【薔薇】‐BL‐
真っ白になった。
自分の名前も、自己証明も、挙句の果てには言葉の発声方法すら忘れている。
どうして、薔薇が咲き乱れる丘で膝をついているのかも分からない。
なにかやり残している気だけはするのだが、それが何か忘れてしまっているせいで立ち上がる力が湧かない。
「──……ここは一体? 思い出の場所。いいや、違う。もう全て奪ったはずだ。……なんだこの違和感は。……どうでもいいか、ただのバグエリアだ。ここの記憶も消してしまえば、懸念事項はなくなる」
ローブを着崩して、耳には重たそうなピアス。
青い短髪の青年。
信用の置けない笑顔で薔薇をかき分けてこちらへ近づいてくる。
「!?」──けれど、半透明な靄が青年の行く手を阻んだ。
両手を広げて通せんぼしているのは三つ編みメガネの女子高生。
田舎っぽく、まさに【文学少女】と言った風貌。
「はは、アルバちゃんも【黒玉使用者】じゃん。……うーん、でも[親友状態]が付与されていなかった点を見るに深くまでは潜ってないな」──青年が霧を手で払うと、文学少女の姿をしたそれは消えてしまう。──「亡霊が」
足止めは虚しく、青年は進む。
このままではいけないとは思うのだが、静かに青年を見るのみ。
気を抜けば、呼吸の仕方まで忘れてしまう。
「これで悪足掻きも最後にしてくれよ」──俺の頭に手を添えられる。まるでその手の中に吸い込まれていくようで──……。
「やれやれ。最近の犯人とはここまで往生際が悪いのか。これは謎解きの侮辱だとは思わないかね。──なあ、ワトソン君」
「まったくだ、呆れてしまうな。ホームズ」
心臓が止まるほどの美声。
まるで異性を悩殺するかの如く、色気のある一声だった。
なにが起こったのか理解出来ない青年が後ろに引き、距離を作る。
俺の前にふたつの謎の影。
──黒髪天パでコートを羽織ったクールビューティー。
他人を近寄らせない冷たさがあるが、『美男子』という言葉は彼の為にあるものだとさえ思わせる。
──茶髪で短パン学生服のショタ。
白衣をまとって、胸には『保健委員』と書かれたワッペンをしている。
「なんなんだよ!? 次から次へと」
『説明しよう! 彼等は乙女ゲー廃人の私が辿り付いた神作品『探偵学校ディテクティブ・プリンス~私の彼氏は名探偵~』。通称『ディテプリ』に登場する最強推しカプ。【シャーロック・ホームズ先生】と【ジョン・H・ワトソンきゅん】である! ワトソンきゅんの『H』は決してえっちぃという意味ではないので勘違いしないように。確かにショタの短パンと白靴下がおりなす絶対領域はえっっっではあるけども。特に膝小僧が赤らめてるあたりなんか、うぇへへ──』
「や、やかましい!」
謎の天の声によって翻弄される青年。
「立てるか。異世界探偵」──ホームズと呼ばれた男性に手を取られ立ち上がる。
「君も君だ。探偵たるもの助手を置いて独断で事件を解決しようとするなんて、いただけないな」──ワトソンの肩を借りる。
『こうして、真実を追い求める探偵アルバの元に〝名探偵達〟が集ったのであります』
「君達のような猟犬じみた泥臭い推理は好きではないのだがね。ここは紳士的に収めようじゃないか」──灰色の髪。柔らかい雰囲気な、こちらも美青年。
『彼の名前は【エルキュール・ポワロ】。現在は『学園の王子様』として君臨しているが、幼少期かなりのぽっちゃりさんだったことがコンプレックスだぞ!』
「ああ、神が見ております。悪からはなにも生まれません。悔い改め、慈悲を請いなさい」──緑髪の神父服を着た青年。ずっと空を見上げている。
『彼の名は【ブラウン】。ずっと神様の話しかしない不思議ちゃん。 隠しアイテム『青色の十字架』をプレゼントすると彼との会話が成立するようになるぞ!』
「真実をこの剣に捧ぐ」──剣を地面に刺す、完全装備な騎士。イケボだが甲冑のせいで顔は確認出来ない。
『彼の名は【オーギュスト・デュパン】。こんな見た目だが戦闘はしないで、ずっと椅子に座っている謎の騎士。学園長の息子という噂もあるが誰も真相を知らないぞ! わたし以外は』
「ええと、僕は、こういった場面には役不足な気がしますが」──ぼさぼさ髪に両目を隠した少年。癖なのかずっと頭をかいている。
『彼の名前は【金田一耕助】。卑屈ショタ。ただショタ愛好家には絶大な人気を勝ち得ている。大のお風呂嫌いだが攻略キャラの中で一番お風呂イベントスチルが多いぞ!』
「ぞろぞろと増えようとただのバグだ。亡霊が産み落とした妄想になにが出来るというのさ」
怒れる青年の言葉を受けて、探偵達は俺の右腕を掴み。
青年に向けて突き出す。
「なにも出来やしないさ」──「ただの夢幻」──「それでも背中を押すくらい」──「痕跡が【名探偵】を作る」──「僕達と同じ道を彼も歩んで行くのなら」──「彼の中には俺達が刻まれている」──「記憶を消された程度じゃ消えないくらい深くな」
「だからこの事件を終わりにしよう。唱えろ、アルバ。魔法の言葉を」
不思議と勝手に人差し指が動いた。
正直、記憶を失う前だって恥ずかしくて言ったことはないかもしれない。
息を胸いっぱいに吸い込んで。
「〝犯人はお前だ〟。──テレム・モリセウス。[本名]エウロス・ヤングレー」
「……あ、アルバちゃん。なんで記憶が──」
黒い靄になって消えていくテレム。
それと同時に自己証明、身近な人物の記憶を全て思い出す。
──【記憶操作魔法】を解いたのか、重たいまぶたが開く。
最初に目にしたのは泣きそうな顔でこちらを覗いているティファとノラ。
テレムは現実を受け止められないと言わんばかりに口を大きく開けていた。
俺とて、なにが起こった分からない。
ほのかに、おでこの二箇所が温かい気がするが関係はないだろう。
「アルバ、心配したよ」──ふたりに苦しいくらい抱きしめられた。




