【朝食】‐Breakfast‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】探偵の助手。職業:医者。
【ベルカーラ】アルバの婚約者。職業:剣士。
【ネネルカ】ベルカーラの専属メイド。
「──……アルバート」
ふにっという柔らかさと息苦しさで目を覚ました。
ベルカーラが俺の顔を抱いて眠っているようだ。
起こさないように抜けようとするが、[探偵]と[剣士]。
筋力があまりに違いすぎるためびくともしない。
微かな胸の隙間から呼吸をする。
「悪いが起きてくれ。死んでしまう」
「……ん」
少し強めにベルカーラの腕を叩くと、目を覚ましたのか力が緩んだ。
すぐさま顔を引き抜く。
酸欠に近かったため深く呼吸を吸う。
隣のベルカーラを確認する。
俺が急いで頭を引き抜いたせいか胸元のボタンが崩れて肌と下着が見えた。
一瞬凝視してしまったが寝ぼけたベルカーラの吐息を聞き、我に返り目を逸らす。
髪とお揃いの赤色である。
「おはようございます。アルバ」
「おはよう。よく眠れたか?」
「それはもう深く。長い夢を見ていた気分です」
「目が腫れている。泣いたのか?」
ベルカーラは自分の瞼を軽く撫で、「眠るとたまに腫れてしまうんです」と小さな声で呟いた。
そんなことより胸元を閉めてくれないと目のやり場が困る。
気付いているだろうになぜそんなに落ち着いている。
俺を人畜無害とでも思っているのだろうか。
「お腹がすきましたね。ネネルカとティファさんも起こして朝食にいたしましょう」
「敵国監視の為に作られた地下都市で食事を取れる場所が?」
「ええ。割と面白い料理が出てきますよ」
とりあえずお互いに着換えを済ませた。
俺はティファ、ベルカーラはネネルカ。
ふたりはひとり一室を使っているため各々迎えに行く。
「おはよー」──まだ眠いようでほとんど目を開けていないティファが小屋から出てくる。ちゃんと毛布を巻いている。
[亜人化具]は外しており[半妖精]の見た目に戻っている。
「ああ。朝食にするぞ」
「やった。ボクもうぺこぺこだよ」──相変わらず気の抜ける笑顔。
確かにお腹がぐうと鳴いている。
ティファを連れて指定された場所へ向かう。
この地下都市はだいぶ広く、王国から派遣されたであろう多くの工作員が生活している。
ステルス魔法を保有している[暗殺者][盗賊]などが多く、時折魔法省の制服を着ている[魔法使い]にもすれ違った。
よくもまあ、こんな人数がルガルアン帝国に見つからず生活出来ているものだと感心する。
彼等が飢えず敵国監視に集中出来るのはこの【地下屋台】のおかげなのであろう。
呼び名の通り完全に『屋台』だ。
花火大会の様な装い。
8つほどの屋台が円を描くように並び、中心に座って食べられる空間が用意されている。
「わぁ! すごいね」──まるで子供のように目を輝かせるティファ。
「最近広まった料理ばかりだな」
〝この世界は前世と食文化が全く違う〟。
どうやらそれは過去のものらしい。
──というのも異世界転生者の知識は記憶を盗むことの出来る種族[獏]によって独占されていたのだ。
しかし活発的に記憶犯罪を繰り返していた[獏]のひとりが最近捕まり記憶を持ち主に返すことに成功した。
現在その転生者たちは魔法省の保護下に置かれいる。
この食文化の発展も彼らの記憶が戻ったことに起因する。
「えーと。焼きそば。お好み焼き。タコ焼き。かき氷。りんご飴。わたあめ」
「おいおい、頼みすぎだ。あと菓子系はメインを食べ終わってからにしておけ」
「全部食べたいから半分こにしよ?」──上目遣い。計算か先天性の無自覚か。
「……仕方ない」
負けたわけではない。
前世の味をちゃんと再現出来ているのか確認したいだけ。
「付き合う前のやきもきする距離感な雰囲気じゃないっすか」
ひょこっと俺たちの間に登場するネネルカ。
ティファは昨日の夜、熟睡だったため初対面の相手に動揺する。
「お嬢様はもう用意出来てるっすよー。婚約者をほっといて他の女に鼻の下を伸ばしているなんていただけないっすね」
小声で『王族専属メイドになる夢を邪魔するようなら、第三王子のお気に入りでも容赦しないっす。ティファさん』とにじり寄る。
しかし相手はなんの話か理解できずきょとんとするばかり。
ふたりをほっといてひとり静かに座っているベルカーラの元に向かう。
「待たせたな。先に食べていて良かったのだが」──焼きそばを頼んだらしい。
「食事は大切な人と一緒というのが良いのです」
小さく微笑みかけられ、不器用ながらそれを返した。
帰ってきたネネルカはベルカーラの隣に座り、ティファは……。
屋台の男たちが手伝って無数の調理を運んでもらっている。
当の本人は手ぶらで。
いつもの事で驚きはしないのだが、この光景を知らないふたりは目を丸めた。
「【魅了魔法】の使い手? いえ、魔力の量を考えてそれに類する魔法道具所持者でしょうか。もしかしてアルバも」
訝しむベルカーラ。
料理が机の上に置かれる。
何故だかティファを手伝った男たちから殺気立った視線を向けられた。
「ありがと。助かったよ」──ティファがお礼を言うとデレっとした顔で仕事に戻っていく男たち。
それから何事もなかったかのように俺の隣に座った。
「それではじっくり話し合いましょうか。題して【ティファさんは本当にオトコノコなのか】」
「ババンッす!」
「またそれか。いいじゃないか【性別:男(?)】で」
「そこが怪しいではありませんか。謎を謎のままにしないのが[探偵]でしょうに」
「苦し紛れの言い訳にしか聞こえないっす!」──ふたりして『ねー』と首を傾ける。仲いいなお前等。
「ティファ。お前からも……」
議題に興味なくフランクフルトを口にほおばる[半妖精]がいた。
「あふふぁ。ふぉへもおいひぃひょ」
しかも俺にたこ焼きを差し出す始末。
いつものくせで「あーん」とひとくち。
それを浮気者でも見るかのようなふたつの視線。
──違う。そうじゃない。




