【模造】‐Homunculus‐
扉の外から声がした。
お嬢様口調でぶりっ子特有の抑揚のある脅迫。
「懐かしいですわね。最後に会ったのは……そう、貴方の婚約者選び以来かしら」
扉が開かれ声の主が姿を現す。
明るすぎるピンク色のロール髪の[狼亜人]。
顔面偏差値が変わるほど化粧が施され、ハート型のカラコンが入っている。
所々ハートの装飾がされた派手過ぎるピンクのドレスが目に刺さった。
「皇女【プレラーティ・ルガルアン】」
「あらあら。〝選ばなかった女〟を憶えていてくださったのですね」
彼女は婚約者候補のひとりだった。
ドラゴネスの王族は10歳になると婚約者選びの為に社交界が開かれる。
その時プレラーティと知り合ったのだが、俺は社交界に現れなかった令嬢を婚約者に選んだ。
随分と根に持たれている。
兄である第二王子レオルドにも『国同士の友好関係の為にも、魔力なしの同国の公爵令嬢よりもルガルアンの皇女を選ぶべきだった』と責められたほどだ。
プレラーティの傍にはここのシスターと四人の重装兵士。
俺とティファを拘束する。
「そこの[兎亜人]は魔力がミジンコだからシスターひとりで十分ですわ。アルバート様だけを逃がさないように」
「……ミジンコ」
兵士四人がかりで俺を押さえつける。
「こんな少数では簡単に逃げれるぞ」
「余裕だこと。でしたら魔法を使ってみたらいかが? そこの孤児達を殺し、貴方の手にかかったと公表するだけですわ」
ネイやロメダ達に視線を向けた。
現状が理解できず震えるばかり。
安心させようと声をかけようとも思ったが彼等が怯えているのは皇女ではなく、自分達の町を消した敵国の第三王子アルバートだった。
「自国の民だろうが」
「利用出来るものはなんでも使う。それに[最強の魔法使い]を捕らえる為なら子供十数人の命が犠牲になろうともお安いくらいでしてよ」
「価値観が違い過ぎるな。意外に俺は見る目があったらしい」
「あの身の程知らずの化石令嬢のことでも言っているのかしら? 今頃、牢獄内で兵士の慰み物にでもなっていますわ。それにすぐ斬首刑。変わり果てた女の姿を目の当たりにして、やっぱり私を選ぶべきたったと心から思うことでしょう」
「黙れ」
「──……っ」
プレラーティは呼吸を止めて後退る。
シスターや兵士達だけではなくティファまで固まった。
ベルカーラは無事だろう。
彼女の事はよく知っている。
槍が降ろうが武器を手放すことはないし、丸腰でも100人くらいとは渡り合えるはずだ。
それに傍付きのメイドも優秀だからプレラーティが言ったような事への心配はない。
それでもベルカーラへの侮辱は見過ごせない。
「な、なんにせよ。貴方はこの敵国において大罪人ですわ。釈明があるのなら皇帝の前に跪いてから聞きましょう」
「しかし見つけるのが早かったな」
「『アルバート第三王子はこの教会にいる[羊亜人]の青年に会いに来る』と密告がありまして。シスター達に警戒させていたのですわ」
「密告?」
「そこの[兎亜人]かもしれませんわね」
「違うよ!」──そんなに必死にならなくてもティファではないのは分かっている。
しかしここに来るのを知っていたのは俺以外ではティファ。
ルパナには『帝都に行く』としか伝えていない。
他に[羊亜人]ロメダに会いに来ると予測出来た人物がいるのなら──たったひとり。
「……お前は、奴の正体を知っているんだな」
「ふふ、一体何を言っているのやら」──頬に手を置き、腹黒そうに笑った。
なるほど。
俺は偽アルバとプレラーティの思い通りに動かされてしまったようだ。
こいつ等の目的は見えないがこのままでは完全に詰む。
この孤児達が人質になっているのなら全員を連れて【転移】すれば良い。
……代わりにシスターや兵士達の命を奪うか?
ならいっそプレラーティ以外を。
「【転移】──な!?」
魔法詠唱と同時に破裂音。
俺を押さえつけていた兵士のひとりが爆散したのだ。
風船のように。
それから悪役令嬢のような豪快な笑い声。
「この兵士は私特製の[魔法使い]対策。魔法完全無効の特性を持つ[魔封石龍]から着想を得た[人造生命]ですわ。魔力量Aくらいならなんともないのですけれど、流石アルバート様。ぱんって。ぱんって。生物花火でしたわね」
「……[職業:錬金術師]だったな」
[錬金術師]。
不老不死を探求する者。
物質や生命を創造する特異な研究職。
不本意にも命を奪ってしまった。
「あ、お気になさらず。[人造生命]はただの試験官で生まれる生命の模造品なので殺人にはあたりませんわ。こちらは罪状に含みませんのでご安心を」
この状況を打破する為には魔法使用は必須だ。
しかし魔法を使うためにはこの[人造生命]の兵士を爆散させる必要がある。
正直、それは不可能だ。
いくら模造品と言われようと、[探偵]が命を軽んじてはならない。
「急に大人しくなりましたわね。もしかして罪悪感を覚えたのかしら。お可愛いこと。一国の王子ともあろう方が命を奪うことさえ躊躇うなんて──初体験もらってしまわれましたわ」
「もういい。雑談は終わりだ。さっさと皇帝に会わせろ」
「本当は違う方法で紹介したかったのですけれど」
これがルガルアン帝国の皇女プレラーティ。
皇帝の一人娘にして、俺の婚約者最有力候補だった女である。




