【視線】‐Cold Stares‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
「ここがパパが消えちゃった地下迷宮なの」
【ミノタウロスの迷宮】では多くの地下迷宮が存在する。
太古の昔から存在するもの、一週間ほど前に出来たものまで。
出来る過程はよく分かっていない。朝が明けたら突然と生まれていたりする。
こればかりは答えを知らないと気持ち悪くなる俺でも「知らん、魔法だ魔法」と放り投げる議題である。『冒険学』『地下迷宮学』の書物を読み漁っても答えは出なかった。
やけになって【ミノタウロスの迷宮】内で『次に地下迷宮が出来そうな土地』を推理し、ソロキャンプしながらずっと睨み付けてやったが──……。
まばたきひとつしたら地下迷宮の新生児が前触れもなく生まれていた。
俺にとって【異世界が探偵に及ぼす挫折】。そのひとつが『地下迷宮』と言っても過言ではない。
だからこそ自信満々なこの少女に聞かねばなるまい。
「なぜ、ここだと?」
「え?」──首を傾げたのはティファ。レリックなどに絡まれないように俺の後ろに隠れていて、かなり声も小さい。
「お前の父親は『地下迷宮で消えた』とされているが、それは『地下迷宮が女神様の恩恵と言われる6つの事象』【6.冒険者が瀕死状態に陥った場合でも【転移魔法】が発動され、最も近い教会へと転移される。】というルールを基に、衣服と所持品だけは教会に転移してきたから至った推測だ」
「なに分かり切ったことをベラベラと。ガキがここって言ってんだからいいんじゃねぇの? 知らんけど」
「つまり現状は【地下迷宮で消えたかも】が正しいはずだ。断言できる理由が聞きたい」
子供相手に詰め過ぎたか。
しかしノラに動揺した様子はない。答えは用意されている。
「ひとつ、冒険者組合で【ここでしか手に入らないレアドロップ品の取得】という依頼を受けていたの。ふたつ、衣服の隙間にここ特有の砂が入っていたからなの。これで納得してくれる?[探偵]さん」
思っていたよりもちゃんとした情報を提示してくれた。
『砂』? 随分と前世的な証拠だ。魔法省がそんな捜査をするとも思えないが──……。
「なるほど。だが他にも可能性はあるはずだ。例えば地下迷宮攻略後……」
「アルバ? どうしたの」
殺気を感じた。
周りを見渡してもここにいる人物以外は近くにいない。
黒い靄のようなものが林の陰で動いたような気がしたが、見間違いか。
「これ。時間が惜しい。はよせんか」──耐えかねたガノールフがとっとと地下迷宮へと入っていく。
それに続いて取り巻き3人娘、レリック、ノラ、俺とティファ。
俺たちはモンスターの戦闘に絡むつもりは全くないから後方で少し距離を取る。
入り口付近はかなり暗いが、少し進むと火のついた松明が行先を照らす。
「キミのお父さんって冒険者だったんだよね? ならその依頼を一緒に受けた冒険者がいたら詳しい話を聞けそうじゃない?」
「それがね、依頼内容は確認したんだけど……」
「ほんとに雇われ冒険者って無知ね」──アンだか、トロワだか。とりあえず青髪の奴だ──「依頼って代表者が受けちゃえば誰が一緒でも良いから。同行する冒険者の名前なんていちいち記録するわけなくない?」
「ランク2依頼とかに冒険者ランク1が紛れてるの結構あんよねー」
「てか名乗り出てない時点で怪しすぎじゃん」
この話題だけはこいつらの方が正しい。
よく考えたら分かったことだからティアも「うゔっ」と恥ずかしさのあまり赤面してしまう。
「疑問を口にするのは良いことだ。お前は探偵の助手として見込みがある」と励ましたが全く刺さっていない様子。
「そもそも、この地下迷宮は数人で潜るような場所じゃねぇからな。配置だって[沼の怪]や[小鬼]みたいなザコモンスターしかいねぇし、5階層までしかねぇ」
「ほう。なら初心者向けというのも納得だな」
地下迷宮が出来ると冒険者ランク7のみで構成された数組パーティーと魔法省数名が潜り難易度を調査し、それぞれ【初心者(ランク1でも入れる)】【中級(ランク2から)】【上級(ランク4から)】【超上級(ランク7のみ)】【禁止】と格付けされている。
階層が深くなる毎に難易度が変わる最大100階層の地下迷宮にとって、5階層は浅すぎだ。
「レリック様は休日ひとりで潜るのが趣味なんだよねー」
「い、言うんじゃねぇよ! ……ここにも潜ったことあっけど、すぐ飽きて速攻攻略したっぽいわ」
「頭の悪いセリフを控えてくれるか。この場の品位が下がる。「ぽい」とはどういう意味だ?」
「そりゃ。攻略後暇を持て余して酒場に行った結果、記憶を飛ばすほど泥酔したって意味だろうがよ」
「……そうか」
わからん。脳みそミジンコ並みな者の思考を『察しろ』と言われても無理がある。
しかも「あんときのレリックまじやばだったし」「酒クサくなかったし、数滴でダウンっしょ」「めっちゃハイだったよなぁ」とか盛り上がる始末。
俺を含めティアたちは──(なんでこいつら、この依頼受けたんだ?)と心の底から疑問に思う。
「ねえねえ、お姉ちゃんたち3人とも[魔法使い]だけどさ。誰が一番【転移魔法】が上手なの?」
「なんでそんなこと聞きてぇんだ、ガキ」
「えっとね。【転移魔法】を使ってくれたら地下迷宮内を簡単に移動できると思って」
「それは不可能。ここでは【転移魔法全般使用不可】なのだ。唯一機能するのが攻略時と冒険者が瀕死状態に発動する【転移魔法】のみ」──魔法の話となると饒舌になるガノールフ。
「そゆこと。まあ一応、うちらのパーティーで【転移魔法】が使えんのはアンだけなんだけどね」
「しょーみ、地下迷宮じゃザコだわ」
「でも冒険者組合からこの島まで秒とかまじ感謝じゃん」
頭が痛くなってきた。珈琲アレルギーと知りながらホームズ大先生の好物だからと無理して珈琲を飲み切った後くらいに。
「大丈夫?」──ティファの手がおでこに触れる。──「熱はなし。特に身体の不調は見られない。お腹すいた? ちょっとなら食料持ってるけど」
「ただの語彙力酔いだ。気にするな」
「そっか」
「しかしお前にとっては肩身が狭い依頼になってしまった」──レリックたちの一件はついさっきのことだ。こんな俺でも罪悪感は抱く。
「ううん。アルバがいてくれたら、なんか平気だと思う。この依頼を一緒に解決しようね」
ちょっと頼りない笑顔とガッツポーズ。
今頃気が付いたがこの[半妖精]──……荷物がかなり多い。
自分の身体くらいのリュックサックを背負っている。リュックの隙間から大量の薬草が見えた。




