【開幕】‐Prologue‐
──ドラゴネス王国の公爵令嬢【ベルカーラ・ウェストリンド】は敵対していたルガルアン帝国の地にて、処刑される。
罪状は【アルバート第三王子の〝妻〟であったから】。
私の夫である第三王子【アルバート・メティシア・ドラゴネス】は【神種領域ランク】の魔力を有しており、最強の[魔法使い]と呼ばれていた。
夫婦と言っても、夜に肌を重ね合わせることもなかったし、愛の言葉を囁き、くちづけをするようなこともなかった。
なにより目を合わせてくれたなら、『珍しい日もあるものだ』と思う程関りがない。
私が妻に選ばれたのは、他の婚約者候補よりも魔力量が高かった。それだけ。
運命だとか、甘いロマンスはない。
それでも妻としての責務は果たそうと努力してきたつもりである。
アルバートは最強の[魔法使い]として王国を守り続けた。
一機で敵国を滅ぼし、王国の英雄だと称えられた。
彼の魔法はまさに戦争の抑止力と言っても良い。
しかし王国の民も、敵国も酒場などでは『死を司る邪神』と彼を罵る。
いずれ唯一神である女神様の裁きが下るだろうと。
案外その予言は的中した。
アルバートがこの世に生を受けてから、平和条約を持ち掛けてきたルガルアン帝国が条約を破り、ドラゴネス王国に攻め入って来たのだ。
──そしてアルバートは敗北した。
ルガルアン帝国は【魔法完全無効の特性を持つ[魔封石龍]の化石】で彼を捕縛したのである。
そこからは想像に難くないだろう。
私は、死刑台を登っている。
拘束され身動きが出来ないアルバートに見送られながら。
『ただの死では、この邪神の罪は消えない。最愛の者が成すすべなく命を絶たれるのを見よ』──なんて言っていたが、私の死で彼の心が動くとは、到底。
現に『可哀想に』と言いたげな瞳をしている。
──大丈夫ですよ、アルバート。
どうなろうと、貴方の妻であったことを後悔しない。
王国の民の為、心を殺してきたことを知っていた。
戦争に勝利して国中がお祭り騒ぎである中、貴方は部屋にこもって罪悪感に押しつぶされそうになっていたことも知っていた。
ただ、知っていた。
貴方の心を守りたかったのですが、私では力不足だったようです。
もし生まれ変われるのなら──別の方を婚約者に選んで下さい。
こんな愛想もなく、悪役令嬢面でもなく。
「私はベルカーラ! 公爵家ウェストリンドの令嬢であり、王国の英雄アルバート第三王子の妻。この断罪が正義の為ならば喜んでお受けいたします。しかし悪ならば私は必ずや災害となって貴方達に復讐することでしょう」──呪いの言葉を吐いてしまった。
帝国の民から物と罵声を投げつけられるが、顔色ひとつ変えない。
──自分を惨めなんて思わない。それは救いもなく苦しみ続けたアルバートに失礼だ。
そうして私は気高く最後を、首切り役人に見送られたのである。
「起きてくださいっす、お嬢様。気持ちが良い朝っすよ」──専属メイドの声。しかしだいぶ幼い。まるで専属したすぐぐらいの年の声。
シルクの掛け布団を取られる。
「んー……。もう5分ほど、眠らせ──てぇ!?」──急いで上体を起こす。
「あら、珍しく寝起きの良いことで」
「……生きている。どうして?」
身体を両手で触れる。
霊体ではなさそうだ。
しかし違和感がある。
まるで胸がなく、私まで専属メイドのように声が幼くなっている。
鏡に駆け寄り、自分の姿を確認した。
──赤い長髪に、赤い瞳。それは変わりない。
けれど鏡に映る私は、あまりにも幼かった。
10歳行くか、行かないか。
そして気になる点がもうひとつ。
「まったく自分の中に魔力を感じない」
「なにを言ってんすか、お嬢様。……生まれた時からでしょう? ですがそんなのは些細な事ですとも。公爵家の財力がそんな欠点打ち消すっす。だからと言って最近散財が目立ちますよ! 旦那様に『頭くらい大きいルビーが欲しい』とねだったそうじゃないすか」
「そんな頭の悪いこと私は言いませんよ」
「いや、言うっすよ。むしろ今日の方がお嬢様らしくないです。いつもはもっと傲慢ではありませんか。なんですかその優雅な立ち振る舞いは?」
この専属メイド、随分言うな。
私が知るこの娘は、従順で心優しいメイドだった。
まるで別の世界線に来たような、不思議な感覚。
むしろ私が断罪される世界の方が夢だったのだろうか。
あの世界と違う点は魔力がないこと、専属メイドが失礼なこと、両親が過剰なくらい甘やかしてくること。
魔力がないということは私がアルバート第三王子の婚約者になることもない。
少し心残りはあるけれど、深くは考えずにこの世界を違うルートで歩いてみよう。
「お嬢様。なんすかそのだっさい格好は」
「化石堀りに」
「え、どこに?」
「さあ? [魔封石龍]が絶滅する前に生息していた全ての場所に」
あの未来とはもう関りはないけれど、やっておかなければならないことがある。
すべての[魔封石龍]の化石を全て掘り起こし、所有する。
そうすることで彼が敗北する未来はない。
道を違えそうになったら、私が止めれば良いじゃありませんか。
ええ、そうですとも。私って良妻ですので。
「あ、そういえば。第三王子がお嬢様を婚約者に指名したそうっすよ」
「はあ???」
柄にもなく大声を出してしまった。




