【幕間】‐Black Cat‐
魔力量Dの冒険者──[魔法使い]ロナードは大の女好きである。
依頼やダンジョンで手に入れた金銭を全て娼館に貢いでいるほど。
女の趣味も幅広く。美人はもちろん『ゲテモノ』と呼ばれる女でも心から楽しめるような男だ。
朝は冒険者、昼は冒険者組合で酒盛り、夜は娼館で女遊び。それが彼の日課である。
人は彼を『ろくでなし』と呼ぶだろうけど、自分では『見た目は[蛙獣人]のようだが心は誰よりも純真無垢だ』と酔いの席でいつも語っている。
娼婦のなかでは彼のことを厄介がっている者も多かったが、冒険者の仲間からは人気があった。
人間性は置いて、魔力量と経験則によるものだ。彼がパーティーにいるだけで依頼の遂行速度が格段に上がる。
ロナードが得意とするのは【呼び寄せ魔法】。
【降霊魔法】と関係がありそうに聞こえるがまったく違う。
『特定の場所や物に魔法をかけ、ある条件を持った者たちを〝呼び寄せる〟』という少し変わった魔法である。
主にモンスターの注意を別の場所に集中させて自分たちは後ろから奇襲。なんて戦略に使う。
これは彼が独自の研究で生み出した魔法で、魔法省に論文を提出して懸賞金をもらったこともある。
正直その懸賞金である程度の生活だけなら一生働かなくても良かった──が、一夜にして娼館で溶かしてしまった。100という娼婦の海を泳いだのだ。獣のように喰らい、悪徳貴族のように欲望にまみれた一夜。
ロナードはそういう男なのだ。
しかもその一夜で大金を溶かしたというのに幸せそうにしている。
もしかしたら、かなりの大物なのかも……いいや、救いようのない愚者である。
今夜も地下迷宮で手に入れた金銭を[蛙獣人]のような娼婦に溶かした。
最近は然程大きな依頼を達成していないから彼女とばかり楽しんでいるかもしらない。
「【呼び寄せ魔法】のロナード、間違いないか?」
夜中道、後ろから突然と声をかけられた。
もちろんのことながら背筋が凍る。そもそもパーティーを組めば後方から魔法を唱える[職業]であるから、かなりのびびりだ。
どうか知り合いの冒険者でありますように、と願いながら後ろを振り返った。
「──ひぃっ!」
尻餅をついてしまう。
見たのは──……【巨大な黒猫】。
巨大なだけの[猫妖精]ならこんなにも驚かない。
これは怪奇譚などに語られるようなモンスターだ。
そもそも生き物なのか?
影のような揺らめきで、恐ろしいほど大きな瞳がこちらを睨んでいる。
こんなモンスターに遭遇すると知っていたのなら、もっと娼館で楽しんで──
「ロナード。言うことを聞くなら殺しはしない」
言葉を話すモンスター。
この見た目で知性まであるのだ。恐怖が増すばかりである。
──だから大声を上げて逃げ出した。
いじめっ子から逃げた幼い頃のように。
「え?」──しかし、気付いたら地面に伏している。
「殺しはしないが、逃げるのなら足を切断する。抵抗したら腕をえぐる」
視線を下に向けると刃物を突き刺された左足。
そう、獣の爪などではなく刃物。正しくは刀身が黒いナイフ。
振り下ろしたのは人の腕だった。
──ロナードは気付く。
この【巨大な黒猫】はモンスターではなく魔力の靄だ。
魔力で自分の姿を隠しているのだ。[忍者]などがよく使う目くらまし系の魔法のように。
分かってしまえば簡単なことだったが──左足を突き刺されているロナードにとってはどうでも良い。
悲鳴をあげるばかりである。
──なぜ助けが来ない?
──こんなにも叫んでいるのに。
──痛い。痛い。痛い。
苦痛のあまりか周りの景色が歪んで見える。
それに、今が夜だとしても暗すぎる。
……まるで黒猫とロナードしか世界に存在していないかのように静かだ。
「叫んでも無駄。助けは来ない」
「し、知っているぞ! 【魔法使い狩り】だろ。噂は耳にしていた──……でも【■■魔法】を使える奴らしか狙わないはずだろう!」
「へぇ。どうしてそう思う?」
「へへっ、人一倍臆病なもんで……調べたのさ。これでも[魔法使い]の端くれだから。被害者は全員得意不得意はあれど【■■魔法】の使い手だって。だから安心して夜道だって歩けたんだ! なのにどうしてだよぅ」
怖さのあまり号泣してしまった。
おそらく下の方も。
「にゃはは」──黒猫が笑った──「まさか知られているとは思わなかった。いい推理だ。あの人を思い出す──……もしや[探偵]に向いているのでは?」
機嫌が良くなったのか左足を突き刺していたナイフが抜かれる。
急いで【回復魔法】。応急処置程度だが傷は塞がった。
今なら不意を突けるかもしれない。
──攻撃魔法を──……
「言ったろう? 腕をえぐると」──まばたきを終えたら、魔法を放とうとした右手と右肩がナイフによってくっついていた。
悲鳴をあげたいが黒猫の中にいる人物の瞳だけが見え、全てを見透かされているように睨まれている。恐怖のあまり固まってしまった。
「自分が襲われている理由が知りたいか。それはとっくに飽きてたから──ちまちまと。こいつか?── 違う。あいつか? ──違う。もううんざりだ。お前が協力してくれれば、もっと効率的に目的が果たせる」
「……いったい、なにをしたら?」
「『とある事件の被害者と深く関係を持つ者たち』、そいつらを集めて皆殺しにしてやるのさ」
黒猫の形をした影が怒りの業火のように見えた。
懸賞金で楽しんだ時よりもロナードの記憶に一生残り続ける夜の一幕である。




