【鍵】‐Key‐
消失した町で領主をしていた神父ケンティウスが殺害された。
事件時刻に現れた『ドラゴネス王国の第三王子』を語る謎の人物によって町の建築物が消失して平地に変えられた。
死者はほとんど出なかったが、唯一神父だけが地に伏せて絶命している。
状況だけを見れば犯人はその謎の人物であるが不審点が多すぎた。
死因が毒殺であること、首には死後に付けられたであろう絞め痕があったこと。
絞め痕は神父の首にかかっていた紐ネックレスを盗もうとした為に出来た。
それには鉄製の鍵が付いており、現在[羊亜人]ロメダが持っている。
「神父の鍵は倉庫や地下室の物だとして、肌身離さず持ち歩いていたのなら随分と大切な物だったのだろうな。それとも他人には言えないやましいなにかがあるのか」
「……さあ」
ロメダは表情を上手くコントロールしているようだが、他の孤児は『地下室』という単語で不快の表情を見せた。
──最年少の[猫亜人]以外は。
ここで推測(邪推かもしれないが)をする。
食事会に容姿の良い少年を集めていることから、少年嗜好だったのだろう。
そんな人物が秘密の部屋を持っていて、孤児達はその部屋の存在を言いたがらない。
単純に考えたら──『神父の趣味の部屋』ということになる。
孤児達に殴られた跡などがないから、虐待趣味ではなく別の……。
動機としては十分ではないだろうか。
ロメダ(または協力して)は神父が亡くなったことにより鍵を盗みその部屋の存在を隠した。
毒殺も孤児達の犯行かもしれない。
「前世だったのなら、ここから退散しているな」
「アルバ?」
「『深堀するのは野暮だ。探偵は口を閉ざそう』という案件じゃないか」
しかし謎の人物、偽アルバの存在を忘れてはならない。
奴は町の全てを平地に変え、〝土地の記憶〟でも教会に妨害魔法をかけられており中を確認することが出来なかった。
それほどに教会の地下を調べられたくなかったのだ。
極めつけはルパナからの情報、偽アルバが大規模魔法を放った後の言葉。
『多数を殺めれば、それはただの災害だが。少数ならば、それは紛うことなき悪だ』
そして〝土地の記憶〟で現れた奴が同一人物だとして、『我は嘘は言わん』という自負。
間違いなく偽アルバは神父を標的にしていた。
「記憶を探るしかないか」
「この子達の?」
「他に方法はない。記憶改変で事件が複雑化することなんて何度もあったろ。今回はそうじゃないだなんて誰が言える」
「ご、ごもっとも」
と言っても、偽アルバの魔法は未知数だ。
孤児達の記憶に残った奴が襲い掛かってくるなんてこともあるかもしれない。
「そこの[猫亜人]。名前は?」──最年少に視線を向ける。
「ネイ!」
「近くに来てくれ」
手招きで呼ぶ。
ロメダの顔が一瞬強張ったが、取って食うわけではない。
「少しの間、目をつむっていろ」
[魔封石龍]の化石の指輪を外し、ネイの頭に軽く手を置く。
【記憶支配】
──。
────。
────────……。
「なるほど」
俺の魔力に固まっている孤児達。
どうなったのか聞きたそうなティファ。
結論から言うに何も起こらなかった。
「『記憶魔法完全無効』。ティファと同じ【常時発動技能】持ちだ」
「いやいやいや、ボクのものより明らかに貴重でしょ!?」
ティファの『薬草の効果を多少上昇させることが出来る』だって良い技能だと思うが、確かにこれは貴重人材だ。
正直連れて帰りたい。
ネイだけが『鍵』や『地下室』にピンと来てなかった。
最年少だからかとも思ったが好奇心の強い子供なら教会に地下室が存在していたら入ろうとはしなくても、記憶には残っていそうなものじゃないか。
「お前にとって神父はどんな人物だった?」
「とってもやさしい! ゲツロウのヒじゃなくても、たまにごはんくれたし、いつもシンパイしてくれてた」
「そうか。教会に地下室はあったか?」
「ううん。みんなでかくれんぼしたことあったけど、チカなんてなかったもん。──ね?」
ネイがロメダ達にあいづちを求めたが複雑そうな顔をするばかりで返答はなかった。
ただの勘違いか、ネイ以外に虚偽記憶が埋め込まれたのか。
「神父はいつも鍵を首にかけていたか?」
「ちがう。メガミサマだよ」──別のネックレスか。
ネイに[記憶魔法]は使えない。
この無垢そうな少年が実は嘘吐きでないのなら真相は180度違ってくる。
偽アルバは町を消失させ、神父を殺害。
その殺害方法は他にも容疑がかかるように行われ、孤児に偽物の記憶まで埋め込んでいった。
──その動機はなんだ?
「ロメダ。神父から奪った鍵をくれないだろうか?」
「……いえ、持っていません」
「嘘は付かなくても良い。それはお前とは全く因縁のない物だろうからな」──「【盗品】」
ズボンの左ポケットに入っていた鍵が俺の手元に。
偽アルバが俺宛に残した謎は間違いなくこの鍵だ。
「用は済んだ。行くぞ」──ティファの肩を軽く叩いて立ち上がる。
「うん」
不思議そうにこちらを眺めている孤児達。
「この一件が終わったら、お前達の記憶は元通りにするから安心しろ」
少し苦手だが気を落ち着かせようと微笑む。
俺を語る[魔法使い]に植え付けられたトラウマを抱えて生きて行かせるようなことはしない。
「扉からは出ないぞ」──ドアノブに手をかけるティファを止める。
「え、なんで?」
「指輪を外してしまったからな。すぐに[賞金稼ぎ]や[冒険者]が攻めてくる」
理解したティファは急いで傍に寄った。
「【転──」
「そこから消えたら。子供達は皆殺しでしてよ? アルバート様」
場が凍る。
お嬢様口調の甘ったるい声。
──その声を俺は聞いたことがあった。




