【帰路】‐Return Trip‐
探偵としての仕事は全て達成された。
再び片道3時間の馬車で過ごすことになる。
行きと同じように向かいにティファとノラが座った。
「このまま帰るの? 妹さんにも挨拶してないじゃん」
「良いんだ。イルミアだって今更兄面されても困るだろうしな」
「本当ならアルバはこの学校の生徒。……未練はないの?」
「別に。お前達と探偵業をしている方が性に合ってる」
第三王子アルバートとして生きていたら、ここ【ドラゴネス魔法学校】に通い、友人を作っていたのかもしれない。
しかし、それは〝もしもの話〟だ。
俺はペタフォーク街221番地で[探偵]をしている、ただのアルバである。
大人しく魔法の授業を聞いている自分を想像出来ない。
教師に横槍ばかり入れて嫌われているはずだ。
「出してくれ」──馬車を操る御者に声をかける。
返事はなく、御者は呆けた顔で空を見上げていた。
それから我に返ったように大口を開けて、逃げ出した。
相当焦っていたのか、数度転ぶ。
外を確認するため窓を開けて、顔を出す。
「げ」──馬車の上には、翼を大きく広げる[神聖巨龍]。
鋭い足爪で馬車を掴む。
足爪の先端が中まで侵入してきてノラが「ぎゃぁぁあ!?」と悲鳴を上げ、ティファは一瞬気絶しかけた。
[神聖巨龍]が羽ばたくと馬車は宙に上がる。
これでは馬車ではなく龍車。
宙に上がるのと同時に扉が開き、俺の隣に座る人物。
「一言もないなんて、呆れるぐらい良い根性してるし。バカ兄貴」
第二王女であり、妹イルミア。
首を振ると金髪ツインテールが俺の顔をビンタする。
「えっと。イルミア第二王女。[探偵助手]ティファだよ」
「はじめまして。ノラなの」
突然登場した人物に驚いているものの自己紹介した。
しかしイルミアはふたりをじっと眺めた後、「ふん」と小馬鹿にするように鼻で笑う。
その反応に腹を立てたノラが懐から武器を取り出そうとするがティファが全力で止めた。
「……お前もついてくるか?」
「ちょ、やなの! こんなわがまま王女と生活するなんて」
「ノラちゃん。アルバがふたりになると思えば」
「余計やなの! こんなんが増えるなんて」──こんなん?
「安心しなし、ガキンチョ。別に[探偵]なんて将来性のない職業するつもりはないから。私、王女だし。この薔薇色の人生を捨ててまでバカ兄貴と一緒にいたくないから」
ふたりの間に火花が散る。
なにが気に入らないのか、お互いに牽制し合っていた。
「随分な言われようだな」──もっともな意見だが。
「でも、見送りくらいはしてやるし。……たまには顔を見せてやってもいい」
言葉は自信満々なくせに、親に許可をもらう子供のようにこちらに視線を向ける。
ただ指摘してやりたいのだが、これはもはや『見送り』ではなく『送迎』な気がする。
龍車はすでに雲の上におり、揺れるたびにティファが「きゅう」と鳴る。
雲の隙間から【ドラゴネス魔法学校】が見えた。
俯瞰から見てみると、その巨大さが実感出来る。
さらば、母校。
数日間、お世話になった。
「お前の学校を見学出来て楽しかったぞ」
「け。おかげさまで取り巻きを探し直さなくちゃいけないんだから」
「取り巻きと言わずちゃんとした友人を作れ。リリーナとかはどうだ? 義理の姉になるわけだから、仲良くして損はないだろ」
「冗談やめろし」
今回の事件で濡れ衣を着せられたひとり、リリーナ・ヴィクトリア。
事件が幕を下ろしたら婚約破棄という話だったそうだが、俺が事件を解決したことで不問となった。
テレム逮捕直後、魔法省の役員から【第二王子レオルドから婚約者のリリーナ宛の手紙】を渡される。
レオルドの言い分は『婚約者は真犯人に濡れ衣を着せられただけであり、婚約破棄するということは僕が醜聞を真に受ける道化と国に知らしめるものと同義。であるからして婚約破棄は認めない』。
手紙を読んだリリーナは泣き崩れ、感謝しながら抱き着かれた。
あの豊満な胸で窒息しそうになったが、一件落着して良かった。
しかし兄よ、照れ隠しのせいでから回ってはいないか?
面と向かって『好きだから婚約破棄はしたくない』と言ってしまえば良いだけだぞ。
[職業/軍師]が聞いて呆れる。
「記憶を盗られた人達はどうなるわけ?」
「知らん。それは魔法省の仕事だ」
「その魔法省の管理が本来アンタの仕事だから聞いてるんだけど!」──ツインテールが飛んできたから避ける。
「本人確認さえ出来れば、持ち主に返されるはずだ。ただ〝前世の記憶以外は〟だろうな」
俺もこの厄介な記憶を早く手放したい。
元の持ち主には直々に文句を言ってやらねば気が済まんな。
イルミアにはテレムが元婚約者だと言うことは教えていない。
そもそもテレムを見ても気付かなかったのは、それほど昔と変わってしまっていたということなのだろう。
「お前は新しい婚約者を見つけないのか?」
「はあ!? なに急に。あー……邪魔だから他に行って欲しいわけね」
「いや、候補がいるのなら徹底的に調べ上げなきゃ気が済まんからな」──今回みたいな相手に大切な妹を任せるわけにはいかない。
「……な、なにそれ」──「最終手段、俺が面倒見るから婚約者はいらん」──「うっさいし! ほったらかしだったくせに!!」
龍車に揺られながら談笑を嗜む。
最初は困り顔だったティファ達だったが、微笑ましいものでも見るような表情。
「あ、それから。お前にかけてた[守りの加護]。発動条件【『お兄ちゃん』と叫ぶ】に変えておいた」
「まじで嫌いだわ! バカ兄貴!!!!」
──────第二章 魔法学校と記憶色のキャンディ 【完】




