【幕間】‐Beyond Good and Evil‐
【プレラーティ】ルガルアン皇帝のひとり娘。職業:錬金術師。
【ノーネーム】プレラーティが雇った殺し屋。職業:蟲使い。
【ユリアス】ドラゴネス第一王子。アルバの腹違いの兄。
職業:剣士。
「プレラーティ様。仕掛けた[支配蟲]との繋がりが消えました」
「お父様が亡くなったということですの?」
「いえ、そこまでは。ただ何かあったことは間違いないかと」
カーテンを閉め切った馬車に揺られ、向かいの席に座っている女性が不吉な言葉を吐いた。
紫色の髪にずっと寝ていないんじゃないかと思う程に目の下のくまが濃い。
虫を連想するような奇抜なファッションに蜘蛛のようなマスクで口元を隠している女性。
[種族:人間][職業:蟲使い]。
名乗らないため【ノーネーム】と呼んでいる。
私は彼女にお父様の暗殺を依頼した。
ちゃんと専門職である[暗殺者]に依頼しても良かったのだが、すぐに死なれては困る。
目的を達成し、お父様が完全に要らない者となった時に無様に死んでほしいから。
だと言うのに彼女が仕掛けた寄生蟲が消えた。
[聖職者]の魔法で治せる類の病ではないため治療されたという事ではないだろう。
考えられるのはお父様の死。
戦闘に敗れた、とか。
「まあ、余命もほとんどなかったことですし少し早まった程度焦る必要はありませんね。どうせなら最後に苦しむ顔を見たかったですわ」
「随分と恨んでおられますね。……虐待でも」
「まさか。蝶よ花よと愛でられて育ちましたとも。お父様は私に飼いならされていることを最後まで気付きませんでしたけど。それでも手塩にかけた家畜の死に目は見届けたいものでしょう?」
「──……」
なんて冷酷な女なんだ。
そう思われた気がする。
仕方ないじゃない。
殺し奪い続いてきたルガルアン帝国の娘だもの。
野蛮な男共が作った野蛮な国。
強くなければ迫害され、ずる賢くなければ食い物にされる。
世界は弱肉強食。
だから私は誰よりも冷酷にずる賢く生きてきた。
足りないものはシンプルだった。
〝力〟──戦争狂いの男共が付き従えるほどの。
ドラゴネス第三王子の婚約者候補に名乗りを上げたのだってそれが理由。
しかし奴は振り向きもせず、自国の【魔力なし】の令嬢を選んだ。
しかも社交界にも出てこなかった化石令嬢。
どれ程の屈辱だっただろうか、数年経った今でも言い表せないこの怒り。
恋心によるものではない。
永遠の命。美貌。宝石。男。
お金で手に入る物。入らない物。
私の野心が世界を欲しいと言っている。
そのためにも【最強の[魔法使い]】アルバート・メティシア・ドラゴネス第三王子が必要なのだ。
誰かの物になるなんて、許せない。
その前に、壊さないと──。
「それにしても残念ですね。第三王子が牢から逃げ出してしまうなんて」
「本当に。あの化石令嬢ベルカーラ・ウェストリンドのせいですわ。王子様の救いを待つお姫様かと思いきや、とんだケダモノじゃありませんの。私の[人造人間]が使い物にならないなんて、新しい子たちを造って今のは全部廃棄しましょ」
「全部、ですか? まだ利用価値はあると思いますが。歩兵とか」
「最上級の物しかいりませんの。私がいらないものが世界にあり続けるなんておかしいと思いませんこと?」
「……なるほど」──深く頷く。
その言葉は自分にも向けられているとちゃんと分かっているようだ。
「ですが牢の一件はなんの成果もなかったわけではありませんわ」──ドレスの裾から一本の釘。
「牢の劣化で外れてしまった釘ですか?」
「ええ。アルバート様が鍵を外す為に使ったと思われますの。その時、彼の唾液が付着した」
頬を赤らめ眺めているとノーネームの『うわぁ』という心の声が聞こえた。
違う。唾液フェチの変態とかではない。
言い訳する間もなく、馬車が止まった。
城の前に到着したのである。
ノーネームには暗殺と護衛を依頼。
けれどお父様の件もある為、人目がある場所では一緒に行動しないようにしている。
「それでは、用がありましたら[呼び蟲]をお使い下さい」
ノーネームは小さくお辞儀をすると、身体が崩れ始めた。
彼女の形をしていたそれは蟲の群衆に変わって、馬車から出ていく。
「何度見ても鳥肌ものですわね」
蟲が完全に出て行った事を確認してから馬車の扉を開けた。
もう朝日が差し込んでおり、カーテンを閉め切った空間になれた目はその眩しさで開けられなくなった。
「待ちわびたぞ。ルガルアン帝国の姫君!!」
その場が揺れる程の大声。
目だけではなく耳まで潰された。
「その声は、ドラゴネス王国第一王子ユリアス様」
次第に目が光に慣れてきてぼんやりながら状態を把握する。
我が【敵兵知らずの鮮血処女城】が蹂躙されていた。
ユリアス様の魔法であろう無数の剣が地面に突き刺さっており、激しい戦闘があったのはたしか。
しかもユリアス様の聖剣【英傑なる聖処女】には血が付いている。
この惨状に、お父様の寄生蟲の消失。
考えるまでもない。
「……お父様を殺したのですか?」
「ん? いや、違うが。父君にはまだ対面してもいない」
「ならこの惨状はなんですの?」
「ああ! そういうことか。すまないすまない。兄弟喧嘩が白熱してな。帝国を荒らすつもりは全くなかったのだが」
「であれば、その血は」
「末弟の物だな。逃げようとしたものだから喝を入れてやろうと思ったのだが、なかなか際どく斬りつけてしまった」
それを聞いてすぐさま走ってユリアス様の元に駆け寄る。
ハンカチで彼の聖剣に付いた血を拭った。
「大切な聖剣が錆びてしまわれますわ」
その行動に感動したのか、瞳をうるませるユリアス様。
「感謝する! やはり優しい姫君ではないか。末弟め」
──予想外ではあったけれど、欲しい物は全て揃った。
ようやく貴方に会えますわ。
今度こそ、完全な貴方に──……。




