん。

 何と言うか、教室の圧がすごいことになった。

 もちろん俺だって、神楽さんの姿がどこの馬の骨とも知れない奴の写真に収められることを許容するつもりなんてない。


 と言うか、今会ったばかりのお客様如きが、この尊い黒猫様のお姿を写真に収めようとするなど、頭が高いというものだ。

 恐らくは、ここにいるクラスの皆もまた、同じようなことを思っていたのだろう。

 そのお陰で、今回は未遂で済んだわけだが、ただその先頭に、俺が立てなかったことだけが悔やまれるばかりだ。


 俺はもう一度気を取り直して、次のチャンスが来るのを待つ。


「ねぇねぇ。君可愛いね、連絡先教えてよ」

「?」


 そして今度は、神楽さんが如何にもチャラそうな男から絡まれている様子が見えてしまった。


 俺はすぐにでも、神楽さんの下へと駆けつけたかったけど、ちょうど食事を運んでいる最中で手が離せない。

 他の男子もまた似たような感じで、誰も神楽さんをフォローに行くことができずにいると、神楽さんは不意に、客の男性に向かって見惚れてしまうような笑みを浮かべる。


 「いったい何を!」と俺は思ったが、その笑みを見た者たちは、まるで時間が止まってしまったかのように呆然となり、神楽さんはまるでその隙を突くかのように、綺麗に一礼してその場を後にしていた。

 チャラそうな男が正気に戻った頃には、もう神楽さんの姿は、男の目の前から消えていた。


 俺は一連の流れをずっと見ていたが、あの流れるように一言も発さずにナンパを躱す所作は素直にすごいと思った。

 無口な黒猫様だからこその処世術に、俺は「流石は黒猫様!」と思うばかりだ。


 だが結局俺はまた、神楽さんにいいところを見せることが出来なかった。

 今のはかなり絶好のシチュエーションだったというのに。


 何故だ!

 何故こうも上手くいかないのだ!

 俺が気づいた時には、もう誰かが黒猫様に手を差し伸べているか、黒猫様ご自身で解決してしまっていて、俺の出る幕が一向に訪れない!


 いったいこれ以上どうすればいいのだ。


 俺が余りにの天の巡り会わせの悪さに思わず落ち込んでいると、ちょうど顔を上げたところで注文を受け終わった神楽さんの姿が目に入る。


 神楽さんはそのまま裏手にオーダーを伝えようと、お客さんに背中を向けるが、ちょうどそのタイミングで、そのお客さんが神楽さんにその手を伸ばしていることに気がつく。


 俺はすぐに悟った。

 痴漢だと。


 そして偶然にも、ちょうど伸ばせば手が届く位置にいたこともあって、俺はすぐにそれを阻止しようと行動を起こす。


「あ、君――」

「お客様!」

「!」


 俺は咄嗟に持っていたトレーを間に挟んで、神楽さんに触れよう伸ばされた手を阻止する。


「当店でそのようなサービスは…………?」

「?」


 俺が咎めるように声を上げると、何故かそのお客さんだけでなく、神楽さんまでもが不思議そうな表情を浮かべていることに気がつく。

 俺は不思議に思って、お客さんが伸ばそうとしているように見えた手を見ると、その手はトレーよりも大分離れた位置で止まっていることにも気がつく。


「えっと……私はただ、追加の注文がしたくて彼女を呼び止めようとしただけなのだが……」

「…………」


 やってしまった。

 盛大にやってしまった。

 まさか呼び止めるための手の動きを痴漢だと勘違いするなんて。


 あまりの恥ずかしさに、思わずその場に蹲ってしまう。

 穴があったら入りたい。


 俺がずっと顔を上げずに蹲っていると、不意に頭の上に優しい感触がして、俺はゆっくりと顔を上げる。


 すると目の前には、俺の頭を撫でている神楽さんの姿が目に入って来る。

 俺は思わず自分の状況がわからずに惚けてしまうが、状況がわかったらわかったで、それはそれでどう反応すればいいのかわからなくなる。

 ただわかるのは、この瞬間がこれ以上ないほどに、至福の一時だということだ。


 長かったような、短かったような。

 しばらく頭を撫でていた神楽さんは、最後に優し気な笑顔を浮かべると、そのまま仕事へと戻っていく。


 頭を撫でられている間に、神楽さんは一言も言葉を発したわけではなかったけど、何故だかその笑顔は、「ありがとう」と言っているような気がした。


 神楽さんに「ありがとう」と言われるなんて……俺、今日このまま死んでもいいかも……


ここまでお読みくださりありがとうございます。


本作は現在連載中の小説『世界を渡りし者たち』の番外編として書かせていただきました。


いかがだったでしょうか?


一応本編を知らなくても読めるようにしたつもりではありますが……


もっと神楽万衣さんの異世界での活躍を読みたいと思って下さった方は本編の方もどうぞよろしくお願いいたします。


因みに、神楽万衣は本編第三章第一話で初登場します。


『世界を渡りし者たち』

https://ncode.syosetu.com/n4499id/

(↓下にもリンクがあります↓)

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