【幕間】‐Anastasis‐
【プレラーティ】ルガルアン皇帝のひとり娘。職業:錬金術師。
【ユリアス】ドラゴネス第一王子。アルバの腹違いの兄。
職業:剣士。
「お口に合いまして? ユリアス様」
優雅に料理を口に運び、刺繡入りのハンカチで口を拭ったルガルアン帝国の姫君プレラーティ・ルガルアン。
末弟が無礼を働いたというのに豪華な料理を用意してくれた。
縦長の机を挟んで向かい合う。
「実に美味だ! しかもチーズが絶品だな」──名産品とは聞いていたがここまでとは。兄弟姉妹にも味合わせてやりたい。
「それは良かったですわ」
「父君はまだ来られないのか?」
「申し訳ございません。お父様は今ぐっすり眠っていらして……」
「具合でも悪いのか?」
「いえ、むしろ前より健康状態でして。ただ幸せそうな顔で眠っていらして起こすのも可哀想でしたので。ふふ。寝言で〝女神様〟にずっと感謝していましたわ」
「姫君はお優しいのだな。しかも父君想いと見た」
気のせいか、一瞬殺気のようなものがまとわりついたがすぐに消える。
姫君は照れくさそうに微笑み。
「ええ。お母様は私を生んですぐにお亡くなりになってしまいましたから、お父様だけが唯一の肉親ですもの。〝家族〟はなによりも大事にするべきですわ」
感動のあまり机を豪快に叩き立ち上がる。
姫君に賞賛と敬意を込めて強く拍手を送った。
「素晴らしい!! 姫君は正しく聖女そのものだ。王族として国を任されていなければ忠誠の相手に選んでいたやもしれん。帝国の民は幸せだ」
国を治める者に必要な物はなにか。
次男であれば小難しいことを並べて兄を混乱させるだろうが。
答えは単純だ。──誰よりも深い家族愛。
肉親はもちろん、民も家族だ。
家族は共に生き、守り合わなければならない。
姫君もそれを分かっているはずだ。
実に喜ばしい。
「いえ、ドラゴネス王国の長男たるユリアス様に比べたら私なぞ」
「謙遜するな。姫君はよくやっている」
「そう言っていただけると救われますわ。ならばどうか──」
話の最中、聖剣を取り出した。
剣先の相手はもちろん姫君ではない。
真後ろに控えていた兵士である。
姫君はなにが起きているだと困惑して目を丸めた。
「すまない。殺気を感じたものだから思わず剣を抜いてしまった」
「か、構いませんわ。これ、お前。ユリアス様に殺気を飛ばしたのですか?」
「も、申し訳ございません! ユリアス第一王子が背中に担いでらっしゃる[魔封石龍]の化石の大剣は我等が地下牢獄の逃亡者の所持品とお見受けしたものですから」
「あら、本当。失礼ながらそちらの剣は公爵令嬢ベルカーラ・ウェストリンドの物ではありませんこと?」
「間違いない」
早とちりしてしまったようだ。
兵士と姫君に深く頭を下げる。
「彼女は今や帝国の逃亡犯ですの。押収させていただけるとありがたいのですけれど」
兵士たちがにじり寄る。
しかしひと睨みで身体が固まった。
どうやら帝国は兵士にちゃんとした稽古をつけていないらしい。
兄の部下ならば、殺気立っている相手にも迷わず斬りかかれるように鍛えるのだが。
「これは未来ではあるが義理の妹の所有物だ。妹の許しがなければ渡せないな。それに〝弟からの頼み〟だからな。死んでも渡さんよ」
「なるほど。残念ですが」
「理解、感謝する」
「ユリアス様。お食事を終えましたら見ていただきたいものがあります」
「うむ。それは楽しみだ」
ならばと用意された料理を皿ごと持ち上げて口に流し込む。
一瞬にして皿が空になる。
姫君は呆れたように苦笑いを浮かべた。
彼女の表情は兄と談笑している時の次男に似ているような気がする。
「私は食事が遅い。待たせるのも忍びないので」
フォークとナイフを置き、立ち上がる。
『着いて来てください』と瞳で語っていた。
「そのまま待機ですわ」──使用人と兵士に冷たい声で命令する。
姫君に着いていく。
帝国の城の中、王国の建築とは随分と違う。
なんというか、古風だ。
階段を下り続ける。
下って、下って、道具入れのような小さな扉を開いてまた階段。
「どこへ、向かっているのだろうか?」
「錬金術を極める工房。俗に言う【魔法使いの地下工房】でしょうか」
とても暗く、陰湿になっていく。
まるで地下迷宮のボスモンスター前のような。
肌がぴり付く。
「我が城にも地下工房はあるそうだが、見たことがない。父君、ドラゴネス国王が末弟の為に作り、末弟にのみ行き方を教えたそうなのだが……一度も使われなかった」
「アルバート様は完全ですから、我々のように惨めったらしく研究をする必要がないのでしょう」
「というよりも末弟は魔法嫌いだからな。反骨精神であろう」
「本当に、愚かな人ですわ」──怒りのこもった呟き。
背中しか見えないが、不機嫌になったのは理解した。
確かに、自分は剣の修行に明け暮れて必死に強くなろうとしているのに、生まれながらにして『最強の剣士』なんてものが現れたら嫉妬するかもしれない。
「着きましたわ」
どうやら目的地に到着。
未だ成功した事例はない不老不死を得る【賢者の石】の失敗品の数々。
フラスコの中にいる見たこともない生命体。
まさに[錬金術師]の研究所。
その中でも気になる物がひとつ。
球体の水槽に裸体の女性。
金色の長髪。胸はほどほど。
すらっとした体系。
異性的に惹かれるという理由ではない。
何故か、気になる。
「[人造生命]のフラスコはいくつもあるのに、すぐに彼の元に行くとは。本当に家族想いですわね」
「……彼?」
「一度目は生まれ、あの方が降臨されたすぐに破裂してしまった。二度目は魔法の連続使用に耐えきれず。三度目の正直というもの。元の形に囚われ過ぎていましたわ。考えてみれば魔法の耐久容量は男なんかよりも女の方が遥かに高い。でなければ母は皆、出産前に息絶える。ふたり分の魔力に堪えなければならないわけですもの。最初から器にする[人造生命]は女にするべきだったのですわ」
「なにを、言っている」
「喜んで下さいまし。すぐにもユリアス様の末弟が世界を支配するのですわ」
邪悪な笑い、姫君の本性を見た。
──嗚呼、末弟の言う通り人を陥れる獣の類である。
そして水槽の女性も瞳を開く。
我がドラゴネス王族と同じく綺麗な青色をした。
「おかえりなさいまし。我が神よ」




