【調査】‐Investigation‐
「R・Dさんを馬車に置いてきて良かったの? 魔法省の人なら一緒に調査した方が効率的だと思うけど」
「奴は腹の底が見えんからな。数刻前に帝国で起きた事件のはずがやけに情報が鮮明過ぎる。この町に王国のスパイを紛れ込ませていたか、奴自身が帝国のスパイか」
「ボクは前者だと思いたいよ」
魔法省代理管理者である第二王子に断りなく、手を貸すのはどういった意図なのか。
だがまあ、会話の中に敵意は感じられないし、帝国に売り渡すためにしては手段が遠回し過ぎる。
帝国軍に捕まらないように変装させる意味もないしな。
「それにしてもなんにもないね。誰もいない」
「食料も、水も、住居すら消失したわけだからな。他に移住するしかなかったんだろ」
「神父様が亡くなった場所もこれじゃわからないよね。わかったとしても証拠ひとつないわけだし」
「これだから魔法ときたら」──苦笑い交じりにため息が漏れる。
こんな景色を見てしまったら仕方がない。
殺人トリックにしては常識が逸脱し過ぎているし、言わずもがな異世界の犯人には『ミステリーの様式美』というものがない。
つまり俺だけが『探偵美学がどうこう』とごね続けるのはあまりにも道化である。
「珍しいねアルバ。最初から、なんて」
「まあ、たまにはこういう事件も許してやるさ」──右手の人差し指に納まっている指輪に手をかける。
婚約者ベルカーラからもらった[魔封石龍]の化石の指輪。
この指輪をはめている時だけは膨大な魔力量から解放され、ただの[探偵]として生きていけるのだ。
──はずす。
一帯の空気が変わる。
俺を中心にして緑が生い茂り、土地が色づく。
自分で言うのは恥ずかしいのだが、俺の魔力は神聖的な物なのだろう。
なぜだかすごく気に入らない。
あまりに大げさと言うか、不釣り合いと言うか。
「【状況再現】」
「え? えええぇぇぇ!??」
砂漠のように枯れていた土地は帝国の民で溢れ返る。
やはりほとんどが[獣亜人]。
と言ってもエキストラみたく固まって動かない。
「……時間を戻した、とか?」
「時間は止めたり、進めたりは出来るが戻せないのが基本だ。出来たとしても別の世界線の過去だろうな」
試したことはないが【時間魔法学】における基礎ではそういうことになっている。
もし仮に死者を蘇らせようとして時間を戻せたとしても、その人物がすでに亡くなっている新しい過去が出来るだけらしい。
「これはただの〝土地の記憶〟だ。事件時刻の映像を表示しているだけに過ぎない」
町全ての建築物を消されたすぐ後の映像。
「なるほど。じゃあ、その神父様を探そうか。……それにしても、神父様が領主なんて珍しいね」
「ルガルアンの皇帝は熱狂的女神信者と聞いている。戦争で植民地にした土地であっても教会がある場合、聖職者に土地を治めさせているそうだ」
「ただでさえ教会は権威が高いのに、それじゃ神父様のやりたい放題じゃん」
「欲がないんだろ。女神様の教えの元、万人に施し、癒す。まさに聖人君主のような奴等だ」
「本気で言ってるの?」
「まさか。食べる量を増やせば身体が肥える様に、権力を持った生き物は欲に溺れるのが常」
それこそキミだよ。と言うかのように呆れた微笑みを見せるティファ。
歩いて事件現場を探るのも、時間が惜しいな。
スマホの画面をスクロールするかの要領で手を振る。
映像が動く。
人々が高速で過ぎ去る。
目的の場面に辿り着いたようで停止した。
なにかを囲むように人だかりが出来ている。
「……ほんと、なんでもありだよね」
「今回だけだがな」
煙を払うような動作をすると人だかりが次々に消えていく。
皆が見ていた物は、亡くなった神父。
うつぶせで倒れている。
「ティファ、[医者]としての意見を聞きたい」
しゃがみ、神父に近づく。
「実物じゃないから確実なものではないよ?」
「構わない」
「死斑を見るに死後数時間程度経っていると思う。死因は絞さ……いや、首をかきむしった痕があるから毒殺かな。ニオイとか分かれば毒の種類も分かるんだけど」
「絞殺だと思った理由は?」
「かきむしった痕の他に、首を紐のような絞めた痕があるんだよ。でも変色具合を見て死後のものだから死因じゃないなぁって」
確かに【吉川線】の様な傷が出来ている。
しかし絞めた痕と重なっている為、絞殺の傷ではないのだろう。
ティファの見立てでは毒を盛られた被害者が苦しみながら命を引き取った。
その後、犯人または第三者によって首を絞められた。
町が消えた時間帯と死亡時刻にズレがあるのが気になるな。
「痕を見るに紐の太さは、絞殺するには心許ない。神父が首にかけていたなにかを盗ったと考えれば辻褄が合う」
「ネックレスとかだね」
再び手を振り、逆に周りに集まっていた人物を戻す。
一番近くにはボロボロな服を着た少年達。
興味深そうに除く大人達。
「違う。違う。こいつも違うな──……いや、そこか」
集まっている野次馬を退けて、事件現場から少し離れた場所にいる人物に近づく。
[猫亜人]の少年を近付けまいと抱える[羊亜人]の青年。
「鍵かな?」
鉄製の鍵が付いた紐ネックレスを握っている。
「この青年の手にも擦り傷があるな。神父の首から無理やり盗ろうとして出来た物だろう」
「彼が、神父を? ならアルバはこの事件に関係ないよね」
「とりあえず。どこの鍵か調べないとな──【巻き戻し】」
人々は逆再生に歩き出し、建築物が突如として現れる。
どうやら『一瞬にして消えた』というのは真実のようだ。
鍵の部屋があるであろう、教会も復活したのだが──。
「妨害されているな。町を消した犯人は手がかりの教会の記憶すら消していったか」
バグのように。
黒くモザイクがかけられた教会。
これでは調べようがない。
「あ、アルバ。あれって」
ティファがあわあわと怯えだす。
指さす方向は天。
巨大な鳥でもいたのかとも思ったが──違う。
黒ずくめの未確認飛行物体。
真っ黒な仮面に、黒いコートをはためかせる。
「ほう。あれが俺を語る謎の怪人か」──残留した〝土地の記憶〟のはずだが見られているような気がした。




