【偽物】‐Faker‐
〝土地の記憶〟。
ホログラムもように写し出された消失した町。
一瞬にして全てを消した犯人は、その時刻には天から地上を眺めていた。
まるで天罰を与える神のように。
黒色の服に身を包み、不気味な黒い仮面。
証言によるとその人物は自分の事をドラゴネス王国の第三王子『アルバート・メティシア・ドラゴネス』と名乗った。
果たしてそれは真実なのか──考える必要すらない。
俺こそがそのアルバート第三王子なわけで、帝国との戦争を望んでもいないし、魔法を使って悪さをしようだなんて一度だって考えたことはない。
そんなことをしてしまったら[探偵]であり続ける事の放棄だ。
ハードボイルドな探偵が拳銃を持っていたとしても決して罪のない人物に発砲したりはしない。
そもそも俺はその拳銃を捨てたくて困っている。
考えなしに捨てたりしたら悪人に利用されてしまうから手放せないだけなのである。
「奴を調べるか」──飛んでいる偽物を指さす。
「どうやって?」
上司が部下を身勝手に呼びつけるように指をくいくいと動かすと、偽物の映像は目の前に。
ティファは驚きすぎて──「ぎょえっ!?」──なんて変な声を上げて尻餅をついた。
「え、浮いてる……」──しかも下を向けば空中。急いで俺の足に抱き着いた。
「安心しろ。ただの記憶映像だ。映像を動かしただけだから元の場所からは動いてない」
不気味な装飾がされている仮面。
趣味が良いとは言えないが、悪人の装いにしてはなかなかさまになっている。
アメコミのヴィランのようで、午前9時の敵ライダーのようで。
いささか仮装じみているとは思うが、他人の趣味に口出しするのは野暮というものだ。
実際、さほど嫌いではない。
俺だって探偵キャラの次に敵役が好きだしな。
ミュージカル映画であれば大抵ヴィラン曲の方が好きだ。
「随分と色物な犯人だが、お前のような分かりやすい悪人を逮捕者リストに刻めるのを光栄に思うな」
「まだ捕まえてないから。その余裕に足をすくわれるかもよ」
「こういった仮装系の犯人は大抵、その仮装対象になりきって事件を起こすものだ。だから妄想から現実に引き戻してやればいい、仮面を取ってしまえば大人しくなるさ」
「ならこの人は自分の事をアルバだと思い込んでるってこと? ……アルバのイメージ像ってこんなに禍々しいんだね」
「ん~……そう言われるとこの格好をみるのが随分と恥ずかしくなってくるな。まるで中学二年生が考えた『俺が考える最凶な俺』じゃないか」
しかし分からなくもない。
ドラゴネス王国の王族は暗殺や敵国へ情報漏洩を防ぐため王族の姿を記録することは罪とされている。映像記録はもちろん、絵画なども禁止だ。
だから『【神種領域ランク】の魔力量を有した最強の[魔法使い]』という肩書だけが独り歩きしている。
「でもこの町を消せるくらいの魔力を持っているってことはただの偽物ってわけでもないんだよね」
「ああ、さっさと顔を拝んで犯人を捕まえてやろう」──ただの映像であっても俺の魔力を流せば実物に近づく。仮面に手をかける。
「大賛成だけど。アルバにしては珍しいね」
「なにがだ?」
「いや、すぐに捕まえたら新しい被害者達もでないし良い事尽くめなんだけどさ、いつものアルバなら『探偵美学』の問答があると思うんだよ。なんだか今回の事件すごく焦ってるように見えるから。やっぱり、ベルカーラさんの事──」
『随分ともたもたとしているじゃないか。アルバート』
重く、冷ややかな声。
この辺りで俺達意外の魔力がないことは確認済みだ。
だというのに、ただの映像だった目の前の人物に意思が芽生えた。
しかも、俺と同等──いや、それ以上の魔力量で。
仮面のせいで視線は分からないが、俺から隣にいるティファに殺気を向ける。
『やはり我への憎悪がなければ探す気も起きんな。ならば大事そうに飼育しているこの[半妖精]をただの肉塊に変えれば満足か?』
軽く手をティファへ向ける。
「──ぐかっ!??」──首が見えないなにかに締め付けられる。
「ティ──っ」──助けようと動こうとしたが、身体が固まった。
仮面の人物が俺に向かって、まるで飼い犬に命令するかのように手の平を見せて『待て』と。
「お前は、何者だ」
『アルバート・メティシア・ドラゴネス』
「冗談はよせ。俺を語る不届き者が」
『我は嘘は言わん。我からしたら貴様こそが我を語る不届き者である。【最強の[魔法使い]】がアルバートであるならば答えは明らかであろう? 家畜すら生かせない愚鈍な男よ』
苦しむティファを眺めて、なんの情も湧かない冷たい言葉。
ティファは俺に顔を向け、微笑みながら「だいじょうぶ」と呟いた。
覚悟が出来て、俺のせいじゃないと言うように。
「お前こそ本体を見せない、チキン野郎じゃないか。俺の魔法で投影した〝土地の記憶〟に現れたお前自身を器にして憑依したんだろう。──だったら、魔法を解いて。その器を消してしまえば良いだけだ」
『無駄な事。貴様の大切な物は全て奪い去る。それが少し長引いただけと知れ』
「首を洗って待っていろ。その厨二臭い服をひっぺがしてみっともない正体を暴いてみせる」
[魔封石龍]の化石の指輪をはめる。
映像は消え去り、元の平地に。
ティファの魔法も解けて、がっくんと地面に座った。
「かは、かはっ」
「大丈夫か?」
「うぐっ……アルバ……」
「どうした? まだなにか呪いが」
「ちょっと……漏らしちゃったかもぉ」
顔を真っ赤にさせて、泣きそうにそう言った。
スカートを抑えてもじもじと脚を動かす。
たった今起きた事態と比べて、あまりにも間の抜けたセリフだったもので。
「はは、黙っててやる」
緊張感もなく笑ってしまった。




