【羊】‐Agnus Dei‐
他国の3倍以上の広さを誇る【ルガルアン帝国】。
その首都は他の領土に比べると帝国特有の文化が根強い。
[狼亜人]が作ったとされており、国民が多くが[亜人種]。
そして始祖が[人狼]の類似種ということもあり、彼等が嫌う[銀]を使った建築物や食器を作ってはいけない。
また、満月を連想させることから丸い物も使用してはいけない。
[人狼]などは満月を自分達のシンボルにしそうなものだが、彼等にとって満月時の凶暴化は自分を抑えられない未熟者とされ、恥ずべき事らしいのだ。
戦争好きとして有名な帝国だが、芸術的な面がある。
町並みはまさに古代ローマを連想させる古典主義建築。
コロッセオに似た闘技場まである。──もちろん形は違い。五角だが。
肉料理の扱いが無いのは[亜人種]間の問題があるのだろう。
──といっても鳥亜人などであっても鶏肉を食べる者は多いと聞く。
『正直、まったくの別物』なのだそうだ。
食の名物はチーズ。
『ルガルアンのチーズを土産にしたら、酒が消える』なんて言葉が生まれるほどに酒に合う上物。
「紅茶を飲みながら嗜みたいものである」──チーズを取り扱う店の前に立ち止まる。
店のガラスに映るのはよだれをたらしている[犬亜人]。
情けなくも変装した俺である。
犬種はジャーマン・シェパードだろうか。
「アルバが指名手配されてなかったら観光するのも良かったかもしれないけど、それどころじゃないでしょ?」
[兎亜人]に変装したティファに腕を引かれる。
「……その通りだが」
「囚われた婚約者の救出。アルバを語る偽黒ずくめ。色々と問題は山積みだけど、まずは殺害された神父の事件の捜査だって」
口を膨らませて、ぷりぷりしている。
「それで、事件の真相を知ってそうな青年はどこにいるのかな?」
「俺が適当に歩き回っていたとでも」
「うん、目をキラキラさせてたし」──確かに。王国にないものばかりだったから心踊ったが、目的は忘れていない。
「もう目の前だ。あそこの教会にいる」
チーズの香りのする店を抜けると巨大な教会。
門には石膏で掘られた女神像が置かれていた。
思うに帝国民の避難所として建てられた。
【行方調査】の魔法が確かであるなら、神父の遺体の周りに集まっていた孤児達のほとんどがこの教会に身を寄せているはずだ。
「アルバの顔が指名手配されてるけど、バレないかな」
「ここまで来ることが出来ているし大丈夫だろ。第三王子である証明の魔力は指輪で消えているし、今は[人間種]でもない。疑われてもそっくりさんで通してやるさ」
「なら、良いんだけど」
不安げに微笑み、ティファは教会のドアをノックする。
「はい?」──出てきたのは高齢のシスター。
「ここに[羊亜人]の青年が避難してきたと思うのだが、会わせてもらえないだろうか」
「……ご関係は?」
「消失した町で亡くなった神父に以前世話になったものでな。神父から[羊亜人]の青年の話をよく聞いていたんだ」
「なるほど。セイレノスのお知り合いですか」──シスターは試すように微笑む。
高齢ということもあってか疑い深いらしい。
「いや。昔の事で覚えていないが、神父はそんな名前じゃなかった」
〝土地の記憶〟として見た神父も[羊亜人]だった。
『セイレノス』という名前は[山羊亜人]によく付けられる名前だ。
ふたつの種族は類似しているようにも思えるが、【正直者】なイメージの[羊亜人]に対して[山羊亜人]は【嘘つき】なイメージを持たれている。
そして対立種族でもあるため、[羊亜人]に『セイレノス』という名前は似つかわしくない。
シスターにかまをかけられた。
「ふふ、そうでした。私ったら勘違いをしてしまったわ。ケンティウスだったわね。彼が目をかけていた[羊亜人]と言えばあの子でしょう。連れて行くので、客室で待っていてちょうだい」
「感謝する」
高齢のシスターは青年を呼びに行き、後から来た若いシスターに案内されて客間に通された。
「なにか言いたげな顔だな」
「別に。アルバは嘘がうまいなと思って」
「[探偵]たるもの心理戦には強くなくちゃならんのだ。他人を傷付けるような嘘はつかないから安心しろ」
「ボク達には正直でいて欲しいな」
「身近な者に嘘をつくメリットがないだろ。これでも俺は誠実な男だぞ?」
「ほんとかなぁー……」
何故疑われなくちゃならんのか。
ティファやノラに嘘はついたことはない。……なかったはず。ああ、そのはずだ。
「し、失礼します」──客間の扉がノックされ、開かれる。
顔を出したのは人畜無害そうな茶髪の[羊亜人]で年齢は20歳未満。
ティファの『男の娘』とは違い、『艶やかな青年』という印象を受ける。
薄幸な色気というか、口元のほくろも魅力を増している。
色々と危なげな印象を受ける。
「名前は?」
「【ロメダ】です。神父様のことでお話があるんですよね。いったいどんな事を聞きたいのでしょうか?」
「その前に、扉の外にいるお前の友人達にも入って欲しい」
言葉と同時に扉が開かれ、子供達の波がなだれ込む。
映像で見た神父と関係しているであろう孤児数人。
年齢はまちまちで、一番下は[猫亜人]の少年で一番上は[羊亜人]のロメダ。
「神父はどんな人物だった」
「……とてもお優しい方です。狼月の日にはみんな集めて、豪華な食事を振る舞ってくださったり、服を与えてくれました」
帝国での『狼月』というのは満月の日。
「何故祝う? 帝国の習わしでは満月は悪とされているはずだ」
「[狼亜人]にとっては嫌われている日ですが、[羊亜人]にとっては生き残ることを願って家族で食事を囲む大事な日なのです」
なるほど。
確かに昔話で[人狼]が満月の凶暴化をしたら犠牲になるのはいつだって[羊亜人]だ。
種族によって習わしが違うのは面白い。
「それと聞きたいんだが、神父は鍵を身に着けていなかったか?」
「……知りません」
孤児達から陰鬱な空気が流れる。
しかし最年少の[猫亜人]だけはなにを言っているのか分からないように首を傾げていた。
神父を語る時のロメダの表情。
単純に考えて、神父はこの孤児達に何かをした。
鍵が必要な場所を使って。
町の領主が[羊亜人]の大事な日に──容姿の良い──少年達だけを集めて食事する理由は?
慈善活動か。
そう言った〝癖〟か。
──前世だったなら、このまま結論を出していたところだろうが。
魔法という物の厄介さは身に染みて痛感している。




