【目覚め】‐Good Morning‐
──事件の黒幕とは決着した。
次は、本題【誘拐されたダリア嬢の行方】である。
校長の魔法により、学校内で生きているのは間違いないのだが。
リリーナが全部屋捜索しても見付らなかったとのこと。
黒幕テレムは行方に関して最後まで口を割らなかったが、【リヴァイアサン寮生】として潜入していたことを考えるに夜中などに訪れても不自然ではない場所は限られる。
そしてテレムという男が悪を行うとしたらどんな場所なのか。
──奴が唯一怒りの感情をあらわにさせたのは使用人をしていた実の父親の話題。
また、歴代校長達の魔法によりこの学校内はある程度の破損であれば自動に修復する。
「──よって、ダリア嬢が監禁されているのはこの【『修理中』221号室[使用人室]】だと思われる」──まさに『灯台下暗し』。
「でも他の使用人室と変わりはないよ?」──ティファが扉を開けて確認する。特に不審な点はない。
「【闇系統魔法】は毛色が違う。ノラの影に潜る魔法が良い例だ。それに『この学校じゃ、俺しか辿り着けない』なんて事も言っていた。──つまりこの魔法学校が受け入れをしていない【闇系統属性】の魔力が鍵となる空間があるのなら説明が付くわけだ」
ティファに扉を閉めさせて、【闇系統属性】のノラを先頭に立たせる。
「もし魔力を流して何も起こらなくても、アルバが悪いの」──長い袖をめくり、扉に手をかざす。
「安心しろ。俺の推理に間違いはない」
正直五分五分。
ここじゃなくちゃ、お手上げなのである。
冷静に装ってみるものの内心ひやひやしていた。
ノラの黒い魔力が扉に線をなぞり、[獏(亜人体ではなく伝承に出てくる獣のような姿)]を描く。
扉の隙間から黒い光が漏れ、開かれた。
「ふふ、だから言ったのだ。奴は自分しか入ることの出来ない秘密の部屋を持っていたと」
「アルバ、足震えてるよ」
「もしかして自信なかったの?」
「そ、そんなわけないだろう」──前世の推理脳にはいささかハードルが高い。この結論に至った時は否定したかったが、やはり魔法ってやつは常識を逸脱してくる。
中に入る。
監獄のような場所。
部屋の中心には岩で造られた台に横たわっている女性。
行方不明だった【ダリア・ロングスター】である。
コンプレックスのそばかす、元々痩せ型だったらしいが数日飲食を取れていないようで痩せこけていた。
しかも彼女の黒い髪は記憶を全て奪われた事によって真っ白に変色していた。
近くに寄り、口元に水筒の水を数滴かける。
息はしているし、水も飲んだ。
目を開けたのは良いが、生気がない。
「ほう」と呼吸を鳴らすばかり。
「治す手はないのか?」──[医者]であるティファに視線を向けるが、申し訳なさそうに首を振った。
「現段階の医学技術ではどうにも出来ないよ。徹夜で調べてみたけど、記憶操作をされた被害者の脳を刺激して正しい記憶を思い出す手助けをするくらいしか」
「ムラサメっていう先生が悲鳴上げるくらい興奮してたから、十分すごいことだと思うの」
「そのおかげでお前達が提案してくれた〝もうひとつの案〟が使えるわけだしな」
俺達に続いて扉から入ってくる人物。
赤い髪のセンター分けポニーテール、ダリア嬢の婚約者ブラック・フレイド。
この学校の生徒会長であり、【記憶操作魔法】によって事件の黒幕だと仕立て上げられそうになった人物。
テレムが捕まったことにより釈放された。
同じく一斉検挙された【黒玉使用者】である生徒達は得た記憶の没収を命じられた。
「──……ダリア」──安堵したように微笑み、ダリア嬢の頬を撫でる。
ブラックは今回の事件で【ダリア嬢に関しての全ての記憶】を奪われていた。
