【唐突】‐a bolt from the blue‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】探偵の助手。職業:医者。
【ガルルク】ルガルアン帝国の皇帝。
【妖蟲感染症】──[支配蟲]を吐き出したガルルクは体力を消耗したのか眠りについてしまった。
戦争の抑止力として敵視している俺が目の前にいるのになんて心地の良い寝顔をしているのだろうか。
もしかしたら随分と前から痛みに悩まされていたのかもしれない。
「吐き出された物は幼虫とは思えなかったが[支配蟲]は身体を支配するまで成長する前に寄生者に気付かれないものなのか?」
「幼体は気付かれないと思うけど、それなりに成長したら寄生者はかなり痛いはずだよ。普通は発熱をともなって動けなくなる。ガルルクはかなりの鈍感か、痛みに強かったんだろうね」
「それか、意図的に意識させないようにしていたか。戦いや夜の営みで気を紛らわしていた」
「なんのために? 帝国程の国なら腕のいい医療職はいくらでもいるだろうし、痛みを放置する必要性を感じないよ」
「本人じゃない。他の誰かの可能性だ。聞きたいんだが【妖蟲感染症】の滞在期間は調整出来るものなのか?」
「うーん、感染した蚊とかに刺された場合になる病気だからね。[蟲使い]の魔法じゃない限り難しいんじゃないかな? ……それにしても、[支配蟲]に寄生されるなんて珍しいよね。流行病になっていたのも数十年も前だし、その頃は発症したら燃やされたりしてたからすぐに感染は収まったらしいし」
[蟲使い]なら可能か。
戦争を食い止めたい他国の仕業かもしれないが。
俺は寝室に集められたガルルクの妻たちに視線を向ける。
四人。皆[亜人種]。年齢はまちまち。
視線が合うと怯えたように小さくなった。
「……痛みを忘れるために夜の営みに精を出していた割には子供はプレラーティのみか。彼女の母親は誰だ?」
「姫様の母君は姫様を生んだその日に亡くなっております」
「ガルルクの相手はお前たちだけで?」
「は、はい」
「なるほど。兵士になれるのは男のみ。古びた男性優位社会を築いてきたルガルアン帝国の皇帝が息子を作らない理由がようやく分かった。作れなかったわけか」
「さっきからなにを言ってるの? 失礼だよ」
「こいつらは全員〝人造生命〟だ。生命の模造。生殖機能は持ち合わせていない」
魔力を見たら一目瞭然である。
あのいけ好かない高飛車お嬢様と同じものを感じる。
皇帝に自分が精製した人造生命をあてがい、世継ぎを生ませないようにしたのだろう。
それは自分が皇帝になる為に?
だったら[支配蟲]を寄生させたのもプレラーティではないだろうか。
【妖蟲感染症】で死ねば、誰も疑わずルガルアン帝国は彼女の物になる。
「しかし何故今なんだ」
かなり手の込んだ代変わりだ。
計画的犯行。
[支配蟲]の発症タイミングに何か仕組んでいるはず。
ルガルアンの民は威厳とか誠実さと言うよりも力に従う。
少なくとも研究職[錬金術師]に忠誠を誓うとは思えない。
彼女が皇帝の座に着こうと、すぐに自分の方が相応しいと反逆者が現れるだろう。
ガルルクが必要なくなる……他の後ろ盾を手に入れた?
それは誰だ。
魔法耐性持ちの人造生命の兵士たち。いや、十分じゃない。
──魔力量【神種領域ランク】の[魔法使い]。
仮面を着けた謎の人物。
「アルバ?」──ティファが顔を覗く。
「ああ、悪いな。考えごとに没頭して──……なんだ?」
城が揺れた。
巨大な砲弾でも撃ち込まれたような音を鳴らして。
急いで寝室の窓を開いて外を確認する。
……そこには城にめり込んだ俺の婚約者。ベルカーラがいた。
服はかなりボロボロでところどころ破れてしまっている。
擦り傷もかなり。
何故そんな事に? そんな言葉が喉まで出かかったがベルカーラの視線の先を確認して全てを理解した。
城の最上階からでも確認出来るほどのオーラをまとった人物が城の前に。
整えられた綺麗な金髪にSSランクの[剣士]に相応しいキリっと凛々しい顔立ち。
白い馬にまたがった全身オリハルコン製装備。
武器はドラゴネス王国に代々引き継がれてきた戦乙女の聖剣【英傑なる聖処女】。
「あれってもしかして……第一王子。アルバのお兄ちゃんだよね?」
まごうことなき【ユリアス・グレンデル・ドラゴネス】である。
兵士も連れず単身で帝国に?
──という事は置いておくとして(奴の性格上なにもおかしい事はない)、ベルカーラはユリアスとどういうわけだか戦闘し敗北。
かなり強力な一撃を喰らって吹き飛ばされてしまった。
「まずいな。目が合った。面倒だが、会いに行くぞ」
「え。逃げないの?」
「そうしたいのは山々なんだが、『逃げる』という選択はユリアス相手じゃ愚策だ。騎士道精神の塊だからな。卑怯なことをしようものなら地獄の果てまで追いかけて来るぞ」
「……本当にアルバのお兄ちゃん?」
疑うような視線を向けられた。
まるで俺が卑怯者みたいな言いぐさじゃないか。
ティファの腰を抱き。──「【転移】」──ユリアスの目の前に登場する。
ネグリジェ姿の美少女♂を抱いた弟を目撃して一瞬目を丸めたが、涙を浮かべて満面の笑みを見せた。
「久しぶりじゃないか。アルバート!! 兄はどれほど心配だったか」
「帝国に何の用だ?」
「末弟の無礼を詫びにな。兵を連れてくるのは友好関係としてどうかと思い兄ひとりだ。聞き分けの悪い部下も多かったが稽古をつけて大人しくしてやった」
常識人に見えるのだが、ユリアスは兄弟の中で一番頭のネジが外れている。
直訳すると『部下はユリアスの事を心配して止めようとしたが全員ぶっ倒した』になる。
「謝罪の覚悟をさせたようで悪いが、町消失の件に俺は一切関わっていない」
「言い訳無用。兄弟仲良く皇帝に頭を下げよう! 正直に言えば許してくれるさ」
「だから俺は──」──言葉を発しようとしたが、ユリアスの威圧に止められた。
はあああぁぁぁぁぁぁ。
響き渡る深いため息。
「相変わらず聞き分けの悪い末弟だ。反省が見られない」──白馬から降り、聖剣を構える。──「兄、制裁執行」
「──……脳筋め」
昔から俺はこの男が嫌いだった。
まさに〝正義〟という理不尽の体現者。
しかも俺はこいつに戦闘で勝ったことがない──。




