【化石令嬢】‐Archaeologist‐
ベルカーラはウェストリンド公爵家のひとり娘であり、第三王子の婚約者である。
しかし第三王子が城から消えた為、婚約の話は曖昧になった。
「今でもアルバの婚約者のつもりですよ」
「人の頭の中を覗くのはやめろ」
「意外と顔に出てます。嘘をつくときは絶対に視線をはずさないとか、嬉しいことがあったら右の眉だけ少し上がるとか。他人の心を察するのが苦手な私ですがアルバだけは別です」
ベルカーラ・ウェストリンド。
婚約者選びを兼ねた社交界に現れなかったご令嬢。
俺関連の事となると俺以上の推理力を発揮することがある。
彼女を婚約者に選んだの【魔力なし】だったから。
正直、愛想つかして婚約破棄でもしてくれるのを待ったのだが……こんなに長い付き合いになるとは以前の俺は考えもしていなかっただろう。
「それよりだな、下ろしてくれるか? ひとりで歩ける」
現在、ベルカーラに『お姫様抱っこ』され【剣闘牢獄】の階層を上がっている。
それぞれの階層には気絶したホムンクルス兵士達。
牢に入れられている犯罪者はベルカーラの姿を確認すると震え出した。
「ダメです。歩けるどうこうより、私がアルバ不足を供給している最中なので」──顔をすりすりされた。長い髪が鼻に触れてむずかゆい。
「……まあ、無事で良かった」
「心配をかけました」
帝国に捕らえられたと聞いていたのだが、誰よりも元気じゃないか。
「武器は取られなかったんだな」──背負っている巨大な剣に視線を向ける。[魔封石龍]の化石武器。
「帝国には指一本触れさせませんよ。化石ひとつ盗られてませんので安心してください。怪しい噂を耳にしたのでわざと捕まったふりをして、アルバが来るのを待っていました」
「怪しい噂?」
「町を消失させたアルバを語る謎の人物」
ベルカーラの表情が強張る。
かなりの不快感を覚えたのだろう。
「奴の正体は知っているのか?」
「まったく。しかし帝国の片田舎を襲われたくらいで平和協定を破棄しようとするのは不自然です。戦争好きの皇帝だとは聞いていますが全勢力をぶつけてもアルバには勝てないと知っているはず。ここまで強気なのは謎の人物が帝国側の者と考えるべきかと」
「俺と同等かそれ以上の【神種領域ランク】の誕生か。しかし他国に知られず育てるのは無理がある」
「ええ、魔力封じは私が独占しています。そんな膨大な魔力を垂れ流しにしていれば他国にも情報が洩れるでしょう」
突然と表れた【神種領域ランク】の魔力。
あまりにも不自然すぎる。
「そんなことより、ニオイの人物達の紹介をしてくれますか?」
「『そんなこと』で放り投げる話題ではないんだが」
「いえ、私にとっては最重要事項です。敵の情報を知ることは大切ですよ」
「なら余計に奴の話を」
「いいから教えなさい。■■■を■■されたいんですか」
目が笑ってない微笑みを見せる。
なにがとは言わないがヒュンッとした。
「すんすん」──「[人間種]。褐色の肌。香水からして悪女な色気のある女性」
ほんと意味の分からない特技を持っている。
俺限定に発揮される特技というのがとてつもなく恐ろしい。
「【ルパナ】。魔法省の者だ。お前の危機を教えてくれた恩人だ。感謝しておけ」
「アルバのタイプですよね」
「違う」──「視線を合わせましたね」
[探偵]に追い詰められる犯人はこんな気分なのだろうか。
「すんすん」──「次に[猫亜人]。黒い髪。幼女」
「【ノラ】。ぐーたらな俺の弟子だ。魔法にも恵まれている為、教え次第では良い[探偵]になるだろう」
「口調が柔らかい。家族のような愛情が芽生えてますね」
「……」──「黙秘しても分かります。でもノラさんとは仲良くしたいと思います」
やはり俺限定というのがもったいない。
全員にこれが出来たのなら、難事件も即解決だっただろう。
「すんすん」──「一番強いニオイ。[半妖精]。薬草。彼女はボディタッチが多そうですね」
「【ティファ】。[探偵助手]。訂正しておくがティファは──」
「そのサイドなんちゃら……以前『相棒や夫婦のようなもの』と表現していませんでしたか。つまりティファさんと先に籍と入れたという事。私に側室になれと?」
目をカッと開いて睨んでくる。
「いやだから、ティファは〝男〟だ」──焦る必要なんてまったくないのだが、言い訳のように。
「ご冗談を。その方とはどちらが本妻か解らせる必要がありそうですね」
「ないない」
決意は固く、標的を定めた。
こうなったらベルカーラは止まらない。
「それで? ティファさんはどちらに。サイドなんちゃらとはいつも一緒にいると」
「……皇帝に捕まっている。敵兵知らずの鮮血処女城──帝国ルガルアン城だ」
「長い歴史でも一度も攻め入られたことのない不落の城ですか」──不敵に笑う。──「面白いじゃありませんか浮気相手に会うために帝国の城を落とす」
「訂正したいことは山ほどあるが。──お前が一緒なら落とせない城はないな」
「ええ、私達に出来ないことはありませんとも。最強の[魔法使い]と魔法完全無効の剣。──夫婦で国盗りです」
たったふたり対帝国軍。
普通に考えれば勝ち目なんてないのだが、負ける気が全くしないのは何故だろうか。
「そろそろ『お姫様抱っこ』をやめてくれるか?」
「嫌です。あと5分はぎゅうとしています」




