【診断】‐Diagnosis‐
[数刻前]──ティファ。
アルバと引き離されたボクは現在……お風呂に浸かっている。
帝国の使用人さん達に取り押さえられ、衣服をはぎ取られ([亜人化具]だけはなんとか守りきる)、お風呂に投げ入れられた。
身体を洗われそうになったけど、自分で出来ると断った。
どうしてお風呂に入れられているのだろうか。
敵国に密入国しているわけだからすぐに牢に入れられて罰せられると思っていたけど。
アルバと別にされた理由も分からない。
「無事かな……」
アルバの事だからなにかしら知恵を絞って脱獄するとは思うけど、やっぱり心配だ。
クールのように見えて抜けているところがあるんだよね。
「あふぅ」──緊張感を持たないといけないのだけど、やはり湯の力には逆らえない。
〝お風呂〟と言っても探偵事務所の狭い物とは大違いで30メートルはある大浴場で、狼の石像の口からお湯が出ている。
しかも湯には色が付いており、肌に馴染む。
「この匂いはニュンペーの森の薬草。なるほど。湯に回復効果を付与させているんだね」
ルガルアン帝国は他の国に比べてお風呂文化が盛んとは聞いていたけど、地下迷宮の回復地点である[やすらぎの泉]のような役割をしていたとは。
戦争で傷付いてもお風呂に入るだけで全回復して、すぐに次の戦争に迎えるわけである。
ボクを回復させて皇帝はなにを考えているのだろうか。
……万全な状態にさせてボクと決闘したいのかな?
いやいや、どう見たって華奢だし戦闘要員じゃない。つまり皇帝好みの決闘相手ではないはずだ。
疑問ばかりが増えていく。
──という問題はさておきお風呂×薬草。
アルバが絶体絶命なこんな時だけど、ご満悦である。
良くないと分かっていながらにやけてしまう。
『身体は正直』とはきっとこのことだね。
こんな素敵なお風呂に毎日浸かれたらどんなに幸せなのだろうか。
「えへへ、お肌すべすべー。シャンプーもいい匂い。……くぅ。最高ぅ」
しかも広すぎるから泳げる!
あ、奥の方は深さが違う。
立ち湯だ。
「ティファ様。ガルルク皇帝陛下の〝ご用意〟ご整いましたので服を着て寝室までお願いします」
「え。あ、うん。分かったよ」
[兎亜人]の使用人さんが丁寧にお辞儀する。
それにボクも返した。
名残惜しいけどお風呂からあがり、脱衣室で服を………………ない。
ボクの服がない。
代わりに用意されているのはひらひら薄生地のネグリジェ(ワンピースのような寝間着)だけ。
薄オレンジ色をしている。
仕方がないから着用し鏡の前へ。
……うん、可愛い。
肌が透けて見えるのが少しえっちぃ気もしなくもないけど、可愛い。
回ってひらひらさせる。
「お早く。皇帝陛下は気が荒いので待たせるのはティファ様の為にもならないかと」──なにをもたもたしているのだと脱衣室の外から使用人さんの声。
髪はなまかわきだけど駆け足で出る。
それから使用人さんは何も言わず歩き出したため着いていく。
城の構造を知っているからか、日常的に急がされているのか使用人の歩く速度はかなり早い。
小走りしないと置いて行かれてしまう。
「えっと、なんで寝室なのかな?」
「殿方に寝室に呼ばれたのですからやることはひとつでしょう。これはティファ様にとって最後のチャンスなのです。気に入られたら少なくとも命は助かります」
……話し合いってことだよね?
上手く交渉出来ればアルバを解放してくれるかもしれない。
「寝室です」──使用人は部屋の前に立ち止まり頭を深く下げる。それから耳打ちするように。──「同族として、くれぐれもミスのないように願っております」
ああ、そうか。
この使用人さんだけ気を遣ってくれているように思えたのは、ボクが現在[亜人化具]で[兎亜人]になっているからか。
騙しているようで少し心が痛んだ。
「ありがと。頑張るよ」
お礼を込めて、全力で笑って見せる。
そして交渉の為に寝室の扉を──……。
部屋に漂う怪しげな雰囲気。
ピンク色の煙、これは魅了魔法に長けている[淫魔]の体液を加工して作られた【発情香】というもの。
巨大なベッドに腰掛けたギザギザした歯で、豪快な体毛。まさに野生児。
皇帝【ガルルク・ルガルアン】。
周りには彼の妻たちと思われるネグリジェ姿の女性たち。
……うん。知ってた。
結局こういう展開なわけですよね。
「遅ぇじゃねぇか。オレ様を待たせるたぁ良い度胸してやがる」
「ボ、ボクは〝オトコノコ〟だよ!?」
「ああ。そいつは聞いてる。美味けりゃ、そんなのは些細な事だ。いつまで突っ立てやがる。まずはマッサージしてもらおうか」
絶体絶命。
固まっているボクの背中を女性たちが押した。
ベッドにうつぶせに寝ころぶガルルク。
背中だけでもボクの全身3倍はあるかもしれない。
「おい。本気でやれ。全体重を込めて、殺す気でやっても構わねぇ」
「だってキミの筋肉固すぎてボクの指が折れちゃうよ!」
「がはは! クチはうめぇみてぇだね」──いや、褒め言葉じゃない。
仕方がないから裸足でガルルクの背中に乗る。
少しは心地いい吐息が漏れた……けど、呼吸の音に違和感が。
しかも左腕に大きな出血班。
ニュンペーの森の薬草は大抵の傷や病気が治せる。お風呂をいつでも使えるガルルクがこの症状。
「──【妖蟲感染症】」
「あん?」
「この国の医療班はなにをしているのかな!? ここまで悪化するまで何の処置もしないなんて」
「おいおい、なに必死になってやがんだ。本番はまだ──」
動こうとするガルルクを押し倒す。
「病人絶対安静っ!!!!」
「……テ、ティファ。何を???」
聞き馴染みのある声。
振り返ると複雑な表情を浮かべたアルバがいた。
良かった、元気そうだ。
アルバの顔を見たら冷静さを取り戻した。
そして現状を整理する。
肌が透けて見えるネグリジェ姿で皇帝ガルルクにのしかかっている。
まるでボクが襲っているみたいだ。
「いやこれは、違くて。──全然そういうのじゃないから!!」
【開幕/閉幕/幕間】以外で初めてのアルバ以外の語り。
……ティファだから例外──のはず。
次回[治療回]!!




