【寄生】‐Parasite‐
「──……ドラゴネスの王子」
俺の姿を確認すると、ガルルクは激昂して襲い掛かってくる。
ティファはその反動で飛ばされたがベッドがかなり大きいこともあって無事に着地した。
健康な赤子くらいの大きさはある拳が向けられた。
「【探偵を亡き者にした不条理に裁きの鎖を】」──異次元から出現した無数の鎖がガルルクとその妻たちを拘束する。
「く!?」
「落ち着けよ。皇帝の威厳を示すならもっと考えて行動しろ」
「テメェは牢に送ったはずだ。どうして」──手でアヒルのような形を作るとガルルクの口が塞がった。
「俺を拘束したいなら[魔封石龍]の化石を使った牢獄を用意するんだな。もっとも、王国の魔法省にしか存在はしないが」
恨みのこもった視線を送られる。
だが身動きも塞いだし、口も閉じた。
今のガルルクは飼いならされたチワワよりも脅威ではない。
ティファに視線を向ける。
肌の見える露骨なネグリジェ姿。
心配していたようなことはまだ行われていなそうだ。
「無事か? いや、聞くのは野暮だな。元気そうでなによりだ」
「アルバぁ。遅いよ」──急に肩の力が抜けたのかへにゃっと笑う。
「とりあえずここから逃げるぞ。こいつの娘プレラーティに気付かれたら面倒だ」
手を差し出す。
ティファは一瞬その手を取ろうとしたがガルルクを見てから小さく首を振る。
「彼を置いてはいけないよ」
「は? なにを言っている」
「【妖蟲感染症】。蚊などの吸血生物によって感染する難病。放っておいたらすぐに悪化して死に至る」──妻たちから不安の声が上がったが、ティファは安心させるように優しく笑いかけた。──「人から人へは感染しないよ。輸血とかなら例外だけど……夜の営み程度では大丈夫」
「この国の[聖職者]に任せれば良いだろ」
「回復魔法じゃ治せない。これはボクがやるべきなんだよ。……でも手術道具が入ってるいつものリュックサックが帝国軍に奪われちゃって」
上目遣いをされてしまう。
欲しい物を願る子供のよう。
「この男は戦争をしたくてしょうがない悪逆皇帝だ。ここで死んでくれれば世界の為になる。お前が治してしまったら未来にこの男が奪う命は全てお前の責任になるんだぞ?」
「正義だとか悪だとか関係ないよ。どんな命だって奇跡なんだ。[医者]はそれを守る為に行動しなくちゃいけない。それにアルバだってそうでしょ? 命を軽んじたらミステリーは成立しない。ガルルクを助けたいんじゃない。キミの大切な物を守りたいんだ」
指をぱちんと鳴らす。
「うわっ!?」──頭上に巨大なリュックサックが現れ、ティファを押しつぶす。
「勝手にしろ。責任は一緒に背負ってやる」
「ありがと」
共感してくれたのが嬉しかったのか幸せそうな表情を浮かべる。
魔法が存在する世界で[探偵]は存在し得ない。
ミステリーの鉄則も犯人との駆け引きも魔法と言う存在が鼻で嗤って道化事にしてしまうから。
けれどティファはそれを守ろうとしてくれている。
風が吹けば飛んでいくような俺の正義を──。
なら俺だってティファの無謀にとことん付き合うしかあるまいて。
「どうやって治療するつもりだ?」
「まずは妖蟲の種類だけど腕の出血班を見るに[支配蟲]の中期症状かも。でもすごい痛いはずなのによく動けるよ」
「戦闘の痛みに慣れ過ぎて不感症なのかもな」
「悪化すると[支配蟲]に脳や身体を操られて自死させられてしまう。その死体を栄養にして成虫になるんだよ」
「聞いただけでも鳥肌なんだが」
「でもこれならぎりぎり治せると思う」──リュックサックを開いて様々な材料を投げ出す。──「メインはキノコモンスターの王道[茸獣]。他薬草を調合する」
材料を手で練って、丸めて。
黒い薬の玉が出来上がった。
鬼国には[応声蟲]という【妖蟲感染症】が流行ったことがあったそうだ。
死に至る病ではないのだが腹の中で妖蟲が話し続けるという奇病。
治療法は竹に寄生する茸を食べさせることで患者は妖蟲を吐き出したらしい。
ティファは急いで薬の玉をガルルクの口に入れた。
口を抑えるがガルルクは飲み込まない。
敵の施しは受けないと言わんばかりに。
「このままじゃキミの命はない。だから飲んで」
瞳をまっすぐ見る。
この場面にタイトルを付けるとしたら『美女と野獣』……いや『美少女♂と野獣』か。
ティファの綺麗なオレンジ色の瞳に見惚れたのか、誠意が伝わったのかガルルクはゴクリッと薬を喉に通した。
「──────っ!?」
暴れ出す。
「大丈夫。[支配蟲]が苦しんでる。ちゃんと効いてるよ」
不感症かとも思ったがガルルクは痛みに苛まれて身体を振る。
ありえないことだが【探偵を亡き者にした不条理に裁きの鎖を】が壊されるんじゃないかと思える程の暴れっぷり。
「がはっ!!」──口から何かが吐き出される。
ティファは「あわわわわっ」と嘔吐物に消毒液を巻くと、妖蟲の形をしていたそれは悲鳴を上げて溶けていく。
「……超弩級のトラウマだ」──B級ホラー映画を観てる気分。
「ボクも」
形容しがたいそれを眺めてふたりして顔を青ざめた。
多分フグみたく口を膨らませている。
それからティファはガルルクに微笑みかけて。
「よく頑張ったね。色々と不調点はあるだろうけど、他は[聖職者]でも治せると思うからボクはここまで」
「お前こそ、よくやった」
ティファの前に拳を出す。
「えへへ。どんなもんだい」──こつんと拳を合わせた。




