【脱獄】‐Prison Break‐
【ルガルアン帝国】の牢獄はコロッセオのような闘技場の地下に作られている。
帝国では昔から罪人達を戦わせて、誰が生き残るのか賭け事をしていたそうだ。
建前では女神への捧げ事らしいが、完全に大衆文化。
罪の重さによって牢の地下階層が変わる。
地下1階層から20階層あり、闘技場の勝利によって減刑された。
ただし1階層目の罪人のみ、処刑が確定しているためその限りではない。
また魔法完全無効の特性を持つ[魔封石龍]の化石を所持しているのはドラゴネス王国(正しくはベルカーラ)のみであり、他国は魔力を感知すると発動する魔法を牢獄にかけている。
例として魔法を使おうとすると強力な雷に撃たれたり。
帝国に捕らえられた俺は現在、その【剣闘牢獄】の最下層20階にいる。
じめじめとしており空気が薄い。
指輪で魔力が使えず、外そうにも手の全体覆う拘束がされているから無理だ。
旧式な鍵だが、同じ理由で細い棒を見つけてもピッキングなど器用な作業をすることが出来ない。
もし脱獄を考えるのなら鉄格子の前で警備している[人造人間]の兵をどうにかしなくてはならない。
鉄格子の前の警備は6人。
4人は完全武装の戦闘要員。
2人は鍵の管理。──ひとつは手錠。ひとつは扉。
「まず、仲間をひとり奪ってしまったことを謝りたい」
この兵は皇女プレラーティにより作られた魔法使い対策の[人造人間]。
ある程度までなら魔法無効が可能なようだが、膨大な魔力を吸収してしまうと身体がもたず爆散してしまう。
不本意ではあったが、頭を深く下げる。
「──……」──反応はない。
「それにしても何故あんな奴等に仕えている? プレラーティが造ったのかもしれないが、お前達を道具としか見ていない。たった21グラム程度の魂がないくらいで奴隷のように扱うじゃないか」
「──……」──反応はない。
情に訴える作戦はダメだな。
「……痛、いたたたっ」
お腹をおさえて倒れこむ。
汗まで噴き出す演技力。
「きゅ、急に腹が!? これはまずい……。なにがなんだか分からないが、猛烈に痛い。このままでは死んでしまうかもしれん。くぅ」
普通ならばここで声をかけてきて、うまく交渉すれば治療するために扉をあけてくれるはずだ。
その油断を利用してすぐさま逃げ出す。
「──……」──反応はない。
「くっっっそ! お前らに感情はないのか!?」
ただ虚ろな視線を向けてくるばかり。
[人造人間]というものに詳しくはないのだが彼らに自己はなさそうだ。
だったら頭脳戦の出る幕はない。
「詰んだ」──わざわざ道化を演じたのに無意味。気が抜けてうつ伏せで寝る。
[探偵]の十八番が全て潰された。
華麗脱獄してやろうと思っていたのだが……そもそもこの鉄格子から出たとて魔法を使えない俺は非力、見回りの兵に速攻で捕まる。
食事に出てくるスプーンなどで穴を掘り、脱走路を自作するか?
いや、そんなの何年もかかる。時間がないのだ。
このままではベルカーラは処刑され、ティファの貞操が奪われる。
……。
…………。
………………仕方ない、手段は選んでられないな。
この牢にあるのは岩のベッドと用を済ませる穴。
劣化で外れたと思われる釘。
その釘を口で拾う。
指は自由に使えないのなら口を使ってピッキングをしてやればいい。
何をしているのかバレないようにうつ伏せのまま、釘を鍵穴に通す。
かなり錆臭い。
「よっと」──〝かちゃり〟という音を合図に手錠が外れる。
指輪をはずし、魔力を解放すれば逆転勝利。
魔法を使うたびに[人造人間]の兵が爆散するが、気にしなければベルカーラやティファが助かる。
命を奪う覚悟。
プレラーティだって言っていた、『生物の模造品』だと。
……違う。そんなものは覚悟とは言わない。
[探偵]が殺人を正当化することは許されない。
しかし天秤にかける必要すらない。
他国の兵士と自身にとって掛け替えのない人物達。
「それが動機か」
自分でも驚きだが、絶対に手放したくないと思っていた[探偵]という称号も奴等の為なら簡単に捨てれるのだろう。
「さらばだ。[探偵]アルバ」
指輪に手をかけ──。
……地鳴りがした。
〝どごん、どごん、どごん〟と徐々に揺れが大きなる。
上の階層から床を突き破ってなにかが近づいてきているような。
敵襲か? ……黒ずくめの人物。偽アルバ。
耳元で地雷が破裂したような音。
とうとうこの最下層の天井すら崩された。
瓦礫や砂埃でシルエットしか確認が出来ないが、長い髪のすらっとしたスタイルの女性が下りてきた。
彼女は自分の身長を越える巨大な剣を構えて、一瞬で兵を蹴散らす。
そのひと振りで砂埃が飛んでいく。
シルエットの人物はまさしく──。
「お久しぶりです。アルバ」
「──ベルカーラ」
綺麗な赤い長髪に、ルビーの様な瞳。凛とした顔。
胸は手に納まりそうなちょうど良さ、腰回りと尻は引き締まっている。
身長は俺より少し高い。
服装はどこかのトレジャーハンターのよう。
王国公爵令嬢でありながら化石堀をしている変わり者──【ベルカーラ・ウェストリンド】。
囚われた彼女を助けるべく帝国にやって来たのだが、彼女は平然とした顔で俺の窮地を救った。
「貴方が助けを求めているような予感がしたので駆けつけました。……というのは冗談。個人的に早く会いたかったのです」
ほとんど壊れた扉を開けて歩み寄るベルカーラ。
それから目を閉じて顔を近付けてきた。
キス待ち顔か? ……いいや。違う。
「すんすん」──匂いを調べている。──「ひとつはイルミア。まあ兄妹なのですから仕方なくノーカンにします。……[猫亜人]の少女。[半妖精]の、ん? 変わった匂い方ですね……それから」
「相変わらず美人だな」
「誤魔化さないでください」
微笑みながら、冷や汗が噴出した。




