【閉幕】‐Epilogue‐
──【ルガルアン帝国】。
2千年前、[狼亜人]が作ったとされる国。広さは他国の3倍以上を誇る。
十数年程前までは【ドラゴネス王国】と戦争をしていたが平和条約が締結され、国民は穏やかに過ごしていた。
この少年、[猫亜人]のネイは戦争を知らずに育った。
【ドラゴネス王国】に友達がいるくらいだ。
ネイは孤児で身寄りがないため王国に拠点を移して友達の家で面倒を見てもらう、なんて申し出があったが断った。
【ルガルアン帝国】の片田舎、神父様が領主をしているこの土地が気に入っていたから。
神父様はとてもお優しいのである。
狼月の日にはネイのような身寄りのない少年達を集めて、豪華な食事を振る舞ってくれた。
機嫌が良い日には服までも与えてくれる。
だから衣食にはさほど困らなかったし、住だって雨の日は神父様が屋敷の小屋を貸してくれた。
ネイの人生は何不自由ない。
そんな日常は突然と消え去ると、よわい9歳で知ることになる。
行商人から魚を拝借し、大人数人程に追いかけられている時に〝あれ〟は現れた。
まるで[幽霊]かのように天に浮かぶ、黒ずくめの人物。
真っ黒な仮面に、黒いコートをはためかせる。
「なんだありゃ」「ずっと俺を見てる」「いえ、私を見てるんだわ」「不気味だ」──誰もがその場に立ち止まり天を見上げる。建物の中にいる人達も騒ぎを聞きつけて外に出てきた。
まさに未確認飛行物体。
[亜人]なのか、[人間]なのか、そもそも生物なのか。
ネイはその異質さと、直視してはいけないと思う恐怖で後退る。
「怖がることはない、帝国の民よ」──言葉を発した。
かなりの高さにいるはずなのに、鮮明に、高潔ささえ感じる凛とした声が耳に届く。
すぐ横で囁かれているような、不思議な感覚。
「抵抗しなければ、この場のほとんどが助かる」
「だ、誰だ。アンタは!?」──勇者……いや愚者が声を上げた。
あの愚者がまだ息をしているのは、天の人物が寛大なお方であるという証明なのだ。
そう思わせるほどに、彼の魔力量は神の域に達しているのだと魔力感知能力が乏しいネイにだって理解が出来た。
「すまない。自己紹介がまだだったな。我が名は【アルバート・メティシア・ドラゴネス】。この名を知っている者もいるだろうが、【ドラゴネス王国】の第三王子である」
その場の全員が息を飲んだ。
そして現在置かれている状況がどれほど危ういかを理解した。
彼は平和条約はなせれているものの敵国の第三王子で、【神種領域ランク】──最強の[魔法使い]。
もし怒りを買おうものならば、彼一機で帝国は沈む。
そもそも平和条約だって、彼が産声を上げたことで締結されたのだ。
『狂戦士』と恐れられた皇帝でさえ畏怖の念を覚えた存在。
城から姿を消したと言われていたが、どういうわけかここにいる。
旅行客というわけではないだろう。
「理解が早くて助かる。数人は見せしめが必要かとも思っていたのだが、上手く事が運びそうだ。お前たちが生きる方法はたったひとつ」
第三王子は手の平を前にする。
目の前の人物の肩を叩く寸前のように。
「我が行う悪行を皆に広めよ。[吟遊詩人]は曲に乗せて、[娼婦]は寝物語のように。今日からそれが、お前達が生きる理由だ」
ぽんと、手を軽く振る。
上り一日下り一時。
壊れるのは一瞬と言うけれど。
帝国が始まってから2千年築いてきたこの町が──元々平地だったかのように、なにも無くなるなんて誰が想像出来る。
建物は泡のように。
水は枯れ、草木は灰に。
建物内にいた人達は突然と足場を失い、落下する。
急いで【浮遊魔法】で協力して受け止めた。
[魔族]の襲撃された時のような混乱はなく、なにが起きているのか理解できず虚無な者ばかり。
口を大きく開けて、考えるのを止めていた。
「こ、これは一体……第三王子、貴方はどんな目的でこんな事を? 私達を殺めようとした魔法じゃないでしょう」──この町名物のパン屋の娘が声を上げる。
「言ったであろう。『ほとんど』は生かすと。多数を殺めれば、それはただの災害だが。少数ならば、それは紛うことなき悪だ」──言葉を理解しようとしたが、やはり意図は掴めない。──「努々忘れるなよ」
第三王子の背後に黒い渦のようなものが現れ、それが全身を包み込み姿を消した。
彼が残したのは理解が及ばない恐怖と、全てを奪い去られた喪失感。
ただ、考えてみたら孤児のネイにはなにも──……。
「大変だ! 神父様が……っ」
遠くでそんな悲鳴が聞こえた。
だからネイは走った。
考えるよりも、身体が先に動いていた。
いつもなら建物で複雑な道になっているのだが、平地にされた事により真っ直ぐ神父様のお屋敷に辿り着く。
人だかりが出来ており、その集団の真ん中にはネイもよく知る食事会の少年達。
皆、身体が震えていた。
何事か、とネイも歩み寄るが。
「こっちに来るな! 子供が見て良い物じゃない」──食事会の少年達の中でのお兄ちゃん的な存在がネイを抱きしめて離す。
「神父様……」「第三王子だ」「彼が殺めた」「女神様をも恐れない所業だ」「ありゃ、邪神に違いない」
ネイはこの日、敵国の第三王子アルバートによって全てを奪われた。
そしてこのままでは戦争が始まると、幼いながらも理解したのである。
■ネクスト・事件ズ・ヒント
【犯人は探偵?】
【指名手配】
【化石堀りの令嬢】
【時間逆行】




