【紅茶】‐Tea‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
俺は生粋の紅茶好きである。
探偵と言えばイギリス。イギリスと言えば紅茶。
意識していないわけではないが単に口に合う。
ただこの世界は前世と食文化が全く違う。
紅茶と似たものでいうと[毒消草]を刻んで入れた白湯があるが味は生姜湯に近い。
どうしてもこの世界でも紅茶が飲みたい俺はまず[樹木の精]と親交を持つことにした。
『ツバキ科チャノキかアッサムチャのような木』を探したがなかなか見付からない。
見た目もまるで違うし、植物系のモンスターまで生息しているから捜索もひと苦労だ。
様々な樹木の葉を乾燥させ、紅茶まがいを作り続けていくと少しずつだが理想の味に近づいていくのが分かった。
最初は訝しげに見ていた[樹木の精]も紅茶まがいを飲ませてみたところやけに気に入り研究に協力的になってくれたのである。
紅茶研究の資料を共有する条件としてこの先も樹木の葉を自由にむしって良いと許しが出たほどだ。
「おい役立たず共! なに俺たちだけ戦わせて楽してやがる!」
「ちょっ、[小鬼]が3匹も来たんだけど!」
「こっちには[沼の怪]が5匹だし! じじぃ、強いんならなんとかしろよ!」
「うわ、きもっ! よだれ付いた、この装備おきにだったのにぃ!」
[剣士]レリックと[魔法使い]の取り巻き娘たちに戦闘を任せて、他は休憩に入る。あの様子なら15分は休めるか。
ティファは気が利くことに毛皮の敷きマットを用意してくれていた。──巨大なリュックサックに薬草だけならどうしようかとも思ったが実用品も入っているようだ。
比べて俺はかなり軽装。
ポーチが腰回りにひとつ。その中には【紅茶の茶葉】【水】【味変に使うもの】【自家製のティーポット】【使い捨てのコップ】【アルコールランプのようなもの】──アルコールの代わりに[火蜥蜴]の体内ガスを使っているため火力が強くすぐにお湯が沸騰する。しかもマッチなどは使わず蓋を開けたら勝手に火が付く。
つまり俺の所持品は『紅茶セット』のみなのである。
お湯を沸かし、ティーポットに紅茶の茶葉を入れ3分ほど蒸らす。
程よく色が付いたら交互に少しずつコップに注いでいく。濃さが均等になるように。
紅茶は焦らず、素早くが鉄則だ。
「──……美味しい」──最初に感想を述べたのはティファ。とても質素なものだが、これほど嬉しい言葉もないだろう。
「こんな優雅な飲み物に出会ったことがない。感謝を」
「ちょっとノラには苦いかも」──これだから子供舌は。素材本来の味を楽しんで欲しかったが仕方あるまい。砂糖とミルクを追加する。──「うままっ! これ世界一美味しい飲み物だと思うの!」
流石は[毒消湯]を飲み続けている世界の住人というか、舌がちょろすぎる。
まあ、紅茶が世界一美味しい飲み物であることに異論はない。
「これは、乾燥させた葉っぱか。一体なにを使ったのだ?」──ガノールフはティーポットの蓋を開けて観察する。
無数の樹木の葉をむしり続けてようやく得た答え。
容易く教えて良いものか。ああ、構わん。紅茶をこの世界に広めて発展させてもらわなくては。
「[ロートスの木]だ」
ティファとガノールフが紅茶を吹き出す。
ノラはふたりの行動の驚き、俺に状況説明を求めるように視線を向けてきた。
「……[ロートスの木]って。あの? 生った果実を食べると目的も生命力も失って無機質になってしまうっていう!?」
「ああ、あの[ロートスの木]だ。やはり薬草研究してるだけあって植物には詳しいな」
「これは、飲んでよいものなのか?」
「当たり前だろ」
[ロートスの木]。
悪漢に襲われ、その辱めを苦にして命を断った女性を哀れんだ女神が彼女を木に変えて永遠の命を与えたと伝えられる。
その木の下で眠りにつくと美女に寝かしつけてもらっているような高揚感を得られるそうだ。しかし木に生った赤い果実を一口でも食べてしまえば全ての事柄を忘れ、生きる気力もなくす。最終的に木の肥やしになってしまう。
危ないのは果実だ。葉ではない。
だというのに毒でも扱うように紅茶を遠くに置くティファとガノールフ。
「……紅茶の良さが分かるのはお前だけか」
「ノラはこれ気に入ったよ。毎日でも飲めそうなの」──ミルクティーではあるものの俺の同志はこの幼女しかいないようだ。とりあえず紅茶で乾杯しておく。使い捨てのコップであるから鈍い音しか出ない。
「もう少し、お前の父親のことを知っておきたいのだが良いか?」
「ミルクティーのお礼になんでも答えるの」
「名前は?」──「両親が付けた名前じゃないらしいけど【ヴィドック】なの」
「……偽名を名乗っていた、ということか」──「知らない。パパは作り話が好きだったから」
「なぜ冒険者をしていた?」──「えっと」──「冒険者は苦労の割には金にならん。地下迷宮ではともかく、死亡率も高い。家族がいる奴は少なくてな」──「パパは【言語研究】をしていたの。依頼をこなしながらの方が都合が良かったみたい」
【言語研究】。
それは魔法詠唱などに関連した学問である。
言葉によっては魔力を乗せやすいものであったり、逆に効果を弱めてしまうものがある。
研究の果てにはほぼ無詠唱にだって出来てしまうかもしれない。
「言語学者がこんな初心者向け地下迷宮になんの用があった? 受けた依頼は【貴重道具の回収】、入手確率はどうなっている」──「情報屋組合に聞いてみたら0.02%で最下層にある宝箱でしか出ないみたい」
「その貴重道具というのは?」──「『たぶん記憶操作系?』って言ってたの」
「初めから長期戦になると分かっていたはずだ。……何度もここに来る必要があり。怪しまれないように依頼を受けたと考えるべきだな」──「いったいなにをする為に?」──「[魔法使い]は自分の研究テーマにしか時間を削らない。つまり『言語』に関係したものだろう」
「そういえば、この地下迷宮の5階層には【誰にも読めない文字で書かれた石碑】があった気がするな」
──答えを提示したのは俺たちの会話を興味深そうに聞いていたガノールフだった。