【皇帝】‐Emperor‐
公爵令嬢ベルカーラが捕まった事により、彼女が持っていた[魔封石龍]の化石は帝国側に奪われていると思ったが俺の拘束に使用しなかった。
つまりベルカーラは自分が捕まる時に持っていた化石を見つからない場所に隠したか、未だ所有している。
代わりに帝国が俺を捕らえるために使ったのは[錬金術師]の技術によって造り出された魔法耐性のある[人造人間]の兵。
魔法無効の力は[魔封石龍]の足元にも及ばないが、魔力の許容量を超えると爆散してしまう。
「アルバ。これからボク達はどうなるのかな?」
「全て計画の内だ。ティファは安心してこの泥船に乗っていろ」
「……安心出来ないよぅ」──ぴえっと泣き声が漏れる。
現在、帝国ルガルアン城。
またの名を【敵兵知らずの鮮血処女城】。
帝国の長い歴史でも一度も攻め入られたことのない最強要塞。
作りは変わらず古典主義建築だが装飾の豪華さが桁違いである。
──その皇帝の間。
流れに身を任せていれば仲良く首を斬られる事だろう。
相手は残虐として名高いルガルアンの皇帝。
なによりも戦争を好んでいたが、俺が生まれた事によりドラゴネス王国との平和条約を渋々締結した。
今回の一件で俺を罰する大義名分を手に入れ、躍起になっていることだろう。
そしてなにより、一人娘を婚約者に選ばなかった男に好印象を抱いているわけもなく。
「皇帝陛下。おなーりー!」
兵士全員が膝を付き、グラディウスのような短剣の先を床に叩きつけ音を鳴らす。
帝国式の拍手のような物なのだろう。
あまりの轟音にティファは身を縮めて肩を寄せてきた。
皇女プレラーティが先に現れ、皇帝の座の横に控える。
続いて現れたのが筋肉を剝き出しにした上半身に狼の毛皮をまとった大男。
ギザギザした歯で、豪快な体毛。
まさに野生児。
この男こそ、【ガルルク・ルガルアン】。
『皇帝』と呼ぶにはあまりにも野蛮的な風格。
ガルルクが座ると剣の拍手は治まった。
「オレ様の帝国で舐めたマネしてくれたらしいじゃねぇか。ドラゴネスの王子」
「俺はなにもやっていない」
「あん? テメェしか考えられねぇだろうが。町ひとつ消し去る魔法を使うなんてよぅ」
「黒ずくめの人物が俺を語っているが、この一件とは全くの無関係だ」
「無関係とは聞き捨てなりませんわね。アルバート様を語る輩が、アルバート様にしか出来ない芸当をやってのけた。それはもうアルバート様の犯行という事でよろしいのでは?」
「よろしくないだろ!」──推理もへったくれもない。
じっとこちらを眺めるガルルク。
その瞳には恨みがこもっており、娘を選ばなかった事に対してか、俺が戦争の抑止力になっている事に対してか。……両方って感じだな。
「とにかく話を聞け。その人物の目的は定かではないが王国と帝国の戦争を目論んでいるのは間違いない。思惑に乗せられるより手を組んで奴を捕まえる方が両国の為になるはずだ」
「お父様。アルバート様は狡猾です。耳を貸してはなりません」
「当たり前だ。そもそもオレ様はその〝戦争〟がしてぇ。正直なところ今回の犯人が誰だとかどうだって良い。テメェはただ責任を取って死んでくれりゃぁ、パワーバランスが均等になるっつーわけよ」
正直すぎるだろ。
一国の主としてどうかとも思うが、兵士たちの面構えを見るに同じ意見なのだろう。
「だったらひとつ確認したいのだが黒ずくめの人物は帝国側ではないのか?」
「テメェみたいな駒がこっちにもあったらとっくに戦争をおっぱじめてる」
確かに、その通りなのだろう。
ならばプレラーティだけが奴との繋がりを持っている?
「舌戦は好きじゃねぇ。とりあえず責任取って死んどけ」
ガルルクは豪華な装飾がされた槍を手に取り、こちらへ──。
「待って欲しいですわ。お父様」
「プレラーティ、止めんじゃねぇ。一度は愛そうと想った男かもしれねぇが、この化物は世界の為に死ななきゃならねぇ」
「違いますとも。一刺しで終わりだなんてもったいないではありませんか。命を奪うのはあの女の処刑を見せてからでも遅くないと思いますの。──あの化石令嬢ベルカーラ・ウェストリンドを失ったアルバート様の泣き顔が見たい」
「……仕方ねぇ。愛娘の願いなら叶えてやらねぇとな」
槍の刃が首をかすったが引く。
「牢にぶち込んどけ。絶対に逃がすんじゃねぇぞ。兵力をどんだけ使っても良いから見張っていやがれ」
「こちらはアルバート様が所有していた魔力封じのデバフ指輪ですわ。装備させておきなさい。それと見張りの兵士は全て私の[人造人間]を使うこと」
兵士達への命令。
皇帝ガルルクが決めた事のように建前上見えるが、全てプレラーティの手のひらで転がされている。
指輪をはめて、兵士に起こされる。
黒髪から金髪に。
「色が変わるのですね」──歩み寄られ、髪を撫でられた。──「私はこちらの髪の方が好き」
「……っ」──ぷちっ。数本抜かれた。
俺達は兵士に引かれ牢獄へ。
「その[兎亜人]は連れていくんじゃねぇ」
「へ?」──ティファの顔が青ざめる。
ガルルクは顔を眺め、太い指でティファの肌に触れる。
まさに狼と兎。震える食料と捕食者。
「気に入った。この娘はオレ様直々に可愛がってやる。牢ではなく寝室に連れていけ」
「ちょ、待て。言っておくが──こいつは〝男〟だ!!」
「……なに?」──もっと細かく眺めるガルルク。それから豪快に笑う。──「なお良し!!! すぐ〝準備〟をしておけ」
「ア、アルバぁぁぁあああ!!!???」
ティファは使用人達に取り押さえられ、連れて行かれた。
絶望的な状況だが、なんとかしてみせる。
助け出すまでなんとしても時間稼ぎをしてくれ。
──武運を。




