【修羅場】‐Pandemonium‐
ルガルアン帝国の動向を監視するために作れた地下施設。
帝都にスパイ施設を構えるなんて王国もなかなかに肝が据わっていると思う。
その地下施設に建てられた休憩所としての小屋。
ひとり用と思われる広さにベッドのみ。
メイドのネネルカ曰く、俺と婚約者のベルカーラの為に用意された一室のようだが──あまりに狭すぎる。
ベッドの上には毛布が一枚と王国の言語で『Yes』『No』と書かれた枕がふたつ。
なにを思い立ったのかベルカーラは小屋に入った瞬間にその枕をふたつとも『Yes』にひっくり返した。
「……なにやっているんだ?」
「いえ、本能的に。身体が勝手に動いてしまいました」──枕の用途は分かっていないようで『なんでしょうか、これ』と首を傾げている。
掘り下げると面倒なことになりそうだから話題を変えよう。
そもそも俺、と言うよりも俺の仲間には時間がない。
「正直、眠って体力を回復したいところではあるがそんな余裕はないんだ」
こちらに視線を送り、少し寂しそうに微笑むベルカーラ。
「ティファさんですね」
「ああ。皇帝に捕まって──ん?」──首元に[魔封石龍]の化石武器である大剣を向けられた。
「私と一夜を共にするのと、ティファさんの救出。どちらが大切なのですか?」
「その二択なら後者。仲間の救出が最優先だ」──即答したせいか不機嫌そうになった。
「彼女はアルバのお連れだと皇帝も分かっているのでしょう? ならばすぐに処刑することはせず、人質として慎重に扱うはずです。急がずとも」
「そんな悠長にしている暇はない。すぐに行かなければ──ぐふ!?」
胸元を掴まれてベッドに押し倒された。
のしかかり完全に俺の動きを止める。
「それほどに、ティファさんが心配なのですね。随分と惚れ込んでいるじゃありませんか。■■■を■■案件でしょうか?」
「だからアイツは〝男〟だ! お前が邪推するような事はひとつも」
「ならどうしていつも冷静なアルバがそこまで動揺しているのか説明なさい」
「皇帝がティファを気に入り、貞操を奪おうとしている!!」──この状態だけを見たら俺も同じ危機にさらされているのだが。
「〝男〟なのでしょう?」──『きょとん』という擬音に相応しい顔をされた。
「不思議に思うかもしれないが、この帝国は他よりも男色文化が根強い。野性的で、戦いを嗜み、性別問わず夜を謳歌する。最強だったとされる【聖女神隊】は恋人同士で編成していたそうだ。彼等は恋人を守る為必死に戦った。そんな歴史を持つ国の皇帝ならおかしくはないだろ」
「……そんな香ばしい文化が」
納得してくれたのか大剣をしまってくれた。
それからベルカーラはのしかかりをやめて、隣で横になる。
「なら仕方ありません。すぐに助けに行きましょう」
「だらける気、満々じゃないか」
「本当に残念でなりません。やっと会えたと思ったのに優雅に過ごすことも出来ないのですから」
口をとがらせて、甘えたがりな子供の様な表情を作った。
大人っぽく、振る舞いも完璧な彼女にしては珍しく微笑みがこぼれてしまった。
「となれば俺は先に敵の城に行っている」
「一緒に行きますよ」──なにを言っているんだ。の顔。
「お前の武器は【魔法完全無効】だろ。装備したらお前に【転移】は使えない」
俺が[魔封石龍]の化石から作られた指輪を装備するとただの【魔力なし】になるデバフ装備だが、他の場合【魔法完全無効状態】が付与される。
過去に[女盗賊]ルパナに指輪を盗まれた際に彼女に魔法は効かなかった。
俺の場合、魔力を抑えるのに精一杯なのかもしれない。
「[魔封石龍]の化石は魔法で移動出来ないわけですね」
「無理ではないんだ。現に指輪を装備していない状態で服のポケットに入れていたら一緒に【転移】出来た。【装備していない+化石以外も移動対象】という状態が出来れば可能だ」
「なるほど。武器を布に入れて布を対象にする魔法であれば【魔法完全無効】の範疇ではないと。良い事を聞きました。ですがくれぐれも」
「お前以外には教えていない。その例外を悪用されてお前が危険な目にあったら困るからな」
「流石です」──軽く頭を下げて、考える。──「敵に分析されるのも困りますから、化石装備状態での【転移】は控えた方が良さそうですね。ならネネルカに武器だけ運ばせましょう」
「嫌っすよ。重たいし」
「うお!?」──屋根の板が一枚外れてネネルカが顔を出す。──「当然のように屋根裏から登場するな。お前は別の小屋を使うと言ってなかったか?」
「ナメてもらっちゃ困るっすね。主人の安全を守るのが専属メイドの役目。それに既成事実を記録しておかなくっちゃ急に婚約破棄された時に対処出来ないじゃないっすか」
屋根から落ちてくる様々な記憶道具。
一体どんな既成事実を残そうとしていたのか。
「婚約破棄なんてありえません。というより口にした瞬間にアルバの命はありません」
「怖いって」
「だと良いんすけどね。ネネは王族の専属メイドになって毎日豪勢な生活をするのが夢なんすから。そもそも王位継承権もまだ諦めちゃいません。絶対国王にしてみせます」
「諦めてくれ」
期待の眼差しが注がれるが避ける。
俺は[探偵]として生きて行きたいだけなのだ。
国王になんてなってたまるか。
「ネネルカが協力的ではないので、やはり走って城を攻めます。アルバは私に構わず先に行ってください」
「そうか。なら敵の城で待っている」
「はい。いってらっしゃい」
ベルカーラは微笑み、俺の右手人差し指の指輪をはずす。
「【転移】」──景色は一瞬にして変わった。
【敵兵知らずの鮮血処女城】──皇帝の寝室。
皇帝の妻と思われるネグリジェを着た女性たち。
彼女たちの中心にが円形の巨大なベッドがあり、そこには皇帝ガルルクと[探偵助手]ティファ。
……遅かったか。
「テ、ティファ。何を???」
「アルバ!? いやこれは、違くて。──全然そういうのじゃないから!!」
ガルルクがティファに押し倒されていた。




