【長男】‐Eldest Son‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】探偵の助手。職業:医者。
【ユリアス】ドラゴネス第一王子。アルバの腹違いの兄。
職業:剣士。
──【ユリアス・グレンデル・ドラゴネス】。
ドラゴネス王国の第一王子であり、正義感の塊。
しかも一人称が『兄』である変わった男だ。
SSランクの[剣士]のため俺より魔力量は劣るが……常時発動技能[正々堂々]は『一対一の戦いにおいて片方が強化魔法を使った場合、相手にも同じ効果が付与される』というもの。
つまり強化魔法を使っても戦いを優位に進めることが出来ない。
しかもユリアスの装備、の聖剣【英傑なる聖処女】は──。
「【時間停止魔法】」──時間が止まった。……かのように思われた。
斬撃が飛んできたため、ティファを抱えたまま後ろに引く。
「卑怯だぞアルバート。時間停止は正々堂々ではない」
初見の[魔法使い]ならば状況把握するのに必死で頭の中が真っ白になるような場面だが、俺は今起きたことの原因を分かっている。
パッシブスキルではなく、聖剣によるもの。
『一振りすることで相手が魔法詠唱する寸前に戻る』。
基本時間は現在か未来にしか進めない、時間を戻すことは魔法学においての禁止事項でありもし過去に行こうものなら自分の知る過去はなく、別の世界が再構築されてしまう。
【英傑なる聖処女】は『魔法が発動しなかった〝もしも〟の数秒前』に移動出来る。
難しい事を抜きにして簡単に説明するのであれば、[魔封石龍]の化石と同格の[魔法使い]殺しの聖剣。
「お前がその聖剣を振るたびに多元宇宙は増え続けるんだがな」
「む。良く分からない言葉を使って動揺を誘おうと意味はない。頭脳比べの勝負など最初から受けるつもりはないからな」
「ああ。知っている」
あまりに相性が悪すぎる。
魔法も舌戦もユリアスの前では無意味だ。
「あのさ、アルバ。そろそろ下ろしてくれても大丈夫だよ?」
抱えられているティファが恥ずかしそうに言う。
確かに戦闘には不自然な光景かもしれない。
「裸足だからな。石を踏んだら泣いてしまうだろ」
「そ、そんなことないもん!」
「どうだろうな」
「……多分」──地面の凸凹を確認して自信なさげに呟いた。
恥ずかしがっているティファには悪いがこの状態がいいのだ。
別にティファの身体の感触を嗜んでいるとか変態紳士的な理由ではない。
[正々堂々]を信条にしているユリアス相手には、この不利は武器だ。
さっきの斬撃を外したのだってティファの事をおもんばかってのことだろう。
そこに正義があると確信しなければこの男は誰も傷付けない。
じゃなきゃ運動神経が悪い俺が強化魔法もなしに[剣士]の攻撃を避けられるわけがないのだから。
卑怯だろうか、いいや。これが知恵を使った戦いなのだ。
「少なくとも〝おんぶ〟にしてくれないかな?」
「確かに。その方が助かる」──もう腕が限界である。
ティファをおんぶしている俺に対して全身オリハルコン製装備で聖剣を構えるユリアス。
これでは対等ではない。
苦虫を噛み潰したような顔になった。
「変わってしまったのだな。人質を使って兄の戦意を削ごうとは。昔の末弟ならばそんなことは絶対にしなかった」──多分、していた。──「信じたくはなかったが、お前が町を消失させ神父を殺害したという噂に真実味が帯びてしまった」
どういう情緒か全く掴めないのだが、悲しみの涙を流した。
嗚呼、暑苦しい。
「その事件の首謀者はおそらくプレラーティだ」
「そんなわけないだろう! 帝国の姫君が自国の民を苦しめたなどと、よく言えたものだ。家族を捨てただけでなくそこまで薄情になったのか。やはり制裁だ。兄制裁が必要だ」
「神父はいつも首に鍵をかけていた。身に着けていた時点で第三者には知られてはいけない扉の鍵だろう。孤児たちを虐待する部屋のものだったかもしれないし、戦争好きなルガルアン帝国を見張る為の地下都市への鍵だったかもしれん」──孤児たちの記憶がいじられている時点で確かめようがないが。──「後者であるならプレラーティの動機に成り得る。裏切者の神父と地下にいる大勢の敵兵を殺めることが出来たのだからな」
平地にしたのは敵を生き埋めにするためだろうか。
「……やはり分からん! 理解出来ん!! とりあえず分かることはそんな芸当が出来るのは末弟しかいないということだ」
「随分と信頼されているものだな」
魔法以外にもミステリーが通用しない相手がいたようだ。
それは脳筋。しかも兄。
「我は長男。家族を正義に導く者。変わり果てた末弟に愛の制裁を──【剣の雷雨】」
その場を埋め尽くすほど数の黄金の剣が宙に現れる。
全てが俺に標準を合わせていた。
「無実の者まで傷付けるつもりか?」──背中のティファに視線を移させる。
当の本人は宙に現れた黄金の剣の神々しさに目を丸めて固まっていた。
「兄が知るアルバートが少しでも残っているのなら、彼女だけは自分がどうなろうと守り切るはずだ」
……無意識ドS野郎がッ!!!
「兄、制裁執行」──聖剣で地面を叩き音を鳴らす。
一斉に無数の剣は向かってくる。
「【能力向上】【速度向上】【防御力向上】【斬撃無効】」──強化魔法てんこ盛り。
攻撃魔法で全て薙ぎ払いたいところだが強化魔法以外はことごとく聖剣によって不発にさせられてしまった。
「どうだ、無傷。満足だろ」
珍しく息が上がっている。
「いいや、残念だ。ふたり共無事なのは違う。彼女を守って、末弟は地に伏せているべきだった」
「自己犠牲フェチかよ」
「正義のあり方を叩き込まなくては。それが長男たる兄の義務だ」
聖剣を携えて少しづつ近づいてくる。
いっそのこと、一撃喰らえば満足してくれるのだろうか。
執着されないのであれば、それもやぶさかではない。
静かに瞳を閉じる。
「良い覚悟。それでこそ兄の弟だ」
「倒しなさい、アルバ。理不尽を受け入れるヘタレを婚約者にした覚えはありませんよ」
──戦闘不能に伏せていたはずのベルカーラの声がした。




