【濡れ衣】-False Charge-
ペタフォーク街221番地、そこには魅力的な探偵事務所があった。
レンガ作りの英国的デザイン。
[探偵]アルバの情熱とロマンを詰め込んだ夢の王国。
残念な点を上げるとするならば、この魔法の世界では[探偵]という存在が知られていない事。
そして、依頼がまったく来ないという事。
だと言うのにこの探偵事務所に色んなものを詰め込んでしまったせいで、維持費がかかる。
「何度言えば分かる。風呂は一日に多くて一度だ」──バスタオル姿で歩き回っている華奢な人物にため息交じりに注意する。
[半妖精]のティファ。
[職業:医者]であり[探偵助手]。
「まだ今日は二回しか入ってないよ」
「お湯を沸かすのに炎魔法を封印した魔石を毎回使うだろ。最近値上がったばかりじゃないか。そもそも男児なら三日に一度でも良いくらいだ」
「良くないもん。ボクは一日三度はお湯に浸かりたい系オトコノコだから」
それは『男の子』か『オトコノ娘』か。
どちらにせよ、さっきからバスタオル姿で歩き回られては目のやり場に困る。
風呂の入浴制限があまりにも嫌なのか、顔を真っ赤にしてこちらに攻めてきた。
男にしては肌が綺麗すぎるし、触れたら弾力がありそうだ。
タオルがはだけそうになったから視線を逸らす。
「そんなこと言ったらさ、アルバだって節約出来る事があると思うよ。あの屋上にあるテント。紅茶に使う[ロートスの木]を育ててるのは分かるけど、なんで全部消費電力なのかな?」
「出来るだけ魔法には頼りたくないからな」
「明らか安く済むんだよ? なんで安全かも分からない[小人]の技術に頼るかな」
「魔法で育てると紅茶の味が落ちるんだ」
「試してもないのにどうやって味を知ったのかな?」
「ええい、やかましい。都会の喧騒に嫌気が刺して田舎に引っ越した奴が、友人を家に呼んでクラブみたいに夜な夜な騒ぐか!? 違うだろ」
「ちょっと何言ってるかわかんないよ」
首を傾けられてしまった。
どうして分かってくれないのか。
しかしこんな口論は無意味だ。
どちらの主張も『事件の依頼を探してこい』で片付いてしまう。
結局、何も考えず働け。どこの世界も変わらないか。
「ノラに依頼人を探しに行ってもらうか」
「幼女をこき使いすぎじゃないかな。それにノラちゃんなら外に出てるよ。友達と遊ぶんだって」
「ほう、信用出来るのか?」
「……まず疑うの辞めなって」──職業病だから仕方ない。──「同い年くらいの女の子らしいよ」
相手も幼女ならば、騙される心配もあまりないか。
それにノラ自身、魔力量【Bランク】の[獣術師]。
さらには[魔法使い]を倒し回っていた過去さえあるような幼女。
並みの悪党なら返り討ちだ。
「なら仕方ない。俺が直々に依頼探しに行ってやろう」
「やる気を出したところ悪いのですけど、その予定はキャンセルで。【アルバート第三王子】」
この部屋には俺とティファのふたりだけだった。
だというのに突然と第三者の(艶やかな)声がする。
声のした方に視線を向けると微かに透明になっていた人型が、鮮明になった。
目から下はマフラーで隠しており、顔が見えない。
褐色の肌をしており、髪はやや癖のある長髪で銀色。
薄着。スポーツブラのようなものと短パンジーンズ。
下乳が見えるのがなかなか──……この下乳に見覚えがあるのだが、気のせいだろうか。
名前を尋ねるよりも早く、俺の目の前で膝を付き頭を深く下げる。
「私は魔法省の者です。いち役員なので簡単に【R・D】と呼んで下さい。突然の参上お許しを。ですが一時も惜しい状況なのです」
【魔法省】。
魔法社会における法であり、この【ドラゴネス王国】で魔法の秩序を守る行政機関。
【騎士団】も似たような機関だが、あちらは自衛隊のようなもの。
管理者はアルバート第三王子(つまり俺)なのだが、兄レオルドに全部押し付けて家出してやった。
「レオルドには伝わっていることか?」
「いえ、まだだと思われます。私の独断で、まずアルバート第三王子に伝えなければならないと思った次第でして」
「わかった。教えてくれ」
「『アルバート第三王子が帝国の領地を滅ぼした』という事になっております」
「ん???」
IQがぐんっと下がったのか、R・Dの言葉の意味が理解出来なかった。
「誰が、どこを、なにしたって?」
「アルバート第三王子が、帝国の領地を、滅ぼした。と申し上げました」
「ん~……やっぱり、理解出来ん。なにかの暗号か?」
「数刻前に帝国の領地が『アルバート・メティシア・ドラゴネス』を名乗る者によって奇襲を受けました。皇帝は『第三王子を引き渡さなければ戦争も辞さない』と激怒していたと、こちらのスパイから情報が」
「えっと、でもそれってアルバ本人とは限らないよね。名乗っただけなら誰でも」──未だバスタオル姿のティファが小さく手を上げる。
「その者は、手を軽く振った程度で町ひとつを一瞬にして消し去ったそうなのです。名乗るだけの愉快犯ではないのは確か」
「死者はどれくらい出たんだ?」
「たったひとり。領主をしている神父です」
大規模な魔法を使って、死者はたったひとり。
そんな芸当、誰が出来るというのか。──正直、俺なら容易い。
「だが、ずっと探偵事務所にいた」
「証明出来る人物が、その、茶髪の……ですと」──言いよどむ。奴隷として飼われる事の多い茶髪の[半妖精]では証拠能力が薄いと。──「それに貴方様の魔法であれば同時刻に別の場所に存在することも可能かと」
「後者は否定出来んな」
「否定出来ないんだ!?」──え、そんなことまで。の顔。
死者の復活以外は可能なため、容疑をかけられてしまっては否定する術がない。
[探偵]をするにおいて目を逸らさなくてはならない壁。
これだから、魔法ときたら。
「ですから帝国に赴き、無実を証明してください」
「断ったら?」
「帝国との戦争は免れないでしょう。そして現在帝国に囚われている婚約者様、ベルカーラ公爵令嬢のお命も絶たれます」
「……そうか。ならば、行かない理由はないな」