しかしティファによる記憶治療によりほとんどの記憶を取り戻すことが出来たのだ。
「先生。私の時のように治すことは出来ないでしょうか?」──薬草知識に感銘を受けたのか、ティファの事を『先生』と呼ぶ。
「難しいと思う。生存に必要最低限の記憶しか残されていないのなら、失われた記憶を取り戻す為の関連記憶すら奪われてしまっているからね」
ブラックの場合はダリア嬢以外の記憶はそのまま残っていた。
ダリア嬢の記憶を思い出す為には他の記憶を鮮明にし、刺激してやればいいのだそうだ。
例えばブラックはリリーナに好印象を憶えていたが、どうしてそうなったのか。
リリーナがダリア嬢と友達だったからだ。
そんな記憶を手繰り寄せれば、記憶の穴は埋まっていく。
「ダリアはこのままなのでしょうか?」
「フレイド家は勇者の子孫であり、【黒髪崇拝】の家系だったな。家柄も魔力もぱっとしないダリア嬢が婚約者に選ばれたのは黒髪だったから。しかし今ではその理由すらなくなった。それでもお前は婚約者を続けるか?」
「……なにを言って。ええ、もちろんです。私は彼女を愛していますから」
「ならちゅーしたら全部解決なの」
「はあ!?」──赤面して固まるブラック。
「【真実の愛のキス】。最も有名な古代魔法だよ。キミの愛が本物なら、きっと成功する」
ティファとノラにこの方法を提案された時は、『なにをバカげたことを』とも思ったがそれしか手段が残されていないのも確か。
彼女の元の記憶は廃棄されてしまっている。
疑似記憶を[獏]の魔法で埋め込むという手段も取れなくもないが、それこそ『テセウスの船』だ。
「し、しかし。その魔法はお互いに相手を想っていることが発動条件です。私は良いですが、ダリアが私の事を愛しているとは……」
「はあ。鈍感も良いところだな。お前はダリア嬢を元気付けるために異界の花を作り、送った。トラウマをどうにかしようと薬草研究に励んだ。自分の為にそこまでしてくれる人物に好意を抱かない方が難しいだろ」
「しかし、ダリアから愛情表現を一度も──」
「恥ずかしかっただけだ、察してやれ。それにリリーナが言っていたぞ。『ダリアさんはいつもブラック生徒会長の話をする。彼女を笑顔にするのはいつも彼でした』と」
一歩後ろから『あ、アルバが恋愛を語ってる』と驚愕の声がふたつ上がったが、無視。
「……っ」──恥ずかしいのか、嬉しいのかくにゃっと笑うブラック。
それから決心した面構えになり、深呼吸数度し──眠っているダリア嬢に口付けした。
不器用に、相手を敬うようにそっと。
ダリア嬢の身体の周りに虹色の光が舞う。
一度はありえないと切り捨てようと思ったが、俺は奇跡を目の当たりにしている。
おとぎ話の魔法【真実の愛のキス】。
全ての呪いを打ち消す、愛の魔法。
この世界で最初に使われた魔法とも言われている。
「美しいな」──柄にもなく目を輝かせてしまった。
「でしょ」──えっへん。なぜが胸を張って、自慢するノラ。
虹色の光がダリア嬢に入っていく。
「………………ブラック」──目を覚ました。
「おはよう。ダリア」──大粒の涙を流す。
「わ。髪が真っ白。なんだかおばあちゃんみたい」
「気にしませんよ、そんなこと。どうせ私も歳を取ったらお揃いになるんですから」
「うん。なんだかスッキリしてる。ずっと抱えてた重荷がなくなったみたい」
テレム曰く、ダリア嬢の前世は【事件の被害者】だった。
現世でもトラウマとして持っていた。
しかし愛の魔法によってその記憶は消されたらしい。
なんてご都合主義なハッピーエンドだ、とは思うけれど。
微笑みあるふたりを見ていたら、魔法もそう悪くはない。かもしれない。




