【出国】‐Departure‐
「騒がしいな」
「帝国の話が広まっているのでしょう」
R・Dの指示でティファと共に馬車に乗った。
窓の外を確認する。
走り回っている騎士団員達。
『アルバート第三王子が【ルガルアン帝国】を襲撃した』という話が国王の耳に入り、第三王子の捜索にやっきになっている。
第二王子レオルド・第二王女イルミアは俺の居場所を知っているが、騎士団員達が探偵事務所に直行しないのはふたりが口を閉ざしているのだろう。
指揮しているのは第一王子ユリアスか。
白い馬にまたがった全身オリハルコン製装備の長男が目に入り、見つからないためうなだれるように座った。
「アルバが城からいなくなった時もこれくらい大騒ぎだったんだよ。よく隠れ切れたね」
「しばらくはドラゴネス王国と仲の悪い国を選んで転々としていたからな。それに協力者がいたのも大きい」
「協力者とは?」──その時捜索に協力していたであろうR・Dが興味深く尋ねる。
「兄レオルドと婚約者ベルカーラだ」──レオルドは王位継承権争いの敵が自分からリタイアしてくれるのならと快く引き受けて、筋違いの捜索指示でかき乱してくれた。
「なるほど。捜索総指揮をしていたレオルド第二王子が仲間だったのなら見付けられるわけもありませんね。国中を兄弟で化かしたと」
呆れたようにため息をつく。
このR・Dという魔法省の人間は一体何者か。
確かなのは彼女の職業が[女盗賊]であり、悪女的な魅力をかもし出しているということ。
また、以前に会った人物と同じならば、潜入捜査を任せられるほど魔法省代理管理者をしているレオルドに信頼されているはずだ。腕は確かなのだろう。
しかし上司であるレオルドよりも先に当事者の俺に帝国の話を伝えに来たことが不思議でならない。
そもそも、俺の居場所を知っていたのなら国王に差し出す方が明らか彼女の利になる。
まあ、状況が状況だから彼女の行動に裏があったとしても、感謝するしかないのだが。
「それで。ベルカーラはどうして帝国に捕らえられている?」
「以前から帝国の領地を一部買収して、化石堀りをしていたそうなのです。運がお悪いことで、事件の時も」
「……化石。なるほど。アルバの婚約者さんって『化石令嬢』で有名なベルカーラ・ウェストリンドさんなんだ。なら、そのデバフ指輪も彼女から? なんだかロマンチックだね」
ウェストリンド公爵家の令嬢【ベルカーラ】。
最初は【魔力なし】という理由で婚約者に選ばせてもらった、化石堀りが好きな変わった人物。
彼女のすごい点は現在発掘された[魔封石龍]の化石が全て所有物というもの。
まるで化石がある場所を知っているかのように掘り当てるのだ。
しかもその化石で巨大な剣を作り、敵を薙ぎ払うのだから恐ろしい。
正直、魔法社会で彼女に勝てる者は存在しない。
そんなベルカーラが抵抗もなしに捕まったのか?
俺が冤罪を晴らし迎えに来ると信じているからか、抵抗したのに彼女を制圧出来る強者が帝国側にいたのか。
彼女の性格を考えるに前者っぽいが、後者ならば気を張らなければなるまい。
『魔法嫌い』なんてプライドはすぐに捨て、指輪を外す覚悟が必要かもしれない。
「ずっと聞かなかったけどさ、アルバって婚約者さんとどこまで行ったの?」──顔を真っ赤にさせて気まずそうにするティファ。
「互いにまだ子供だ。想像しているような事は一度もない」
「な、なんにも想像してないもんっ!」
「仲はよろしいのですか?」
「まあ、悪くはないとは思っている」
「なら城から出る前日に一発や二発」──「お前、素が出てるぞ」──「失礼致しました」
口調は正しいのに手振りがやらしいぞ、コイツ。
「でもさ、これからアルバの無実を証明するために帝国まで行くんだよね。かなりの距離だけどノラちゃん置いてきちゃって良かったの?」
「かまわんだろ。あの幼女がいなくても支障はない」
「そう言って、本音は巻き込みたくないんでしょ。下手したら敵国に捕まって、そのまま処刑なんてことも……あれぇ、なんだか身体が震えてきたよ」
「それを人は武者震いと呼ぶんだ」
「違う気がします」
最悪な事態になったら、お前達ふたりは見逃すよう皇帝と交渉する。
だから旅路を退屈しないように話し相手くらいにはなってもらおうか。
探偵事務所に置手紙もしてきたし、ノラの心配もないだろう。
例え【魔法使い狩り】の称号を持っている魔力量【Bランク】の[獣術師]だとしても、ただの幼女だ。
[探偵]の師匠として国同士のいざこざに巻き込むわけにはいかない。
〝がごん、がごん〟──馬車の屋根上から大きな音がした。
上から重いなにかが落ちてきたかのような……音からして重さは子供くらい。それがふたつ。
「……子供の[暗殺者]でしょうか? もう帝国から刺客が」
「この馬車に乗っているってバレてるのがおかしいだろ。まず俺の正体を知っている者は少ない」
「確認した方が良いかな?」
ティファが窓を開き、顔を外に出そうと──。
「に、にゃぁ」
「なんだ、猫ですか」
屋根上から猫の鳴き声がし、R・Dはほっと胸をなでおろす。
俺とティファは子供くらいの大きさの猫が屋根上にいると考えたら、ぞっとした。




