【休息】‐Save Point‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】探偵の助手。職業:医者。
【ベルカーラ】アルバの婚約者。職業:剣士。
【ネネルカ】ベルカーラの専属メイド。
転移先はドラゴネス王国がルガルアン帝国の行動を監視するために用意されたスパイたちの地下施設。
俺の魔力は広範囲なため解放し続けると居場所がバレてしまうが、転移到着ポイントに指輪が投げ込まれた。
受け取り、指にはめる。
「お帰りなさいっす。お嬢様。第三王子」
ベルカーラの専属メイド、ネネルカ。
まさにこの時間、この場所に転移すると分かっていたような完璧な位置。
怠け者のように見えてなかなかに優秀。
考えてみるとベルカーラの無茶にいつも付き合わされているだろうから、並みのメイドではない。
「それでそちらの方が……男性とお聞きしていましたが」──俺の背中に担がれたティファを眺めて不思議がる。
「説明が面倒だ。長くなるぞ」
「じゃあ結構っす」
そこまで興味ないとネネルカは首を振った。
「すまないが、ティファに着る物を」
「まるで下着っすもんね。言うて衣服の残りはないんすけど、毛布ならあるんでそれを巻いてくださいっす」
「ああ、助かる」
いつもならここでティファも感謝の言葉を送りそうなものだが、背中にぴったりくっついて寝息を立てている。
考えてみたらルパナが危険を知らせてくれてからほとんど睡眠を取れていない。
「アルバが来てくれて安心したのでしょう」──ベルカーラから嫉妬交じりの同情。
「謎はいくつか残っているが俺たちも休息するか」
「ええ。お義兄様の相手をしてどっと疲れてしまいました」
「激しく同意だ」──枯れた笑いがこぼれる。
熟睡しているティファをひとり用の小屋で寝かしつける。
さっきまで人質だったというのに随分と気の抜ける寝顔だ。
俺も休息をとる為に用意された小屋に戻った。
『Yes』と書かれた枕を抱きしめて待っていたベルカーラ。
上着類はハンガーにかけられて薄着。
『城から出たあの日、最後に彼女を見た時よりも遥かに魅力的に成長していた。美しい赤色の髪。凛とした表情。胸は……着瘦せするタイプなのだな。と思った。俺は欲望を抑えつけられず、彼女を押し倒す。それから熱いくちづけを──』
「ネネルカ。お前も休んでおけ」
「援護射撃はありがたいのですが、ふたりきりにしてくれると助かります」
『……了解っす』
屋根裏の気配が消えた。
と言っても護衛の仕事は放棄せず、近くにはいるのだろうが。
用意された一室はあまりに狭すぎるが、睡眠だけの空間としてなら十分だった。
俺も上着を脱ぎハンガーにかける。
それから何事もなかったようにベッドに横になった。
とにかく疲れている。今はもう眠りにつきたい。
ベルカーラも同じなのか枕をベッドに置き、隣で横になった。
ベッドの横に吊るされたランタンの火を消す。
肩が触れ合い、若干の熱を感じる。
「これまでの事を聞かせてはくれませんか? 私が登場しないアルバの冒険譚を」
「おっと。さては眠らせる気がないな」
「ええ。眠り物語を聞かせてくれないと、だめです」
ベルカーラは身体を動かし顔をこちらに向ける。
吐息が耳にかかり、少しこそばゆい。
確かにこれでは、眠れそうにない。
退屈な話を聞かせてベルカーラを先に眠らせる必要がありそうだ。
「お前の方が壮大な冒険譚を持っていそうだ。考古学者なんてまさに冒険小説の主人公じゃないか」
「いえ、私はただ決まった場所を掘っている。誰かが成すはずだったことを横取りしているだけに過ぎませんよ」
なにを言っているのか正直分からない。
ベルカーラは次々に[魔封石龍]の化石を掘り起こしている。
【魔法封じ】は彼女の特権と言わせるほどに。
彼女にはなんらかの察知能力があるのか、じゃなきゃ未来予知だ。
けれど【魔力なし】【パッシブスキルなし】の彼女にはどちらも不可能じゃないか。
ベルカーラの表情を確認しようと眺めると複雑な顔で微笑みかけられて、人差し指で頬を〝ふに〟と押された。
「仕方ない。お前が眠るまでファンタジー世界で探偵をしている道化者の冒険譚を聞かせてやろう」
「ティファさんとの出会いを事細かにお願いします」
「そのつもりだ。探偵と助手の出会いから物語は動き出すだからな」
「はーん、そうですか」──なにが気に入らなかったのか強く頬をつねられた。
それから今までの事を土産話のように語った。
[樹木の精]と親交を持ちこの世界にはなかった紅茶を再現した事。
[探偵助手]ティファとの出会い。
【魔法使い狩り】と呼ばれた影猫との対決。
原初の探偵との出会い、そして別れ。
事件の依頼でドラゴネス魔法学校に行ったことを伝えるとかなり驚いていた。
ベルカーラは魔力が無い為通っていないがなぜだか学校事情をよく知っている。
第二王子レオルドの婚約者リリーナに令嬢誘拐犯の疑い。
実の妹である第二王女イルミアとの再会。
記憶操作魔法を悪用し事件を複雑怪奇なものにした黒幕。
「そろそろ眠ってもいいと思うぞ?」──手強い。
「眠りたいのですが冒険譚があまりにも面白いので」
「【最強の[魔法使い]】を放棄してなにをしているんだと言われそうなものだがな」
「いいえ。アルバには好きなように生きて欲しい。才能を持って生まれたからといって他人の為に行使する必要なんてありませんよ。人生に『しなければ』なんてないんですから」
……まったく、こいつは。
ベルカーラの言葉にいつも甘やかされているような気がする。
「だとしても、もう眠い。寝なければ」
「そうですね。おやすみなさい」
ふたり同時に瞳を閉じた。




